第070話: 泡沫(うたかた)の約束
危機を乗り越えたアトランティアは、お祭り騒ぎだった。
急遽開催された祝勝宴では、見たこともない深海料理が振る舞われ、僕たちは大いに歓迎された。
「ユウ様、皆さん。本当にありがとうございました」
宴の後、都市の出口まで見送りに来てくれたマリーナ姫が、深く頭を下げた。
その顔に、かつての陰りはない。
「感謝するのはこちらです。素晴らしい歌声でした」
『同意します。貴女の歌声は、私のデータベースにも「Sランク:国宝級」として記録されました』
ナビの言葉に、マリーナ姫は嬉しそうに微笑んだ。
「私、知らなかったのです。自分の歌が、こんなにも誰かの力になれるなんて。……だから、もう迷いません。私はこの海で歌い続けます」
それは彼女なりの決意表明だった。
だが、その瞳の奥には、変わらぬ憧れも灯っている。
「でも……いつか必ず、外の世界も見に行きます。ユウ様たちが教えてくれた「空」を見るために」
「ええ。その時は案内しますよ」
「約束、ですよ?」
彼女は小指を差し出してきた。
人魚式の約束だろうか?
僕も小指を絡ませて、「指切り」をした。
別れ際、マリーナ姫は「お礼です」と言って、いくつかの品を僕たちにくれた。
深海の宝石『スターパール』、幻の食材『アビス・サーモン』、そして超硬金属『オリハルコン(少量)』だ。どれも地上の価値に換算すれば国家予算並みのお宝である。
「ひゃっほー! 大漁だねぇ!」
「ララ、お魚いっぱい食べる!」
ルナとララは大喜びだ。
セリスも、マリーナ姫からプレゼントされた『人魚の鱗の髪飾り』を大事そうに胸に抱いている。
「さようならー! 元気でねー!」
「また会いましょうー!」
僕たちは手を振り、アトランティアを後にした。
キャンピングカーは再びバラストタンクの水を排出し、浮上を開始する。
「……いい出会いだったな」
遠ざかる都市の灯りを見つめながら、僕は呟いた。
深海の闇の中で輝く、美しい一瞬の夢のような時間だった。
『まもなく海面に到達します。……外は晴天。絶好のクルージング日和です』
ナビのアナウンスと共に、青い光が差し込んでくる。
ザパァァァン!
水しぶきを上げて、キャンピングカーが海面に飛び出した。
久しぶりの太陽が眩しい。
「さあ、次の冒険が待っているぞ」
僕たちはハンドルを握り直す。
目指すは東の果て。
まだ見ぬ孤島へ向けて、僕たちの旅は続く。




