第065話: 人魚姫マリーナ
都市の内部は驚くべき構造だった。
結界によって海水が遮断された「空気エリア」と、水路が張り巡らされた「水中エリア」が共存しているのだ。
僕たちは港(潜水艦用ドックのような場所)にキャンピングカーを停め、外に出た。
「ようこそ、アトランティアへ!」
マリーナ姫が笑顔で出迎えてくれた。
彼女は陸上用の車椅子のような魔法具に乗っている。これで空気エリアも移動できるらしい。
「初めまして。僕はユウ。こっちは仲間のセリス、ルナ、ララです」
「マリーナですわ。……ふふっ、本当に足がある人たちを見るのは初めて」
彼女は僕たちの足を珍しそうに眺めた後、すぐに質問攻めにしてきた。
「ねえ、空って本当に青いの? 本で読んだ『雲』って、どんな味なの? 『雨』って痛いの?」
「えっと、空は青いですよ。雲は水蒸気だから味はないかな。雨は……冷たいけど、痛くはないですね」
僕が一つ一つ答えると、彼女は目をキラキラさせて頷く。
その様子は、新しいおもちゃを与えられた子供のようだった。
「いいなぁ、地上。私もいつか行ってみたい……」
ふと、彼女の表情が曇った。
「行けないんですか?」
「ええ。人魚族の掟で、海面に出ることは禁じられているのです。……それに、私には『歌い手』としての使命がありますから」
聞けば、近日行われる『海神祭』で、彼女は巫女として歌を奉納しなければならないらしい。
その歌は、都市を守る結界の魔力を維持するために不可欠なものだという。
「でも……最近、うまく歌えないのです」
「スランプ、ですか?」
「はい。歌おうとすると、喉が詰まったようになって……。きっと、私の心がここ(海底)にないから……」
彼女は寂しそうに笑った。
外の世界への憧れと、王族としての責務。
その板挟みで苦しんでいるようだ。
「……歌うのが辛いなら、無理に歌わなくてもいいんじゃないですか?」
「そうはいきません。私が歌わなければ、結界が弱まり、シーサーペントのような魔物に襲われてしまいます」
それは深刻な問題だ。
沈黙が流れる中、ナビがスピーカーから声を上げた。
『提案。気分転換が必要です。ストレス値が上昇しています』
「わっ! 鉄のクジラが喋った!?」
『私はナビ。この車の管理AIです。……マリーナ姫、当車の音響システムは世界一です。一度、中へ入ってみませんか?』
ナビの唐突な提案に、僕たちは驚いた。
だが、マリーナ姫は興味津々だ。
「音響システム……? よく分かりませんが、この中に入れるのですか?」
『はい。歓迎します』
僕たちはマリーナ姫をキャンピングカーの中に招待することになった。
現代のテクノロジーが、悩める人魚姫の助けになるかもしれない。




