SS: 夢の残滓(ガーネット視点)
工房『鉄の鎚』の夜は静かだ。
いつもなら鉄を打つ音が響き、炉の熱気が満ちている時間だが、今夜は違う。冷涼な夜風が吹き抜け、作業台に置かれたランプの炎が、微かな風に揺れている。
ガーネットは作業机に広げられた図面――先日送り出したキャンピングカー『クリムゾン・エクスプローラー』の改造案――をぼんやりと眺めていた。
「……あいつら、無事にやってるかねぇ」
手には空になったエールの樽。
ユウという、不思議な道具を使う青年が置いていった酒だ。普段ドワーフの里で飲まれている、喉が焼けるような強烈な蒸留酒とは違い、爽やかな喉越しがあり、それでいて奥深い味わいがある。
一口飲むたびに、あの日々が蘇る。工房に入り浸り、無理難題をふっかけてきた彼らとの、騒がしくも楽しかった日々が。
「それにしても……悔しいねぇ」
ガーネットは図面の隅に描き込まれた、複雑な魔法術式を無骨な指でなぞる。
それは通信越しに現れた幼女賢者が教示し、あの生意気な自立型AI『ナビ』が実装したものだ。物理法則を無視した空間拡張、そして魔力を動力へ変換する効率的な回路。
物理的な加工技術――金属の強度計算や、機構の精密さならば、あたしだって負けていない。ドワーフの誇りにかけて、そこは譲れない自信がある。
だが、あの「魔法と科学の融合」という未知の領域において、自分はまだその入り口に立ったばかりだと思い知らされた。
「……もっと勉強しなきゃね。いつまでも『鍛冶屋』の枠に収まってちゃ、あいつらの旅についていけない」
彼女は立ち上がり、棚の奥から埃を被った古い魔導書を引っ張り出した。かつて変人と呼ばれた祖父が残した、誰も読み解こうとしなかった書物だ。
ドワーフとしては邪道かもしれない。鉄は鉄、魔術は魔術と分けるのが常識だ。だが、あの美しい機械を見てしまった以上、立ち止まることはできない。
「待ってなよ、ポンコツAI。次に会う時は、あんたが腰を抜かすような超改造を見せてやるからね!」
ガーネットの瞳に、炉の炎よりも熱い光が宿る。
工房に再び、槌音とは違う、知識を探求する静かな熱気が満ち始めた。




