第053話: 天才整備士ガーネットとAIナビ
港の西区画は、独特の油の匂いと、鉄を打つ音が響き渡る職人街だった。
その一角に、巨大な錨の看板を掲げた工房『鉄の鎚』はあった。
「ごめんくださーい!」
僕が声を張り上げて工房に入ると、奥から低い声が返ってきた。
「なんだい、騒がしいねぇ。今は手が離せないんだ、依頼なら出直してきな!」
現れたのは、真っ赤なツインテールを揺らす、小柄な女性だった。
身長はララと同じくらいだが、肩幅は広く、腕は丸太のように太い。
作業用つなぎは油まみれで、手には巨大なスパナを握っている。
彼女こそが、この街で一番の腕利き整備士、ドワーフ族のガーネットさんだ。
「あの、船の改造をお願いしたくて……これなんですけど」
僕は窓の外に停めたキャンピングカーを指差した。
ガーネットさんはチラリとそれを見ると、鼻を鳴らした。
「はっ、陸の乗り物じゃないか。うちは船専門だよ。帰んな!」
取り付く島もない。
まあ、予想通りの反応だ。
僕は苦笑しながら、切り札を切ることにした。
「そうですか、残念です。……おいナビ、ホログラム起動。『内部構造・駆動系』を表示してくれ」
『了解』
次の瞬間、何もない空中にキャンピングカーの透視図が浮かび上がった。
ミスリル合金のフレーム、魔力循環パイプの複雑な配置、そしてエンジンルームの精密な構造。
それを見た瞬間、ガーネットさんの目が釘付けになった。
「なっ……!?」
ガシャン、と手にしたスパナが床に落ちる。
彼女はホログラムに駆け寄り、食い入るように見つめた。
「なんだい、この美しい構造は……!? 魔力回路の効率が異常に高い! それにこのサスペンション、どんな荒地でも振動を吸収する計算じゃないか! いや、それよりこのエンジンの圧縮比は……!」
ブツブツと専門用語を呟きながら、ガーネットさんは興奮のあまり涎を垂らしそうになっている。
まさに「技術屋の変態」だ。
「こいつはあんたが作ったのかい!?」
「ええ、まあ。僕のスキルで作りました」
「信じられないね……ドワーフの国宝級の技術だよ、こいつは!」
彼女は僕の胸ぐらを掴みかける勢いで詰め寄ってきた。
と、その時。ホログラムの脇にナビのアバターが出現した。
『警告。マスターへの過度な接触は禁止されています。離れてください』
「あん? なんだいこの光る玉は」
『私は当車両の管理AI、ナビです。貴女の技術評価……解析中……ドワーフ式鍛造技術、レベルA+。なかなかの腕前のようですね』
ナビの上から目線(?)の発言に、ガーネットさんの眉がピクリと跳ねた。
「はぁ? 機械ごときがアタイを評価するなんて百年早いよ! ……でも、確かに凄ぇ解析速度だね」
『称賛と受け取ります。……さて、マスターの要望は、この車両の水陸両用化です。貴女の物理加工技術と、私の計算能力があれば、理論上は可能です』
ナビは空中に新たな図面――船底にスクリューとフロートを追加した改造案――を展開した。
「なるほどね……タイヤを収納して、船底を展開するのか。面白い! やってやろうじゃないか!」
ガーネットさんはニヤリと笑い、再びスパナを拾い上げた。
「ただし! デザインはアタイに任せてもらうよ! この美しいボディを台無しにするような無骨な改造は許さないからね!」
『異議あり。流体力学的には、もっと滑らかな曲線が必要です』
「うるさいね! ドワーフの美学ってやつがあるんだよ!」
顔を突き合わせて怒鳴り合う一人と一台。
しかし、その表情はどこか楽しそうだ。
「……なんか、意気投合しちゃったみたいだね」
「類は友を呼ぶ、ですね」
僕たちは顔を見合わせて笑った。
偏屈な天才整備士と、毒舌AI。
この二人が組めば、きっととんでもないものが出来上がるに違いない。
「よし、契約成立だ! 今日から三日間、徹夜で仕上げるよ!」
こうして、僕たちのキャンピングカー改造計画が始まった。




