第051話: 目指せ、東の海
「ナビ、現在の速度と到着予定時刻は?」
『現在の速度、時速八十キロ。このまま順調に進めば、今日の日没前には『絶景峠』に到達予定です』
僕たちは今、王都から東へと伸びる街道を走っていた。
窓の外には、のどかな草原風景が流れていく。
王都での激戦が嘘のような、平和な旅路だ。
「ふあぁ……。平和すぎて眠くなっちゃうね」
助手席で足を組んでいるルナが、大きなあくびをした。
いつもの黒装束ではなく、王都で新調したお洒落なチュニックを着ている。
平和になったとはいえ、彼女の腰には愛用の短剣がしっかりと装着されていたが。
「ルナさん、お行儀が悪いですよ。……でも、本当に良い天気ですね」
後部座席では、セリスが紅茶を飲みながら微笑んでいた。
聖女の仕事(という名の大神官業務)を断ってついてきた彼女だが、その表情には一片の曇りもない。
呪いが解けた彼女は、以前よりも明るく、そして少しだけ積極的になった気がする。
「うー! うー!」
その隣で、窓に張り付いているのはララだ。
尻尾をぶんぶんと振り回し、何かを見つけたらしい。
「あ! お兄ちゃん! あそこに変な鳥がいるよ!」
「ん? どれどれ」
僕はモニターに視線を走らせる。
ナビが即座にズームアップして表示してくれた。
『解析結果。モンスター名:『走鳥』。脅威度判定F。食用可』
「食用可? じゃあ今夜のおかずかな」
「やったー! 焼き鳥!」
ララの歓声が車内に響く。
平和だ。本当に平和だ。
追っ手に怯えていた頃とは大違いである。
「ねえユウ。東の海って、本当にそんなに凄いの?」
ルナが身を乗り出して聞いてきた。
「凄いなんてもんじゃないよ。見渡す限り、全部水なんだ」
「全部水? 湖みたいなもんかい?」
「湖よりもずっと大きいよ。対岸が見えないくらい広いんだ」
「へぇ……。想像つかないね」
ルナは内陸育ちだから、海を見たことがないらしい。
それはセリスやララも同じだ。
「本で読んだことはあります。『母なる海』……生命の源であり、多くの恵みをもたらす場所だと」
「お魚! お魚いっぱいいる!?」
「ああ、いっぱいいるぞ。見たこともないような巨大魚や、美味しい貝もたくさんあるはずだ」
僕の説明に、三人の目が輝く。
特にララからは、ヨダレが垂れそうになっていた。
「楽しみですね、ユウ様。……ふふっ、なんだかワクワクします」
「僕もだよ。……それに、今回はこのキャンピングカーも進化する予定だしね」
僕はハンドルを握り直す。
このキャンピングカー【マイホーム】は、僕の魔力と共に成長する。
陸を走り、空を飛び、次は海だ。
『マスター。前方三キロ地点に、オークの集団を探知。数、およそ二十』
ナビの警告が入る。
どうやら、平和なドライブはお預けらしい。
「二十体か。……よし、少し運動しようか」
「賛成! 体が鈍ってたとこなんだ!」
「私もお手伝いします!」
「ララも戦うー!」
僕たちは顔を見合わせて笑った。
冒険者に戻った気分だ。
いや、僕たちは最初から冒険者だったか。
アクセルを踏み込む。
エンジンが力強く唸りを上げた。
オークの集団は、文字通り一瞬で片付いた。
ルナが攪乱し、ララが跳び回り、セリスが聖魔法で動きを止め、僕が魔法銃で仕留める。
連携は見事なものだった。
素材もしっかり回収し、僕たちは再び車を走らせた。
そして、夕刻。
僕たちは目的の『絶景峠』に差し掛かった。
「そろそろだ。みんな、準備はいい?」
「え? 何が?」
「もうすぐ見えるよ。……ナビ、窓の遮光を解除」
『了解』
峠の頂上を越えた瞬間、視界が一気に開けた。
そこにあったのは、夕陽を浴びて黄金色に輝く、広大な世界だった。
「うわぁ……!」
「これが……海……」
「おっきい……!」
三人が息を呑む。
水平線がどこまでも続いている。
空と海の境界が赤く染まり、波のきらめきが宝石箱をひっくり返したように輝いていた。
「綺麗……。本当に、綺麗です……」
セリスが窓に手を当てて呟く。
その瞳には、夕陽と海が映り込んでいた。
「へぇ、こりゃすげぇや。……アタシたちの悩みなんて、ちっぽけに見えるね」
ルナもいつもの憎まれ口を忘れて、呆然としている。
「お魚の匂いがする!」
ララはすでに窓を開けて、身を乗り出していた。
「さあ、行こうか。あそこが僕たちの新しい舞台だ」
僕はアクセルを緩め、坂道をゆっくりと下り始めた。
潮風が車内に入り込んでくる。
少ししょっぱい、でも心躍る匂いだ。
目指すは港町ポルト。
そして、その先にある無限の海原へ。
僕たちの新たな旅がいよいよ幕を開ける。
『目的地周辺の気温、湿度、共に快適。……マスター、素晴らしい旅になりそうですね』
ナビの言葉に、僕は深く頷いた。
「ああ、間違いないね!」




