第034話: 呪いの正体
「……その男の名は、バルガス。聖教国の大神官じゃ」
ソフィアが重々しく告げた名前。
それを聞いた瞬間、セリスの肩がビクリと震えた。
「バルガス様……。私を追放した、あの方ですか?」
「うむ。奴は表向きは敬虔な聖職者を装っておるが、裏では禁忌の呪術に手を染めておる。……この『蛇の紋章』が何よりの証拠じゃ」
ソフィアが空中に投影した映像には、セリスの魂に刻まれた黒い紋様が映し出されていた。
それは複雑に絡み合う蔦のようにも見えるが、よく見れば、自らの尾を噛む蛇――ウロボロスを象っているのが分かる。
「蛇の紋章……。ルナ、これって」
「ああ。ベルンの地下水道で見た奴らがつけてたのと一緒だ。……やっぱり、あの時の推測は当たってたってことか」
ルナが忌々しげに舌打ちをする。
第 2 章で僕たちが遭遇した、子供たちを使った人体実験。
あの時、セリスは「大神官の手先かもしれない」と言っていたが、それが確信へと変わった瞬間だった。
「この呪印の効果は『魔物誘引』。それも、ただ引き寄せるだけではない。周囲の魔物を狂暴化させ、宿主を優先的に襲わせるように調整されておる」
ソフィアの説明に、僕は寒気を覚えた。
セリスがこれまで「不運」だと思っていた出来事。
国を滅ぼす穢れた聖女として、荒野に捨てられた過去。
それらはすべて、偶然ではなかったのだ。
「奴の目的は、おそらく『魔物制御』の実験じゃろう。特定の人間に魔物を集めることで、魔物の発生をコントロールする……あるいは、敵国に送り込んで兵器として利用するつもりかもしれぬ」
「そんな……。じゃあ、私は……そのための道具だったのですか?」
セリスの声が震えている。
彼女は自分の両手を強く握りしめ、俯いた。
「私は、ずっと自分が悪いのだと思っていました。私の信仰が足りないから、神様が試練をお与えになったのだと……。でも、違ったんですね。最初から、仕組まれていたなんて……」
ポタリ、と床に涙が落ちる。
その姿を見て、僕の中でどす黒い怒りが湧き上がった。
人の人生を何だと思っているんだ。
信仰心を利用し、幼い頃から実験台にし、最後は用済みとして追放する。
外道なんて言葉じゃ生温い。
「……ソフィ。この呪印、消せるか?」
僕は努めて冷静に尋ねた。
今は怒るよりも、セリスを救うことが先決だ。
「可能じゃ。……だが、簡単ではないぞ」
ソフィアは腕組みをして、難しい顔をする。
「この呪印は、セリスの魂と深く癒着しておる。無理に剥がそうとすれば、彼女の命に関わる。安全に消滅させるには、魂を浄化するほどの高純度な魔力光……『天空の輝石』が必要じゃ」
「天空の輝石?」
「うむ。遥か上空、雲海を漂う『浮遊島』でのみ採掘される希少な鉱石じゃ。それがあれば、わらわの術式で呪印を焼き切ることができる」
浮遊島。
ファンタジーの定番スポットだ。
普通なら「どうやって空へ行くんだ」と途方に暮れるところだが、僕には心当たりがあった。
「空、か。……なんとかなりそうだな」
「ほう? お主、空を飛ぶ手段を持っておるのか?」
ソフィアが興味深そうに僕を見る。
僕はニヤリと笑って、親指で外を指差した。
「僕のキャンピングカーならね。……ソフィ、あんたの魔法と僕の技術を合わせれば、車を飛ばすことくらい造作もないだろ?」
その言葉に、ソフィアの目がキラリと光った。
彼女の口元が、悪戯っ子のように吊り上がる。
「……ククッ。言うではないか、異界の旅人よ。わらわの知恵と、お主の未知の技術。それを掛け合わせれば、空飛ぶ城さえ作れるかもしれぬな!」
話は決まった。
僕たちは空へ行く。
セリスを縛り付ける忌まわしい呪いを、雲の上で断ち切るために。




