第033話: 幼女賢者ソフィア
賢者の塔の内部は、外から見たサイズとは明らかに異なっていた。
エントランスホールだけで、東京ドームがすっぽり入りそうな広さがある。
「空間拡張魔法か……。僕の『マイホーム』スキルと似てるな」
「うむ。ここはわらわの魔力で維持されておる亜空間じゃ。迷子になると一生出られぬから、はぐれるでないぞ」
ソフィアは短い足でペタペタと先を行く。
床は大理石のように磨き上げられ、天井には星空のような照明が輝いている。
すれ違うのは人間ではなく、掃除用らしき小型のゴーレムたちだ。彼らはソフィアを見ると、カシャンと音を立てて敬礼した。
「上へ行くぞ」
ソフィアが指を鳴らすと、床の一部が光り輝き、円盤状に切り取られて浮き上がった。
魔法のエレベーターだ。
僕たちがそれに乗ると、円盤は猛スピードで上昇を始めた。
「ひゃああっ!?」
ララが悲鳴を上げてルナにしがみつく。
景色が流れるような速度ではない。まるで光のトンネルを抜けているようだ。
「到着じゃ」
数秒後、円盤は最上階らしき部屋に滑り込んだ。
そこは――。
「……汚い」
思わず本音が漏れてしまった。
広い部屋の中は、足の踏み場もないほど散らかっていたのだ。
宙に浮いたまま放置された本、床に積み上げられた羊皮紙の山、怪しげな色の液体が煮えたぎるフラスコ、そして食べかけのクッキーや脱ぎ捨てられた靴下。
「なんじゃ、失礼な。これは『秩序ある混沌』じゃよ」
「ただのゴミ屋敷に見えますけど」
「うるさいのう! 片付けようと思えば一瞬なんじゃ!」
ソフィアが杖を一振りすると、散乱していた物が竜巻のように巻き上がり、壁際の棚へと整然と収納されていった。
最初からやってほしい。
「さて、セリスよ。そこへ座るがよい」
部屋の中央にある、複雑な魔法陣が刻まれた台座を指差す。
セリスは緊張した面持ちで、そこへ腰掛けた。
「痛くはない。ただ、少し身体の中を覗かせてもらうぞ」
ソフィアの表情から、子供っぽさが消える。
彼女は杖を掲げ、何やら詠唱を始めた。
すると、台座の魔法陣が青白く発光し、光の輪がセリスの身体をスキャンするように上下し始めた。
「……ふむ」
ソフィアは空中に浮かび上がったホログラムのような光の文字を目で追いながら、時折眉をひそめる。
「心拍数、魔力回路、魂の波長……すべて正常。だが……」
彼女の視線が、セリスの胸のあたりで止まる。
そこには、黒い靄のようなものが渦巻いていた。
「やはり、ここか」
ソフィアが指先でその黒い靄を拡大する。
すると、靄の中に、何やら幾何学模様のような紋様が浮かび上がってきた。
それはまるで、生き物のように脈動している。
「これは……呪いというよりは、『刻印』じゃな」
「刻印?」
「うむ。誰かが意図的に、お主の魂に焼き付けたものじゃ。……しかも、これは最近刻まれたものではない。もっと古い、幼少期の頃から……」
セリスが息を飲む。
彼女自身も気づいていなかった真実。
「そして、この紋様……どこかで見覚えがあるのう」
ソフィアは記憶の糸を手繰り寄せるように、目を細めた。
そして、ある一点に思い至った瞬間、その金色の瞳が怒りに燃え上がった。
「……そうか。あの男の仕業か」
「あの男……?」
僕が尋ねると、ソフィアはギリリと歯を食いしばり、吐き捨てるように言った。
「禁忌に手を染めし愚か者……。まさか、聖女の身体を使って、あんな実験をしていようとはな」
部屋の空気が、一気に重くなる。
大賢者の怒りが、魔力となって空間を震わせていた。




