第032話: 賢者の塔
「ほほう! これが『えあこん』か! 涼しいのじゃ〜!」
大賢者ソフィアは、キャンピングカーのリビングでソファの上を転げ回っていた。
さっきまでの威厳はどこへやら。完全に新しいオモチャを与えられた子供である。
「この冷気……氷魔法の術式は見当たらぬのに、なぜ風が冷たいのじゃ? しかも、室温が一定に保たれておる……。興味深い、実に興味深いぞ!」
彼女はエアコンの吹き出し口に顔を近づけたり、冷蔵庫を開け閉めしたりと大忙しだ。
そのたびに、長い銀髪とダボダボのローブがふわりと揺れる。
「あの……大賢者様? そろそろ落ち着いていただけますか?」
「なんじゃ、堅苦しいのう。ソフィでよいぞ、異界の旅人よ」
ソフィは冷蔵庫から勝手に取り出したコーラをぷしゅっと開け、豪快にラッパ飲みした。
「ぷはーっ! このシュワシュワする黒い水、最高じゃな! 魔力が回復するような気がするぞ!」
「それはカフェインと糖分のせいですね……」
僕は苦笑しながら、散らかったテーブルを片付ける。
検問での騒ぎを収めてくれた彼女は、そのまま「案内料」として車に乗り込んできたのだ。
そして、この有様である。
「でも、助かりました。ソフィさんがいなかったら、今頃牢屋行きでしたから」
「ふん、礼には及ばぬ。わらわはこの車の正体を知りたかっただけじゃ」
ソフィはコーラの缶を置き、真剣な眼差しで僕を見た。
「お主、名は?」
「ユウです。こっちはセリス、ルナ、ララ」
「ユウか。……お主のこの車、ただの鉄の塊ではないな? 内部に独自の空間法則を感じる。それに、この快適な環境……まるで『異界』そのものを切り取って持ってきたようじゃ」
さすがは大賢者。
エンジンの仕組みは分からなくても、スキルの本質的な部分は見抜いているようだ。
「ご名答です。これは僕のユニークスキルで作った、僕だけの『家』なんです」
「ほう、ユニークスキルか。……面白い。実に面白いぞ!」
ソフィは目を輝かせ、再び車内探索に戻ろうとする。
が、そこでセリスがおずおずと声をかけた。
「あの……ソフィ様。私たち、ご相談したいことがあって魔法都市に来たんです」
「相談? なんじゃ、わらわに魔法でも教わりたいのか?」
「いえ、その……私の、呪いについてです」
セリスの言葉に、ソフィの動きが止まる。
彼女はゆっくりと振り返り、金色の瞳でセリスをじっと見つめた。
「……ふむ。先ほどから気になってはおったが、やはりか」
ソフィは短い足でてくてくと歩み寄り、セリスの胸元に手をかざした。
その小さな掌から、淡い光が溢れ出す。
「……黒いな。それも、かなり根深い」
「分かりますか!?」
「うむ。お主の魂に、何かがへばりついておる。……魔物を引き寄せる『誘引』の呪いじゃな?」
セリスが息を飲む。
一目見ただけで、そこまで見抜くとは。
「解けますか?」
「ここでの即答は避ける。詳しい解析が必要じゃ」
ソフィは杖を振り、空中に魔法陣を描いた。
すると、窓の外の景色が一変する。
いつの間にか、車は巨大な塔の前に移動していたのだ。空間転移魔法か。
「ここは『賢者の塔』。わらわの工房じゃ。……ついてまいれ。その呪いの正体、暴いてくれよう」
ソフィは車のドアを開け、威風堂々と塔を指差した。
その背中は、先ほどまでの無邪気な子供ではなく、世界を知る賢者のそれだった。
「行きましょう、ユウ様」
「ああ。……頼むぞ、ソフィ」
僕たちは顔を見合わせ、賢者の塔へと足を踏み入れた。
そこで待ち受ける真実が、残酷なものだとは知らずに。




