第003話: ハンバーガーと聖女
「セリス、と言ったね。改めて、僕はユウだ」
「はい、ユウ様……」
彼女はまだ緊張しているのか、ベッドの上で小さくなっている。
「様はいらないよ。ただのユウでいい」
「そ、そんな恐れ多いことはできません! 命の恩人ですし、こんな素晴らしいお城の主ですし……」
「城じゃなくて車なんだけどな……まあいいか」
とりあえず、彼女の体調は安定しているようだ。
だが、一つ問題があった。
「……あの、ユウ様。その、申し上げにくいのですが……」
セリスがもじもじしながら、自分の服を摘む。
「お体が、少しベタベタして気持ち悪くて……。どこか、お体を清められる場所はありませんか?」
洗浄魔法で汚れは落ちているが、汗や不快感までは完全には消えないのだろう。
僕は指を鳴らした。
「それなら、シャワーを浴びるといい」
「シャワー……ですか?」
「ああ。こっちだ」
僕は彼女を洗面所へと案内した。
真っ白なタイル張りの空間に、大きな鏡と洗面台。そしてガラス張りのシャワーブース。
セリスは目を丸くして周囲を見回している。
「これが……水浴び場、なのですか?」
「使い方は簡単だ。ここを捻ればお湯が出る」
僕は実際に蛇口を捻って見せた。
ザーッという音と共に、温かい湯気が立ち上る。
「ひゃっ!? お、お湯!? 湯沸かしの魔道具もなしに!?」
「魔力で沸かしてるから似たようなもんだよ。……あと、これを使って」
僕はシャワーブースに置かれたボトルを指差した。
「このポンプを押すと泡が出る。こっちが髪を洗うやつで、こっちが体を洗うやつだ」
「泡……ですか? 石鹸ではなく?」
「液体石鹸みたいなものだよ。すごくいい匂いがするから、試してみて」
「は、はい……分かりました」
「ほら、タオルと着替えはここに置いておくから」
僕は彼女にバスタオルと、予備のTシャツ(少し大きいが)を渡して、洗面所を出た。
数分後。
「あぁっ! なんと芳しい香り……!」
中から、感動に震える声が聞こえてきた。
どうやらシャンプーとボディーソープの香りに驚いているらしい。
僕は苦笑しながら、キッチンの冷蔵庫を開けた。
さて、風呂上がりの彼女に何を食べさせてやろうか。
「ふぅ……生き返る心地がいたしました……」
風呂上がりのセリスは、頬を真っ赤に染めてリビングに戻ってきた。
僕のTシャツをワンピースのように着ているが、慣れない肌の露出に落ち着かない様子だ。
「あ、あの……ユウ様。その、このような格好で殿方の前に出るなど……はしたなくて……」
彼女は必死にTシャツの裾を引っ張り、太ももを隠そうとしている。
その姿は、なんというか、非常に破壊力が高い。
「さっぱりしたみたいだね。……服はそれしかなくて悪いけど、我慢してくれ」
「い、いえ! 滅相もございません! あんなに素晴らしい水浴びは初めてでございます! 髪もサラサラで……まるで魔法のようです!」
「まあ魔法なんだけどね。……それより、腹減ってるだろ?」
僕はテーブルを指差した。
そこには、出来たての特製ハンバーガーと、氷を入れたコーラが鎮座している。
「これは……?」
「ハンバーガーだ。パンに肉と野菜を挟んだものだよ」
「パンに……お肉を……?」
セリスは困惑したようにハンバーガーを見つめた。
この世界では、パンと肉は別々に食べるのがマナーなのかもしれない。
「手で持って、ガブッといけばいいんだ」
「て、手で!? そ、そのようなはしたない真似は……」
「いいから。騙されたと思って」
僕に促され、セリスは恐る恐るハンバーガーを手に取った。
そして、小さな口を大きく開けて、端っこを齧る。
サクッ、ジュワッ。
バンズの香ばしさと、パティから溢れる肉汁。
セリスの動きが止まった。
「……っ!」
彼女の瞳が、カッと見開かれる。
「んっ……!? こ、これは……っ!!」
言葉にならない声を上げて、彼女は二口目、三口目と夢中で食べ始めた。
「美味しい……なんと美味しいのでしょう、ユウ様! お肉の味がパンに染みて、お野菜がシャキシャキで、このソースがまた絶妙で……!」
「落ち着いて食べなよ。喉詰まらせるぞ」
「ん……っ!」
言ったそばから詰まらせた彼女に、僕はコーラを差し出す。
「これを飲んで」
「あ、ありがとうございます……っ!?」
炭酸の刺激に、セリスは驚いて口元を手で押さえた。
「しゅ、しゅわしゅわ致します! お口の中が弾けるようです! でも……甘くて美味しい……!」
「コーラっていうんだ。ハンバーガーにはこれが一番合う」
「信じられません……このような美味しい組み合わせが、この世にあるなんて……!」
セリスは涙目になりながら、それでもハンバーガーとコーラを交互に口に運ぶのを止めなかった。
完全な餌付け完了である。
「……ごちそうさまでした。とても、美味しゅうございました」
満腹になったセリスは、ソファの上で幸せそうに微笑んでいた。
「気に入ってくれたならよかったよ」
「はい……夢のようでございます。こんなに美味しくて、温かくて……」
彼女は窓の外を見た。
相変わらず吹雪が吹き荒れているが、防音ガラスのおかげで音は聞こえない。
「私、ずっと一人でしたから」
ぽつりと、彼女が呟く。
「呪いのせいで、誰も近づいてくれなくて。家族にも、教会の方々にも捨てられて……。だから、誰かとご一緒にお食事をするなんて、いつぶりでしょう」
その横顔は、笑っているのに泣いているようだった。
「……セリス」
「あ、申し訳ありません! 湿っぽいお話をしてしまって! せっかく助けていただいたのに!」
彼女は慌てて笑顔を作ろうとする。
僕はため息をついて、コーヒーを啜った。
「謝るなよ。……ここには僕とナビしかいない。君がどんな呪いを持ってようが、この車の中なら関係ないさ」
「ユウ様……」
「それに、一人で食べるより二人の方が飯も美味い。だから、しばらくここにいればいい」
僕の言葉に、セリスは大きく目を見開き、それからボロボロと涙をこぼした。
「……はいっ。ありがとうございます……!」
彼女の泣き顔を見ながら、僕は思った。
どうやら、しばらく気ままな一人旅はお預けになりそうだ。
でも、それも悪くないかもしれない。




