SS: 温泉御殿の一夜(カエデ視点)
「ふぅ……。極楽、極楽ですね……」
ヒノキの香りが漂う広々とした露天風呂。
私は湯船の端に身を沈め、ほうと一つ、大きなため息をついた。
ユウ殿たちがヤマトを救ってから、数日が経つ。
父上から下賜された領地へ彼らを案内した時、私は少し申し訳ない気持ちでいた。
あそこは確かに広大だが、強大な魔物が巣食う未開の地。いくら救国の英雄とはいえ、何もない荒れ地に放り出すのは少々非礼ではないかと思ったのだ。
――しかし、彼らの力は私の想像を遥かに超えていた。
『重機モード』と呼ばれる巨大な鉄のからくりで、山一つを半日で平らにしたかと思えば、地中から現れた大魔物『土蜘蛛』を、あの小さなソフィア殿があっさりと粉砕してしまった。
そして極めつけは、この温泉である。
わずか一晩で、ヤマトの最高の宿にも劣らない(いや、それ以上の)見事な露天風呂と大広間が完成してしまったのだ。
「カエデ殿、背中お流ししますね」
背後から、透き通るような声がした。
振り返ると、お湯に濡れて銀糸のように輝く髪をまとめたセリス殿が、手ぬぐいを持って微笑んでいた。
「あ、いえ! そんな、恐れ多いです! セリス殿は神官様ではないのですか!?」
「ここではただのセリスです。ふふっ、ユウ様が作ってくださったこのお風呂、本当に気持ちいいですね」
彼女の優しさに甘え、背中を任せる。
隣では、ルナ殿が「ぷはーっ!」とお湯を顔にかけ、浅瀬ではララ殿が泳ぎの練習(?)をしている。
こんなにも平和で賑やかな光景が、かつての死の森に広がっているなんて。
「ユウ殿は……本当に不思議な方ですね」
思わず、口からそんな言葉がこぼれた。
「はい。ユウ様は、誰にでも優しくて、美味しいごはんをたくさん作ってくれて……私の、一番大切な人です」
「一番大切……」
セリス殿の頬が、お湯のせいだけでなく、ほんのりと赤く染まるのを見た。
なるほど、そういうことか。
(私も……ヤマトの武家の娘として、もっと精進せねばなりませんね)
あの見事な塩むすびと豚汁の味。
そして、流民たちに惜しみなくそれを振る舞うユウ殿の背中。
強さだけでなく、深く大きな器を持つ彼らに、私はどこまでもついていきたいと、湯けむりの中で静かに誓ったのだった。




