第110話: 天才料理人の弟子入り
「お、おい、大丈夫か!?」
豚汁の匂いに釣られて現れ、突如として倒れ込んだ少女。
僕は慌てて駆け寄り、抱え起こした。
年はララより少し上、十五、六歳くらいだろうか。
黒髪を後ろでお団子にまとめ、調理着のような簡素な和服を着ている。
そして何より目を引くのは、彼女が大事そうに胸に抱えている、布に包まれた立派な包丁だった。
「だめ……もう一歩も……歩けな……」
虚ろな目で呟く少女のお腹から、雷鳴のような盛大な音が鳴り響く。
……なるほど。完全に腹ペコでダウンしているだけか。
「セリス! 申し訳ないけど、この子の分の豚汁と塩むすびを持ってきてくれないか!」
「はいっ、すぐにお持ちします!」
すぐに温かい食事が運ばれてきた。
少女の鼻先に器を近づけると、彼女は跳ね起きるようにして食いついた。
「はぐっ、もきゅもきゅ、ずずーっ……!!」
おにぎりと豚汁が、凄まじい勢いで彼女の胃袋へと吸い込まれていく。
食べっぷりの良さならルナやララも負けていないが、この少女はただガツガツ食べるだけでなく、一口ごとに驚愕の表情を浮かべていた。
「こ、これは……なんという……塩の使い方が完璧! 豚の脂身の溶け出し具合、根菜の火の通り方も一分の隙もありません! なによりこの『出汁』と『味噌』の圧倒的な旨味とコク……!」
少女は涙腺を崩壊させながら、豚汁の汁一滴すら残さずに完食した。
そして、ふうっと息を吐くと、凄まじい勢いで僕に土下座をした。
「お願いですッ! 私を弟子にしてください!!」
「……え?」
「この神がかり的な料理を作ったのは貴方様ですね! 私の舌がそう言っています! どうか、どうかこのツムギを、貴方の元で修行させてください!」
ツムギと名乗った少女は、地面に額をこすりつけたままだ。
話を聞くと、彼女はヤマトの商業都市サカイで最も有名な料亭の娘らしい。しかし、「もっと新しい味に出会いたい、自分の料理を極めたい」という理由で家出をしてきたのだという。
「……なるほど。料理人志望の家出少女か。でも、僕の料理は別に修行して身につけたものじゃないぞ? 半分以上はチート(現代知識とキャンピングカーの超設備)のおかげだし」
「いえ! あの絶妙な塩加減とだしの風味は、確かな腕前とセンスの証拠です! お願いです、師匠!」
どうやら、完全に料理バカの血に火をつけてしまったらしい。
『マスター。人員の追加要請に対し、許可を推奨します』
珍しく、ナビが会話に割り込んできた。
……お前、さては自分が料理(料理補助アルゴリズム)を褒められたから機嫌がいいな?
『流出民の受け入れにより、今後拠点の食事提供の負担は激増します。彼女の持つ基礎料理スキルと、【マイホーム】の最新鋭キッチン機能を連動させれば、調理効率は飛躍的に向上します』
確かに、これだけ人数が増えたとなると、毎回僕一人が料理をするわけにはいかなくなる。
村の専属シェフ(厨房担当)がいてくれるのは、非常にありがたい。
「……わかった。弟子ってのは柄じゃないけど、一緒に料理を手伝ってくれるなら大歓迎だ」
「本当ですか!? ありがとうございます、師匠!!」
ツムギがパァァァッと顔を輝かせ、僕の手を両手で力強く握りしめる。
「ふふふ。ユウ、また賑やかになりそうだね」
「ララ、ツムギおねえちゃんのごはん楽しみー!」
ルナとララが笑い合い、セリスも温かい目で見守っている。
広場では流民たちが満腹で笑顔になり、最高の温泉が湧き出し、そして新しい仲間も増えた。
僕たちの新しい居場所、『ユウの村』は、こうして賑やかに、そして波乱含みで発展への第一歩を踏み出したのだった。
――第三部・ヤマト開拓編、ここに開幕!




