第105話: 大賢者の湯けむり魔法
「【重力崩壊】」
ソフィアの短い詠唱と共に、空中に浮かんでいた黒い球体が土蜘蛛の頭上へと正確に降り注いだ。
『キ、ギギッ……!?』
土蜘蛛の動きがピタリと止まる。
――いや、違う。止まったのではない。その場に『張り付け』にされているのだ。
目に見えない超高密度の重力に押し潰され、強固な岩の甲殻がミシミシと悲鳴を上げる。
「ちょ、ソフィア! やりすぎだ! せっかく整地した地面がめり込む!」
「ええい、五月蝿い! この程度の虫ケラ一匹、消し飛ばしてくれるわ!」
僕の制止も聞かず、ソフィアは魔力の出力をさらに上げた。
ゴム弾を弾き返した硬質な甲殻が、飴細工のようにぐしゃりと潰れ、広場の地面ごと、巨大なすり鉢状に凹んでいく。
バキボキィッ!
『ギョェェェェェ……』
断末魔の悲鳴と共に、土蜘蛛が完全に地面と一体化した。
というか、跡形もなくペチャンコになった。
「ふん。わらわの湯あみを邪魔するからじゃ。……おいユウ、終わったぞ。さっさと温泉を出さぬか」
「いや、終わったって言われても……。掘削ドリルはさっきの衝撃で壊れちゃったし、地面もこんな――」
僕が言いかけた、その時だった。
ゴゴゴゴゴ……ッ!!
土蜘蛛が潰されたすり鉢状のクレーターの底。
そこから、凄まじい勢いで「何かが」噴き出してきた。
「な、なんだ!?」
「ユウ! あれ、お湯です! すごい勢いでお湯が噴き出しています!」
セリスの叫び声に、目を見張る。
ソフィアの極大重力魔法によって岩盤が粉砕された結果、その地下深くにあった温泉の水脈が一気に解放されたのだ。
もうもうと立ち上る白い湯気。硫黄の心地よい香り。
自噴した源泉は、ソフィアが作ったクレーターをあっという間に満たし、巨大な『天然の露天風呂』を作り上げてしまった。
「……計算通りじゃ!」
「絶対嘘だろ」
ドヤ顔で胸を張る幼女賢者にツッコミを入れつつ、僕は湧き出るお湯に手を触れてみた。
……熱すぎず、ぬるすぎず。まさに適温。
しかも、かすかに青みがかったお湯は肌触りも滑らかで、入る前から上質な温泉だとわかる。
『マスター。土蜘蛛の魔力素子がお湯に溶け込み、疲労回復および美肌効果を増幅させていると推測されます』
「怪我の功名ってやつか。……ナビ、すぐにお願いできるか?」
『はい。建材の加工プロセスをスキップし、即時『和風モード・露天風呂キット』を展開します』
キャンピングカーのクレーンアームが再び動き出す。
ストレージから、あらかじめ整地時に加工しておいた木材や美しい岩石が次々と運び出され、まるで魔法のようにクレーターの周囲を囲っていく。
脱衣所となるヒノキの東屋、竹垣の仕切り、そして湯口の装飾。
ものの数分で、そこには高級老舗旅館も顔負けの、立派な大露天風呂が完成した。
「さあ、みんな! 手ぬぐいを持って集合だ! スローライフの始まりだぞ!」
「「「わぁぁぁぁっ!!」」」
歓声が響き渡る。
僕たちはヤマトに、最高の拠点(温泉付き)を手に入れたのだ。




