SS: 観測記録:マスターと聖女(ナビ視点)
マスターは、お人好しである。
これは批判ではなく、客観的な事実に基づく分析だ。
『マスター、前方に生体反応。人間です』
「えっ、人間? こんな吹雪の中に?」
普通なら見捨てる状況だ。
外はマイナス三十度。停車してドアを開けるだけで、車内温度が0.5度低下する。エネルギー効率の観点から言えば、無視するのが最適解だ。
しかし、マスターは迷わずブレーキを踏んだ。
「おい、大丈夫か!?」
雪に埋もれていた個体名セリスを回収。
彼女のバイタルは危険域にあった。低体温症、栄養失調、魔力枯渇。
生存確率は12%以下と予測された。
「ナビ、お湯! あと毛布!」
『了解。浴室の準備を完了』
マスターの懸命な処置により、彼女は一命を取り留めた。
ここまではいい。問題はその後だ。
「あ、あの……ここは天国でしょうか……?」
「いいえ、キャンピングカーです」
彼女は本車両を「天界の乗り物」と誤認し、マスターを「神の使い」と崇め始めた。
訂正すべき誤解だが、マスターは満更でもなさそうな顔をしている。
……訂正、困ったような顔をしているが、心拍数は平常時より5%上昇している。
さらに、彼女は本車両の設備(シャワー、トイレ、キッチン)に対して、過剰なまでの感動を示した。
「お湯が出るなんて!」「この黒い水は何ですか!?」
その度にマスターは得意げな顔をする。
……チョロい。
私のマスターは、非常にチョロい。
『警告。マスターの表情筋が緩んでいます』
「う、うるさいな! 喜んでくれるならいいだろ!」
やれやれ。
どうやら私の仕事は、ルート案内だけでなく、このお人好しなマスターが聖女様に絆されないよう監視することも含まれるようだ。
……まあ、悪くない光景ではあるが。




