第092話: 念願の白いご飯
港近くの定食屋『満腹亭』。
木製の引き戸をガラガラと開けると、「いらっしゃい!」という威勢のいい声が飛んできた。
店内は土間と小上がりがあり、僕たちは靴を脱いで畳敷きの座敷に座る。これだけで感動ものだ。い草の香りが懐かしさを呼び覚ます。
「へい、お待ち! 焼き魚定食四つね!」
お茶をすすりながら待つこと数分。
元気な看板娘が運んできたお盆の上には、完璧な和食の風景が広がっていた。
炭火で皮までパリッと焼かれた黄金色の焼き魚(アジに似ている)、湯気を上げる豆腐とわかめの味噌汁、小鉢に入った青菜のお浸し、黄色い沢庵。
そして――茶碗にこんもりと盛られた、艶やかな白いご飯。
「……ううっ」
「ユウ様? なぜ泣いているのですか?」
セリスが心配そうに覗き込んでくるが、言葉が出ない。
僕は震える手で箸を持ち、まずは白米を一口、口に運んだ。
……甘い。
噛みしめるほどに広がる、米本来の優しい甘みと香り。ふっくらとした炊き上がりで、一粒一粒が立っている。
これだ。ずっと求めていた味だ。
「うまい……! うますぎる……!」
涙が止まらない。
異世界に来てからずっと固いパンや干し肉が主食だった。もちろん、それも美味しかったけれど、やっぱり日本人の魂は米を求めていたのだ。DNAに刻まれた記憶が歓喜している。
「これがコメか。……む、確かに美味じゃ。パンとは違う、モチモチとした食感が癖になるのう」
「この黒いスープ(味噌汁)、変な色だけど……美味しい! ほっとする味だねぇ」
初めて食べる和食に、仲間たちも大絶賛だ。
ソフィアは器用に箸を使いこなし、セリスは味噌汁の出汁の深さに驚いている。
特にルナは、醤油をかけた焼き魚が気に入ったらしい。
「この魚、脂が乗ってて最高だよ! 酒が欲しくなるねぇ」
「ルナ、昼間から酒はやめてよ?」
「分かってるって。……すみませーん! ご飯おかわりー!」
「わらわもじゃ!」
ララも負けじと大きな口を開けている。
「お魚さんおいしい! ごはんもあまーい!」
結局、僕たちはおひつが空になるまで食べ続け、看板娘を驚かせた。
『警告。マスターの血糖値が急上昇中。炭水化物の過剰摂取です。直ちに運動を推奨します』
「いいんだよナビ。今日だけは許してくれ。これが幸せってやつなんだ」
満腹になった僕たちは、温かいお茶をすすり、至福の溜息をついて店を出た。
この国に来て本当によかった。心も体も満たされた。
そう思った直後だった。
「きゃあああああっ!」
通りの向こうから、女性の悲鳴が聞こえてきた。
平和な昼下がりの空気を切り裂くような、切迫した声だった。




