第088話: 幻の酒の正体
最奥の部屋には、幻想的な光を放つ美しい泉があった。
天井の鍾乳石から雫が落ち、水面に波紋を作っている。静寂の中にその音だけが響き渡っていた。
「これが……ドラゴンスレイヤーの源泉……」
ロゼが震える手で水を掬い、口に含んだ。しかし、すぐにその表情が曇る。
「……ただの水だ。微かに魔力は感じるが、これは酒じゃない。こんな霊水じゃ親父の病気は治せない……」
ロゼが絶望に崩れ落ちる。
その時、ソフィアがそばにあった石碑を読み上げた。
「『この霊水に、龍の涙(と呼ばれる赤い果実)を浸し、百年の時をかけてじっくりと発酵・熟成させるべし』……じゃと」
「ひゃ、百年!?」
ロゼが悲鳴を上げた。百年も待っていたら、父親の寿命は尽きてしまう。
「そんな……龍の涙なら森で見つけたけど……ここまで来て、無駄だったのか……」
「諦めるのはまだ早いよ、ロゼ」
僕は彼女の肩に手を置いた。
「百年待てないなら、時間を早めればいいだけの話さ。……ナビ、出番だ」
『了解。成分分析完了。「超高速発酵・熟成プロセス」を開始します』
僕はアイテムボックスから「龍の涙」を取り出し、霊水が入った樽に放り込んだ。
そして、樽ごとキャンピングカーのキッチンへと運び込む。
「何をするんだい?」
「見ててよ。ナビ、お願い」
『はい。タイム・アクセラレーション(局所的時間加速)、および発酵促進酵素ナノマシンを投入……開始します』
キャンピングカーの調理設備が唸りを上げる。
通常なら百年かかる工程を、魔法と科学の融合技でわずか数分に短縮するのだ。
チーン!
数分後、電子レンジのような音が鳴った。
『完成しました。極上のヴィンテージものです』
蓋を開けた瞬間、むせ返るような芳醇な香りが広がった。
フルーティーでありながら深みのある香り。樽の中には黄金色に輝く液体が揺れている。
これぞまさに、伝説の酒『ドラゴンスレイヤー』だ。
「信じられない……魔法使いってのは、みんなこんなことができるのかい?」
「いや、ユウが異常なだけじゃ」
ロゼは涙を浮かべて、その樽を抱きしめた。
「ありがとう……これで、親父が助かる……!」
彼女の涙が、黄金の酒に一滴混じったような気がした。
感動の瞬間だ。しかし、物語はまだ終わらない。
外からは、不穏な気配が急速に近づいていたのだ。




