SS: 忘れられない味(アイリス視点)
ユウたちが『鉄の箱』に乗って島を去ってから、数日が過ぎた。
空は突き抜けるように青く、風は木々を揺らし、鳥たちのさえずりが聞こえる。世界はいつもと変わらない。
孤島の守人である私、アイリスもまた、今日も元気に狩りをしていた。
今日の獲物は、密林の王者ラプターだ。
俊敏な動きと鋭い牙を持つ恐竜だが、私の槍捌きの前には敵ではない。
「ふぅ……よし、仕留めたぞ」
巨体が地響きを立てて倒れるのを見届け、私は額の汗を拭った。
慣れた手つきで皮を剥ぎ、肉を切り分け、集めた枯れ木で焚き火をおこす。
パチパチとはぜる炎音と共に、肉の焼ける香ばしい匂いが立ち上る。
いつもの食事だ。幼い頃から繰り返してきた、生きるための営み。
だが、串に刺した肉を一口食べた私は、咀嚼の手を止めてふと溜息をついた。
「……なんか、違うんだよな」
肉は新鮮で、焼き加減も完璧だ。なのに、心が満たされない。
脳裏に鮮やかに蘇るのは、あの不思議な鉄の箱の中で食べた『ハンバーグ』という料理の味だ。
表面はカリッと香ばしく、中はふっくらとしていて、噛むたびにジューシーな肉汁が溢れ出す。そして、あの謎の黒いソース! 甘くて少し酸味があって、肉の旨味を何倍にも引き立てていた。
「肉を細かく刻んで、丸めて焼けばいいのか? ……よし、やってみるか」
私は石でラプターの肉を叩き、粘りが出るまで細かくミンチ状にした。
それを手でこねて、丸い形に整える。
覚えている工程はこれくらいだ。
「ええい、ままよ!」
熱した石板の上に、肉塊を置く。
ジュゥウウといういい音が響く。ここまでは順調に見えた。
しかし、ひっくり返そうとした瞬間、肉はボロボロと崩れてただの挽肉炒めになってしまった。
つなぎの卵もパン粉も知らない私には、あのふっくらとした形を保つ魔法のような技術は再現できなかったのだ。
「うう……難しい。なんであんなに綺麗に固まるんだ?」
崩れた肉を口に運びながら、私は再び空を見上げた。
味は悪くない。でも、あの感動には程遠い。
「ユウ、早くまた来てくれ……。今度は作り方を、いや、一生分のハンバーグを置いていってくれ」
塩味だけの焼肉を噛み締めながら、孤島の守人は遠い水平線に思いを馳せた。
私の胃袋は、すっかりあの異界の料理に掴まれてしまったようだ。




