第010話: 国境の街ベルン
花畑での休憩を終え、再び車を走らせること数時間。
森を抜けると、前方に高い城壁に囲まれた街が見えてきた。
「見えた。あれが国境の街『ベルン』だ」
僕の言葉に、セリスが窓に張り付く。
「大きい……! あそこなら、追っ手も簡単には手出しできませんね」
「ああ。とりあえずの目的地には到着だ」
僕はブレーキを踏み、街道の脇に車を停めた。
「さて、ルナ。約束通り、ここまで送ってくれた礼だ」
僕はデリバリーボックスから、報酬としての食料(カップ麺の詰め合わせと、パンの缶詰)を取り出し、彼女に渡した。
「……」
しかし、ルナはそれを受け取ろうとしない。
彼女は俯いて、モジモジと指先を弄っている。
「どうした? 足りないか?」
「……違う」
「じゃあ何だ?」
「……お前ら、このまま街に入るつもりか?」
ルナが顔を上げ、真剣な表情で僕たちを見た。
「言っておくが、ベルンは荒くれ者が集まる国境の街だ。世間知らずの聖女と、こんな目立つ馬車に乗った男なんて、カモがネギを背負って歩いているようなもんだぞ」
「カモ……ネギ……?」
「すぐに悪い奴らに目をつけられて、身ぐるみ剥がされるのがオチだ」
ルナの脅しに、セリスが「ひぃっ」と悲鳴を上げる。
僕は苦笑した。
「まあ、確かに目立つ自覚はあるけど」
「だろ!? だから……その、なんだ」
ルナは視線を泳がせ、顔を赤くして叫んだ。
「私がついててやるって言ってるんだよ! 案内役だけじゃない、護衛も、交渉も、裏社会の情報収集もやってやる! だから……!」
「だから?」
「……まだ、あの『ぷりん』ってやつも食べてないし……もっと色んな飯が食いたい……」
最後の方は蚊の鳴くような声だったが、しっかり聞こえた。
要するに、胃袋を掴まれたわけだ。
「ふふっ。ユウ様、私からもお願いします。ルナさんがいてくれると心強いです」
「セリス……」
「それに、三人の方が楽しいですから」
セリスの援護射撃に、ルナが感極まったような顔をする。
僕はやれやれと肩をすくめた。
「分かったよ。雇用延長だ。引き続きよろしく頼むよ、ルナ」
「……っ! ふ、ふん! 感謝しろよ! この天才義賊ルナ様が味方なんだからな!」
ルナは鼻を鳴らしたが、その尻尾はブンブンと振られているのが見えた。
「よし、じゃあ早速仕事だ。あの検問をどうにかしてくれ」
僕は街の入り口を指差した。
そこには武装した衛兵が立ち、入る人間を厳しくチェックしている。
「あ……。私、追放された身ですから、身分証を見せたら捕まってしまいます……」
「任せろ。こういう時のための私だ」
ルナはニヤリと笑い、ダッシュボードからサングラス(僕の私物だ)を取り出し、セリスにかけた。
「いいか、喋るなよ。全部私に合わせろ」
車を門まで進めると、強面の衛兵が槍を突き出してきた。
「止まれ! 見ない顔だな。身分証を見せろ」
「よお、旦那。精が出るねぇ」
助手席のルナが窓を開け、親しげに声をかける。
「あ? お前は……スラムのルナか? なんだその妙な乗り物は」
「へへっ、私の『親戚のおじさん』だよ。田舎から出てきた成金でさ。後ろに乗ってるのはその娘。ちょっと『病気』で、光に弱いんだ」
ルナはサングラス姿のセリスを指差す。
衛兵は怪訝そうに車内を覗き込んだが、ルナの堂々とした態度と、袖の下(僕が渡したパンの缶詰)を見て、鼻を鳴らした。
「……チッ、面倒な親戚を持ったな。行け」
「ありがとよ、旦那!」
門が開く。
僕たちは悠々と街の中へと滑り込んだ。
「……すげぇ。顔パスかよ」
「言っただろ? 私がいれば百人力だってな!」
ルナがふんぞり返る。
セリスはサングラスを外し、ホッと胸を撫で下ろした。
「すごいですルナさん! 本当に頼りになります!」
「ま、まあな! これくらい余裕だ!」
こうして、僕たちは無事に最初の街『ベルン』に到着した。
聖女と盗賊、そして最強のキャンピングカー。
奇妙な三人旅は、ここから本格的に始まろうとしていた。
だが、街に入った僕たちはまだ知らない。
この街で、さらなるトラブルが待ち受けていることを。




