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第九章 決戦

―――七月二十九日九時十三分 ガダルカナル島 正統、同盟統合司令部

「閣下、そちらの三個艦隊の前進を今すぐやめさせてくれませんか?

言葉を選らばずに申しますと、前進と勝利、後退と敗北の区別がついていないように思えますが。」

そういうのは正統艦隊総司令ロズミスロフ大将だ。

すると、連合艦隊司令長官フェアチャイルド大将はこう答えた。

「勝ってると思っている奴に後退させるのは女にふられた時に身を引かせるよりも難しいのでね。そう思いませんか?」

「なるほど、分かりました。」

「少なくともここさえ確保すれば戦線が崩壊することはありません。」

ロズミスロフ大将は地図を見ながら答えた。

「さしずめここを狙ってくるでしょうな。」

フェアチャイルド大将も地図を見ながら皮肉交じりに

「まあここは補給の墓場ですから、補給に失敗すれば餓島ですな。まあ、これを理解できる聡明な議長閣下様は帝都を直撃せよ、とおっしゃりますからな。」

「閣下も大変ですな。」

「まあ仕方ありません。これが文民統制らしいので。」

「そうですな。」

すると伝令兵が走って大声で報告した。

「報告します。同盟第八艦隊よりR4にて敵艦隊発見、約四から六個艦隊と推測、また前方に未確認艦三、針路は北東、終わります。」

ロズミスロフ大将は落ち着いた様子で

「やはり目的はここガダルカナル島か。」

「そのようですな。」

フェアチャイルド大将は続けて、

「正統艦隊から三から四個艦隊をもらえませんか?」

「では四個艦隊を出しましょう。指揮はリー中将でよろしいですかな?」

「いえ、スヴォーロフ大将が適任かと」

ロズミスロフの声は硬い。

「クレルモン諸島で大敗した艦隊の下につけられると、我が方の士気に響きます」

「――ほう。二個艦隊を三日で海の藻屑にしたお方が、士気を語りますか」

フェアチャイルドの口元には皮肉な笑み。

参謀たちの間に、一瞬だが重い沈黙が落ちた。

「……わかりました。リー中将で」

ロズミスロフは言葉を噛み、視線を地図から外さなかった。

―――九時五十三分 ガダルカナル島 艦隊停泊地

ガダルカナル島の空域、濃紺の空に、巨大な艦隊が静かに浮かんでいた。

空は曇天、雲の切れ間から差す光が、艦体の鋼鉄の肌を鈍く照らしている。

空は穏やかで、まるでこの一帯だけが時間から切り離されたかのような静寂が支配していた。

艦隊は、同盟軍と正統軍が混在しながらも、整然とした隊列を保っていた。

「閣下、出撃準備完了」

「第五、九艦隊、同盟第四、第五出撃せよ。」

リー中将は勢いよく号令をかけた。

艦隊はゆっくりと黒い息を吐きながら、上昇した。

―――ガダルカナル島 正統、同盟統合司令部

ゆっくりと艦隊が昇る。濃紺の空を背に、鋼鉄の巨影が天へと向かう。

ロズミスロフ大将はそれを見上げ、小さく、しかし確信をもって呟いた。

「これが、歴史を変える。」

―――十時十二分 第三艦隊旗艦 ブランデルブルク

「特務艦隊より報告、F7空域ニ敵艦ミユ。艦隊総数六百。針路南西。」

「特務艦隊も役に立ちますな。」

参謀長ハルトヴィヒはやや感心した様子で口にした。

「そうだな。」

フラーゼはそうとしか言わなかった。

どうもあの醜いアヒルが役に立つとは信じられないからだ。

「閣下、ゲンダ大佐より出撃許可の打診です。」

「許可する。」

別に航空団とやらがどうなろうと戦局には一切寄与しない。

まったく信用していなかった。

―――十時十四分 特務艦アカギ

「大佐、許可が下りました。」

ゲンダ大佐は妙な納得顔をしたあと、

「ようし、全機準備だ。速力を三十にしろ。」

上が平な奇妙な船たちは速力を上げた。

すると、革製の飛行帽にゴーグルを載せ、航空団専用の白い野戦服に白いスカーフを身に着けた男が艦橋に上がってきた

「大佐殿、行ってまいります。」

そういうと男は姿勢を正し敬礼した。

「フチタ中佐、やってきてくれ。」

短くゲンダ大佐はそういうと、フチタ中佐は艦橋へおり飛行甲板におり、雷撃機に乗り込んだ。

「全艦、速力三十になりました。」

「全機出撃せよ。」

ゲンダ大佐がそういうと、

複葉機は低く唸りながら滑走を始めた。二枚の翼は風を受けてわずかにしなり、機体は艦の端で一瞬浮かび、次の瞬間、空の世界に旅経って行った。

「がんばれー」

「いってこーい」

整備員たちが甲板の端で白い帽子をパタパタ振りながら見送った。

「上の連中共め、腰ぬかすぞ。」

ゲンダ大佐がやや微笑みながらそうつぶやいた。

―――十時四十八分 雷撃機 フチタ中佐

「中佐、敵艦隊を発見!」

無線が短く鳴った。フチタは即座に応答する。

「位置は?」

「四時方向、下三十二度。距離約六キロ。」

双眼鏡を覗くと、空平線のかすみに敵艦隊が浮かび上がる。先頭に駆逐艦、中央に重巡、最後尾に戦艦。煙突から黒煙を上げ、警戒態勢に入っている。

「ようし、全機攻撃開始。各編隊は編隊長の指示に従え。俺の編隊は百メートル下がってから突入する。」

「了解!」

「了解!」

僚機からの応答が続く。フチタは操縦桿を押し込み、機体は急降下を始めた。風圧が風防を叩き、骨組み全体が軋む。高度を下げながら、彼は冷静に水平飛行へ移行する。

「編隊を組め。死んでも崩すな。駆逐艦は無視しろ。目標は戦艦だ。」

五機は密集隊形を維持しながら飛行した。敵艦隊の対空砲火が始まった。雷撃艇用の副砲が火を噴く。弾が空を裂き、機体の周囲をかすめる。

「敵副砲、射撃開始。距離二千。」

「速度維持。回避機動は最小限に。雷撃位置まであと十秒。」

戦艦の艦橋がはっきり見える。艦首をこちらに向け、回避行動を取ろうとしている。だが、巨体はすぐには動けない。

「発射位置、到達。雷撃準備!」

「雷撃用意!」

「発射!」

五機がほぼ同時に空中雷を投下。くそでかいのろま野郎に空中雷が向かった。

「雷撃完了、離脱!」

機体は急旋回し、敵艦の射線から外れる。背後で爆発音。振り返ると、戦艦の右舷に複数の火柱が立ち、黒煙が上がっている。

「命中確認。五本中四本命中。戦艦、航行不能!」

「全機、攻撃終了。帰投せよ。」

フチタは深く息を吐き、無線に向かって言った。

「よくやった。」

―――同時刻 戦艦ノースカロライナ副砲手 

「敵発見、全艦対空戦闘。」

いったいなんだと思い所定の位置につくと不思議なやつがこっちにすごいスピードで向かっているではないか。

「撃て!」

手が震える。

なんでこんなに速いんだ。

これは…船か?

人間が乗ってるのか?

「早く入れろ!」

装填手の顔が青ざめていた。

砲弾の装填が終わった。

「撃て!」

「なんなんだよ!」

砲声。外れた。

あれは雷撃艇ではない。奇妙な構造の塊――悪魔の化身。白い線を引きながら近づいてくる。足がすくむ。

彼の頭の中に一瞬浮かんだのは、同盟の旗ではなく恋人の顔だった。

彼女の髪が風に揺れていた。あれは六月の港だったか。あの時、何か言いかけていた――。

彼の痛みや悲しみといった感情は火に飲まれた。

ドカーン!

戦艦ノースカロライナ 行方不明者、五百六十三名

大量の涙と、四十人の喜びで生み出された。


―――十一時十二分第三艦隊旗艦 ブランデルブルク

「特務艦アカギより通信、我作戦成功セリ。

戦艦一、重巡一、撃沈。重巡二大破 戦艦一中破」

「……大戦果ですな。」

参謀長ハルトヴィヒは驚きをもって素直な気持ちをいった。

一番驚いたのはフラーゼだった。

あんな醜いアヒル共が役に立つとは思っていなかった。

―――十二時十二分 同艦

「ハツツキより報告、敵艦ミユ。方角十一時五分、俯角八度、接近速度十八ノット!」

報告の声が、緊張にわずかに震えていた。

「全艦、戦闘準備。数は?」

参謀長ハルトヴィヒの声は淡々としていた。

「……約八個艦隊です。」

「そうか。」

作戦は成功している。本来なら歓声が上がるはずだった。だが、今から三倍の敵と衝突すると思えば、口元も硬くなる。

「密集しつつ凸形陣を組め。雷撃艇、出撃準備。第四・第五艦隊は後退――デコイだと悟られぬよう慎重にな。」

「は!」

―――十二時二十三分 第二艦隊旗艦 パール

「閣下、砲撃許可が下りました。このまま急速前進し、正統・同盟の切れ目を広げよとの命令です!」

副官の報告に、パットン中将は立ち上がり、艦橋の全員に響く声で叫んだ。

「皆殺しだ! くそったれのろくでなしどもをぶち殺して石鹸にしてやれ!」

一瞬の沈黙のあと、艦橋と通信回線の向こうから轟くような歓声が返ってきた。

兵たちの顔に血が通い、笑みが浮かぶ。

一般将兵には、こういう汚い檄のほうがよく効く――パットンはそれを知っていた。

「雷撃艇部隊、全艦艇出撃、RQA43に砲火を集中しろ。」

パットン中将は旗艦を前進させ、陣頭指揮を執った。

パールが黒煙を吐きながらその巨体を前進させた。

旗艦が前進したため、敵艦隊がそこに砲火を集中させたが、ひるむわけでもなく、

「何をしているか!もっと前進しろ。死ぬ気で前進しろ。」

同盟正統艦隊は切れ目に帝国のナイフが入ったがどうすることもできなかった。

第二艦隊の突進を受けた同盟第四艦隊は、この狂気じみた攻勢に対応できなかった。

後退する間もない。その速度は常識を超えていた。

雷撃艇が水面を滑るように迫り、空中雷が白い飛沫を上げて着弾する。戦艦の巨砲も火を噴き、敵艦の甲板を削った。

パットン中将の周りでは火薬に轟音の渦が襲い掛かったが、第二艦隊の将兵は「ひるむ」という単語を知らなかった。

「行け行け、撃って撃って撃ちまくれ。」

十八分後、彼ら第二艦隊は恐るべき狂気と熱意によって同盟正統艦隊を分断した。

チーズをナイフで切るような鮮やかさで三倍近い敵を突破した。

―――十二時四十二分 帝国第三艦隊旗艦 ブランデルブルク

「閣下、パットン中将が突破に成功しました。」

ハルトヴィヒが報告し、また別の報告をした。

「また艦隊損耗率が一割になりました。敵味方の損害は絶対数においては有利です。」

フラーゼが落ち着いた様子で、

「全艦、第二艦隊に続け、一気に突破する。」

彼女は内心焦っていた。

たった二十分足らずで損耗率が一割だ。

今は生き残りつつ、敵を釘付けにしなければならなかった。

旧ベール方面艦隊は艦隊運動、火力運用の巧妙さを三倍の艦隊の突破という形で示した。

だが、戦闘はまだ始まったばかりだ。

―――同刻 同盟正統艦隊総旗艦 マルセイユ

「何をやっておる! 相手は半数の艦隊だぞ、しかも実質三個艦隊しかおらんではないか!」

リー大将は苛立ちを露わにした。

たった半数の敵に、終始先手を取られている現実が許せなかった。

「敵の艦隊運動、火力運用は我が方を凌駕し、統率も取れています。」

副官は冷静に答える。

リー大将は深く息をつき、

「そうだったな……こっちは俄作りの混成艦隊だ。よし、正統艦隊のみ一斉回頭、後方の敵を落ち着いて処理せよ。同盟艦隊は前方の艦隊を処理せよ。」

号令と共に、混乱していた艦列がわずかに秩序を取り戻し、一斉回頭が始まった。

だが、リー自身が認めたように、艦隊の指揮系統は正統と同盟で分断されていた。

マルセイユには両陣営の情報が統合されておらず、指令は各艦に断片的にしか届かない。

よって彼は完全に分断することによって混乱の収拾をはかりそれに成功した。

―――十二時五十分 帝国第三艦隊旗艦ブランデルブルク

帝国軍は第二艦隊の空けた穴を通り、敵の後方に出ることに成功した。

「閣下、敵艦隊の後ろをとれました。」

「よーし、全艦総攻撃、回頭中の敵を思う存分叩け。」

命令とともに、帝国軍の火力が一斉に敵艦の背面へ注ぎ込まれる。回頭の渦中にある艦列は混乱を増し、その隙を第二艦隊が突いた。

パットン中将は十隻の巡洋艦と二十隻の駆逐艦を突撃させ、敵の混乱を血で刻む結果とした。

―――十三時四十五分 同盟第四艦隊 旗艦ボルドー

スヴォーロフ大将は何かの異変に気付いた。

今追っている艦隊は本物なのか?

「全艦、前進しつつ砲撃準備。」

副官が以外そうな顔で反応した。

「ですが、有効距離ではありません。」

スヴォーロフ大将は落ち着いた様子で、

「デコイかもしれん。」

副官がやや納得した様子で

「分かりました。全艦、砲撃開始。」

次々と、閃光と爆音が各艦で起こり砲弾が降り注いだ。

いくつかの物体が割れた。

「閣下、デコイです。」

「うむ、全艦反転、正統艦隊の支援に向かう。時計回りに迂回しつつ敵の背後に出る、急げ。」

だまされた黒い鉄鯨たちが悠然と反転した、

―――同時刻 帝国第三艦隊旗艦 ブランデルブルク

「閣下、デコイに気づいたようです。」

「そうか。」

フラーゼは落ち着いて答えたが内心焦っていた。

いくら先手をとったとしても、約二倍の戦力差では小さな戦術的な優位も消し飛ぶ。

「味方の電報が早いか、死神が早いか、見物だな。」

フラーゼは柄にもないことをつぶやいた。

艦橋内では静かな時がたった。

すると突然、全艦、命令もなしに砲撃を中止した。

敵もだ。

フラーゼが双眼鏡をのぞいた。

砲声と爆煙の渦――その中心を、ふいに白い影が裂いた。

一羽、二羽、十羽……。

白い羽ばたきは、血と鉄の雨をまるで無視するように戦場を横切った。白いハトの群れだ。その羽ばたきは血煙を裂き、鉄の巨鯨たちの間を何事もないかのように抜けていく。

死神の影の下を舞うその姿は、戦場をあざ笑う無垢な使者のようだった。

誰もが息を呑み、引き金から指を離した。

しかし、やがてその影は水平線の向こうに消え、再び炎と轟音が空を裂く。

ハトの通った空間だけが、数秒間、硝煙の匂いを忘れていた。

そして次の瞬間、その静寂ごと粉々に砕かれた。

―――十四時二分 帝国第二艦隊旗艦 パール

パットン中将は艦橋でコーヒーを飲みながらつぶやいた。

「まずいな。」

コーヒーを入れたものが大慌てで謝罪した。

「申し訳ございません!」

恐怖で足がすくんだが、パットンは落ち着いた様子で、

「いや、これではない。戦局がだ。」

パットンが言った通りまったく戦局が芳しくなかった。

すでに数では五対三。二、三十分もすれば、囮に引き回されていた同盟艦隊が合流し、敵は三倍の戦力となる。包囲は避けられない。

パットン中将は、何かを思いついたような声で無線員に

「ブランデルブルクにつなげ」

「は!」

無線員は指示通りにつないだ。パットンは落ち着いた口調で、

「閣下、特務艦隊を使って旗艦のみを潰させませんか?」

無線からフラーゼの声が聞こえてきた。

『どういうことか?』

「特務艦隊の航空団で旗艦を叩き、指揮系統を混乱させ、本隊はその隙に一気に攻勢をかけ、正統艦隊を崩す。同盟艦隊到着前に、戦線を整理します。」

『だが、すでに損耗率三十九パーセントだ。攻勢をかける余裕はないぞ。』

「余裕はなくても、時間はもっとないです。待てば増援に叩き潰されます。」

わずかな沈黙。背後で機関の低い唸りだけが響く。

『……分かった。』

会話は終わり無線が切れる。

「全艦、艦列を整えろ。攻撃準備だ。」

―――十四時十分 特務艦アカギ

「大佐、ブランデルブルクより入電、航空団をもってマルセイユ以下正統艦隊の旗艦を撃破せよ、とのことです。」

ゲンダ大佐は落ち着いた様子で

「戦艦五も沈めろ、ということか、しかも護衛艦の処理もしつつ、まあいい。フチタ中佐にはいけそうだったらこの命令を守れ、無理そうだったらマルセイユのみを撃破せよ、と伝えろ。」

無線員は勢いある声で答えた。

「は!」

―――十四時十四分 特務艦アカギ甲板上

風が整備兵を容赦なく襲い、甲板の塗装が光を反射する。

整備兵たちは最後のボルトを締め、燃料ホースを外す。

重油の匂いが漂い、プロペラの始動音が順に甲板を震わせた。

フチタ中佐は機体に駆け寄り、コックピットの縁に手をかける前、一瞬だけ視線を戦場に向けた。

薄い水平線の向こうに、見えぬ死地が広がっている。

「よーし、行くぞ!」

整備兵がいつも通りに、帽子を振って応援した。機体は次々と発艦していった。

―――十四時三十二分 雷撃機 フチタ中佐

「全機、マルセイユに対し突撃、絶対仕留めろ。」

そういうと、雷撃隊、爆撃隊は猛然と襲い掛かった。

「全機編隊を組め。」

そういうと、フチタ中佐の編隊は見事なV字型になってつっこんだ。

遠くに巨艦の影が見える。その周りには護衛の巡洋艦と駆逐艦がおり、副砲火が火線を引いた。

「敵副砲、射撃開始。距離三千。」

「速度維持。回避機動は最小限に。雷撃位置まであと二十秒。」

爆音のなか、隣に火が見えた。

「ニシカワ機、被弾。」

と短く伝えられた。

ニシカワ機は燃えながら、下へ落ちて行った。

「……五、四、三、二、一、発射」

フチタ中佐は振り返らなかった。任務を果たすために。

―――同時刻 正統艦隊 駆逐艦ル・テリブル

「対空戦闘、各砲座ごとに射撃を開始。」

艦長は熱意をもって命令した。

彼にできることはもう終わり見つめるだけだった。

すると、報告が飛んできた。

「マルセイユに空中雷四、接近中。」

艦長は即座に反応した。

「両舷全速、マルセイユを守れ。」

そういうとル・テリブルは向かっている空中雷とマルセイユの間に割り込んだ。

そして、四本命中した。

艦長は姿勢よく起立し、マルセイユに対し敬礼した。

彼は、与えられた任務をこなして死んでいった。

ル・テリブル生存者なし。

―――同時刻 同盟正統艦隊総旗艦 マルセイユ

「閣下、退艦の準備を、本艦は敵の航空機に狙われております。」

マルセイユの艦長が何もそれ以上のことを言わず、リー大将に退艦させようとした。

だが、リー大将は怒りを込めて叫んだ。

「指揮官が逃げて勝ったことがあるか!」

副官が落ち着いた様子でこれに反論した。

「ですが、今、閣下が戦死すると指揮系統が混乱し、それこそ敵の思うツボです。」

「……分かった。」

リー大将は艦橋の乗員に一礼し、外へ出た。

そこには、空中雷を防ぐために次々と犠牲になる護衛艦の姿があった。

彼は空を見上げ、つぶやいた。

「私のような老人が生きて、若いものが死んでいくとは、世も末だな。」

副官は何も言わずただついていった。

運命のいたずらだろうか、リー大将が乗ろうとしたとき弾薬庫に爆弾が命中、誘爆した。

リー大将以下司令部を全員巻き込んで。

正統艦隊の司令部は失われた。

そして、空は何も変化はなかった。

―――十四時四十三分 帝国第三艦隊旗艦ブランデルブルク

「特務艦アカギより入電、マルセイユの撃破に成功なるも他目標の撃破に失敗。」

そして次の瞬間、通信員が歓喜をもって報告した。

「本部より入電――『水は裂け、道は開かれたり。我らは海を渡れり』」

ガダルカナル島襲撃成功の報だ。

艦橋にざわめきが広がる。陽動は終わった、帰れる――。

ハルトヴィヒ参謀が小さく拳を握り、士官たちも互いに笑みを交わす。

もっとも喜んだのはフラーゼだった。

「よーし、全艦後退せよ。」

だが、その空気を切り裂く報告が入った。

「後方より同盟艦隊が接近、十二分後接敵予定。」

一瞬、艦橋が凍りつく。誰もが時計と地図を見た。

こうなると前方の正統艦隊の突破以外道はなかった。

だが、たった十二分で突破はできるのか?できるわけない。

だが、やる以外ない。

「全艦、敵中央に火力を集中せよ。雷撃艇出撃、一気に突破しろ。」

各艦が必死の攻撃を行い突破の兆しは見えているが問題は間に合うかどうかだ。

間に合わなければ全滅もあり得る。艦砲が咆哮し、甲板に震動が走る。砲煙と潮の匂いが混じる中、突破の兆しは見え始めたが、間に合わなければ全滅だ。


すると、監視員から驚きの報告が上がった。

「閣下、第二分艦隊が反転し、同盟艦隊の方に向かいました。」

「すぐ、レキシントンにつなげ。」

フラーゼは無線員に焦って指示した。

「ハインリヒ少将ただちに戻れ、戦列に復帰するのだ。」

奥から妙に落ち着いた声が聞こえてくる。

『クロイツェル中将、我が第二分艦隊は後方にいる同盟艦隊に対し、遅滞行動を行います。』

「戻れ、これは命令だ。」

『挟み撃ちにされたら全滅です。閣下、あなたは帝国に必要な人間です。ご武運を。ジークハイル!』

フラーゼは必死に呼びかけた。

「ハインリヒ少将、ハインリヒ少将、」

応答はなかった。

―――十四時四十八分 帝国第三艦隊第二分艦隊 旗艦レキシントン

「では、一発、あいつらに蹴りを入れるとしますか。」

ハインリヒ少将の副官がそういうと、ハインリヒは応えた。

「うん。」

全員、悲愴感をもっていなかった。

何か満足気な雰囲気だ。

ハインリヒ少将は、やや肩を落とした。

「みんな、すまない。」

―――十四時五十二分 帝国第三艦隊旗艦ブランデルブルク

「閣下、突破に成功しつつあります。」

全員の雰囲気は暗かった。

そして、監視員が報告した。

「第二分艦隊交戦状態に入りました。」

また、突然、通信から音が拾われた

「針路そのままだ。行くぞ。」

ハルトヴィヒはやや心配する声で

「閣下……」

「参謀長、針路そのままだ。」

その言葉に、彼は悔しげに唇を噛みながら復唱した。

「針路、そのまま。」

フラーゼが、誰にともなく呟いた。

「……みんな、すまない。」

***

レイテ空域会戦 

同盟、正統艦隊死者 二万千二百六十一名

帝国艦隊死者 一万四千九百七十八名



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