第八章 前夜
―――七月二十三日
同盟、正統艦隊はほぼ作戦通りの行動を行い、帝国空域の三十四パーセント、領土は二十一パーセントを占領した。
だが、同盟、正統は混乱の収拾は現法体系では困難と判断し、国家緊急事態及び憲法の停止を宣言、インフラなどは一時国有化され、民間の輸送船は軍の指揮下におかれ、戦争物資の輸送に使われることになった。
だが、国債の下落は止まらず、金利十五パーセントという破壊的数字を記録した。
両国ともデフォルトは免れたものの、インフレの波が刻々と迫りつつあった。
一方、帝国では戦略的撤退を称して、撤退地域から食料、燃料を強制的に引き上げた。
同盟、正統の今回の大義名分は、帝国の圧政から市民を救うことを掲げており占領地域を拡大するごとに補給関係は悪化の一途を辿っていた。
また、帝国航空艦隊は戦線と帝都の中間に位置するトラック諸島に艦隊を集結させた。
反攻作戦を開始するために。
―――七月二十三日トラック諸島 帝国臨時司令部
フラーゼはトラック諸島の周りにおよそ千隻に及ぶ艦艇とそれを支援する補給艦隊とが群れをなしているのを見た。
それは地平線まで広がっているようにさえ感じられた。
各艦隊司令官がこのトラック諸島臨時司令部に集められた。
集められた会議室は建築、内装は装飾性を欠いていた。
ただ、縦に長机が並べられ、横には双頭の鷲の紋章が掲げらているだけだった。
フラーゼはただイスに座り、時を待っていた。
全員、妙な沈黙を持って待っていた。
この戦いで故郷を敵に占領されたものも多く、そのうえ戦うのも禁じられていたためだ。
全員が十分ほど待っていると、奥のドアが開いた。
入ってきたのは統合作戦司令長官ヨーゼフ大将、航空艦隊総司令アルブレヒト大将であった。
両名がイスに座った。
初めに発言したのはヨーゼフ大将であった。
「これより天一号作戦の説明を行う。」
冷徹な声だった。
「リーメ方面の同盟艦隊は殲滅され、現在、帝国は二正面より侵略を受けている。
だが、同盟、正統艦隊の補給線は長い。そのうえ支配においた帝国市民の食料ももってこなくてはならず、彼らは経済的に疲弊している。」
彼は冷静に地図を棒でさし、
「現在、敵の補給基地はガダルカナルにあり、情報によると八十二パーセントの補給物資はここにため込まれている。」
「つまり、そこをたたけとおっしゃるのか?」
発言したのは第八艦隊のアントニオ・グレコだった。
彼は平民上がりでそのうえ士官学校を出ず、一兵卒から艦隊司令官に上り詰めた提督だった。部下思いの優しい老提督だ。
「そうだ。ここを叩けば敵は補給を失う、そのうえ敵の戦闘集団三個艦隊はここから離れて進撃している。今が叩く絶好の機会だ。」
「ですが、現在ガダルカナル島周辺には六個艦隊がおり、そのうえガダルカナル島半百キロの間には四個艦隊が巡回している。こちらは八個艦隊、分が悪いのでは。」
彼は冷淡な声で発言した。
「第一第二第三艦隊は、七月二十九日出撃ガダルカナル島南西部より侵入、敵を陽動。
第四第五第七第八第十艦隊は、ガダルカナル島東より侵入、補給基地を完全破壊。」
これは五個艦隊をおとりに使うという作戦であるのは明白であった。
感情を排した極めて合理的な作戦だ。
「ヨーゼフ大将閣下は、我が艦隊に補給基地のために死んで来いとおっしゃるのですか?」
そう発言するのは、第二艦隊司令、パットン中将だ。
彼は血の気が多いがきわめて有能な指揮官でもある。
昔、軍病院にいた精神病患者を臆病者と怒鳴りつけその場で射殺してしまいそうになったという話も残っている。
「陽動してもらえればそれでよい。」
「……わかった。」
彼はこの作戦にかなり不満があったが致し方ないとあきらめた。
フラーゼもこの作戦に対しかなり複雑な気持ちであった。
間違いなく効率の良い戦いだ、これは分かる。
だが、自分の部下たちをおとりに使うのは何か胸に重いものがくる。
彼女は今まで勝ってきた、それか負けそうな戦いはすぐ引いた。
だが今回は不利を承知で負け続けろと言われたのだ。極めて気分が悪い。
「これより作戦の詳細について決定する、」
アルブレヒト大将がやや不快そうな顔で会議を進めた。
ヨーゼフ大以外はあまり満足のいくような様子ではなかった。
明確に愚かな作戦ならば批判のしようもあるが、これは極めて合理的な作戦だ、だから余計質が悪いのだ。
会議が終わりフラーゼに近寄ってきたのはアルブレヒト大将だ。
「クロイツェル中将、申し訳ない。」
「帝国軍人はどんな命令にも従う。とおっしゃったのは確か校長でしたな。」
「君はほんとになんでも覚えてるな。」
「恐縮です。」
「あと、君の艦隊に飛行機部隊を配属させる。」
「ひこうき?ですか。確か十八年前レンメン伯爵が作ったとかいうものですか。」
「うん。偵察を行う機体、雷撃を行う機体、爆薬を落とす機体の三種類をそれぞれ二十機ずつ配備させる。試験結果も良好だ。それにともない特務艦を三隻同行させる。」
「特務艦で敵をだますということですか。」
「包まずに言えばそういうことだ。」
彼女は役立たずのスクラップ品を押し付けられたような気分だった。
私の命日も近いということかな、まあいい。
それなら華々しく軍人として誇り高く死ぬだけの話だ。
―――特務艦アカギ
「ようこそ、アカギへ。」
そういうのはゲンダ大佐だ。
三十才ほどの男で小柄だが、忠義の士という雰囲気がある。
「貴官がゲンダ大佐か、私はクロイツェル中将だ。早速だが、航空団の説明を頼む。」
「は、我が航空団は特務艦の甲板上より出撃し、最低約百ノットで移動し、偵察及び敵艦艇に対し攻撃を加えれます。閣下のお役に立てると思います。」
「ほうー」
彼女が見たのは二枚の主翼が縦に構造をなしてしかも胴体よりもそれを占める割合が高い。
こんな醜いアヒルが厳しい空を飛んで敵を撃破できるのか?疑問を抱かずにはいられなかった。
―――七月二十八日 トラック島、停泊中駆逐艦ユキカゼ
フラーゼは艦隊視察を行っていた。
歩いていると駆逐艦の空中発射管の整備に目が止まった。
「すまないがこれを持っといてくれ。」
そういうと彼女は野戦服を脱いだ。
彼女が着ていたのは空雷屋のややぼろくなったシャツだった。
そのまま彼女はユキカゼに乗船し、魚雷発射管の整備中のところに向かった。
向かってる間は白い綿の手袋をつけながら整備員一名が空中雷の推進部を整備しているところを見た。
そこでは空中雷の整備が行われていた。
「もっと丁寧に扱え、死ぬぞ。」
「申し訳ございません。」
一名の整備員が後ろを見ると彼女は怒鳴りつけた。
「前を見んか!」
フラーゼはもともとここ出身の提督だった。
「金属粉がついている、油カスもある次から気をつけろ。」
「はい。」
「次、舵確認、」
彼女はそのまま空中雷の整備を行った。
彼女はどちらにしろ今日のやるべきことは艦隊視察だけだったのでこれをすることにした。
その際の彼女の目は完全に空雷屋の目だった。
そのまま三時間その整備をやった。
そして、
「よし、全部終わり、空中雷日誌を書け、書き終わったら清掃。」
「はい。」
「了解であります。」
彼らは作業をてきぱきやり、
「作業終了、お疲れ様。」
「手伝っていただきありがとうございます。ちなみに誰でしょうか?」
「クロイツェルだ。」
彼は一瞬不思議な顔をした後、すぎに驚いた様子で
「クロイツェルというと、司令であらせられますか!」
「まあ、そうだ。」
彼は姿勢を正し、
「閣下にこのようなことをさせてしまい申し訳ありませんであります。」
フラーゼは笑いつつ
「大丈夫だ。」
そのまま彼女は聞いてみた。
「君はこれが終わって休暇がとれたら何をするかね?」
「妻子に会いに行く予定です。帝都にいるので」
そうすると彼は写真を取り出した。
そこには母親とかわいらしい小さい子供がいた。
子供は三才くらいであろうか。
「次、四才になるのでそこまでには帰りたいと思っております。」
「そうか。頑張ってくれよ。」
彼女はそう言い残すと、ユキカゼをあとにし自分の部屋に歩いて戻った。
自分の部屋に入ると、静かにこういった。
「みんな、すまん。」
彼女は静かにただ涙を流すことしかできなかった。