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第七章 血のない戦い

 ―――フェンメル 六月二十五日

 フェンメルでは自治が約束され、中央銀行、官僚機構の存続も認められたため、通貨フレンの暴落は約三十二パーセント減少で停止した。

 自治が約束されたとはいえ実際は同盟正統高等弁務官事務所の支配下にあった。

 フェンメル占領によって両国のフェンメルの借款が消えたことによって、財務官僚は驚喜した。

 だが、彼らの喜びはすぐに消え失せるのだった。

 ―――北西同盟本部 ナンケイ

 六月二十八日、早朝ナンケイでは各地で混乱が広がっていた。

 電力供給がメンテナンス作業を名目に急激に減少、公共交通機関は一部が爆破され使用不能、同盟の主要な鉱山の四十二パーセントが安全上の理由によりストップ。

 ジャーナリズムがこれをあおり余計、事態が混乱の一途をたどっていた。

 さらに驚きの事態が進行しつつあった。

 ―――六月二十八日 午前九時十三分 北西同盟 財務委員会ビル 委員長室

「委員長、財務委員長、緊急事態が発生しました!」

 慌てた様子で財務委員長シグルド・ハインツに駆け寄ってきたのは理財局長、財務官だ。

「一体なんだ、大騒ぎをして」

 理財局長が早口で報告した。

「国債に猛烈な売りが入っています。フレン建て、自国通貨建て、正統フレン建て…すべてです。先物はストップ安、予想金利は十パーセント超。さらに同盟の主要格付け会社三社が同時に格下げを発表しました。」

 大臣は、昨日まで安定していた金利が突然、別世界の数字になっているグラフを見て唖然とした。

「一体どういうことか!」

 財務官が追い打ちをかけるように言う。

「通貨も同様に売り殺到、ストップ安。信用不安が急拡大中です。」

「インフラの混乱が同時に起きているとはいえ、ここまで急激に市場が崩れるのは…」

 理財局長が一瞬、言葉を切った。

「……偶然にしては、あまりにもタイミングが良すぎます。」

 室内に、重く湿った沈黙が落ちた。

 財務官が低い声で付け加える。

「主要鉱山の停止も、鉄道の操業停止も…どれも原因は『安全上の理由』とだけ。証拠も説明も、やけに曖昧です。」

 財務委員長は、背筋を冷たいものが這うのを感じた。

「誰かが…裏で糸を引いていると?」

「可能性は否定できません」

 理財局長の表情には、答えを知っているような色がほんの一瞬、よぎった。

 ―――六月二十八日 正統王国首都ベルン 経済産業省

 ここでもほぼ同じようなことが起きていた。

 各種インフラが安全上の理由で停止、空中港では爆破事件が立て続けに発生。

 ベルンでは突然、労働組合が労働条件の改善を訴え街中をうろうろし、荒しまくった。

 国債の利回りは急上昇、株価はストップ安、通貨もストップ安という状況だった。

 ―――経済産業省 大臣室にて

 資源エネルギー庁長官などが慌てて報告を開始し始めた。

「大臣、電力会社が安全上の理由で発電を停止しています。また鉱山会社ではシステム更新のため操業停止だそうです。」

 大臣は落ち着いた様子で頭を掻き、一言つぶやいた。

「最悪だな」

 絶望感が大臣室を食べた。

「内務省に連絡しろ、半強制的にでもいいから各種インフラの強制操業および、これを指令した社長なりなんなりを全員拘束、一時強制的に国有化する以外、手はない。法務省に手続きの正当化の検討を要請しろ。」

 官僚たちは勢いで

「はい!」

「急げよ!」

 ―――六月二十八日 正統王国首都 ベルンとある学生

「いってきまーす」

 ベルン大学経済学部のフジタ・ダイキは、いつもと変わらぬ朝を過ごすつもりだった。

 しかし最寄り駅は「安全上の理由」で閉鎖。

 徒歩で大学へ向かう途中、ヨーク大通りで足を止める。

 労働組合が、ヨーク大王像の前で行進している。

 そこは長年「絶対に騒がない」という暗黙の場所だった。

 三十メートル先に機動隊が整列し、衝突寸前の空気が漂う。

 道をそれた先、巨大なシオン銀行本店の前に人だかり。

「すいません、何が…」

「取り付けですよ。もう終わりだ。預金が下ろせない」

「なぜ…」

「国債も株も通貨も暴落だ。朝九時からだ」

 怒号が響き、銀行の扉が揺れた。

 フジタは胸の奥に冷たい塊を抱え、その場を離れた。

 ――もう、自分の金は戻らないだろう。

 ―――フェンメル とある一軒家

 カスパー・ファン・ヴィーリンヘンは机上の書類を閉じ、窓の外に視線をやった。

 秘書官が恐る恐る尋ねた。

「まるで…準備されていたようですね」

「芝居は起承転結がある。芝居を楽しまなくてはな。」

 秘書官は、自分が舞台の端で台詞を待つだけの役者にすぎないと悟った。

 それ以上の説明はなかった。

 ただ、その笑みだけが、全てを物語っていた。


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