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第五章 占領

 ―――フェンメル自治連合 首相宅

 秘書官の足音が大理石の床を静かに叩く。扉が開く音がして、奥の書斎に声が届いた。

「首相閣下」

「なんだ。世の中それほど急ぐことはない。」

「同盟、正統両軍合わせて約十個艦隊がフェンメルの回廊に侵攻、四日後に到着予定です。」

 葉巻を吐きながら落ち着いた様子で

「そうか。……とうとう来たか。では我々は隠居するとしよう。」

「はい。」

 万年筆を自分の胸ポケットにさして、

「ではーープラン2501を実行せよ。」

「はい。ただちに実行します。」

 秘書官はそのまま歩いた。

 首相官邸を出たあと、ラジオ局に向かった。


 ―ラジオ局局長室

 局長はやや驚きつつ、

「秘書官殿がなぜここに来られましたか?」

「はい。プラン2501を実行してください。」

 局長は落ち着いて。

「分かりました。」


 ―――この日の昼のラジオ放送

 今日の詩を発表します。


 太陽昇るところに

 影ありて

 光あるところに

 黒ありて


 四日後

 ―――六月二十三日、午後五時三十二分航空交通管制センター

 中は騒然としていた。

 各地で緊急電文とモールス信号が乱れ飛び、警告灯が赤く点滅し続ける中、オペレーターたちは怒鳴り声と無線ノイズの渦に揉まれていた。

「同盟軍所属の艦艇に告ぐ。こちらはフェンメル交通管制センター。直ちに停船せよ。繰り返す、直ちに停船せよ。」

「正統艦隊ただちに停船せよ。」

 各地で回線が混雑していた。

 センター長は額に汗をにじませながら、各席のオペレーターを見渡した。

「……一体、何がどういうことなんだ。どうして両軍が、同時に……?」

 副センター長がこの状況下に落ち着いた様子で

「……首相官邸からは何も言ってきません。」

「放送局とラジオ局に情報を送れ。警報をならすんだ。」

 ―――同日、午後六時十一分、フェンメル市内

「ねえ、ママあれ何?」

「どれどれ、あれはねぇ……」

 彼女が見たのは、下に向けられた砲塔と、それを備える軍艦だった。

「キャーー!」

「早とこ逃げるぞ」

 公共放送の放送が割り込む。

「正統、同盟の艦隊が接近中です、外出中の方はただちに安全な場所避難してください。」

 各地でパニックが生じ、公共交通機関は麻痺、民衆の叫び声によってパニックがさらに増幅され、狭い道では雑踏事件などが発生していたが警察もそれどころではなかった。

 落ち着いて行動できる人達ですら、この空気に大半が食べられ訳の分からぬままひたすら走った。

 ラジオ局では特番が組まれ情報を発信した。

「おい。この情報あってるのか?」

「知るか、今は全ての情報を垂れ流すのが仕事だ。ここが吹っ飛ばされても放送を続けるぞ。」

 北西同盟系のラジオでは

「ええ、本日、同盟、正統両艦隊は、フェンメル上空を占拠、先ほど落下傘部隊の投下が開始されたとの情報もあり、混乱を極めています」

 ―――正統艦隊総司令艦 ヨーク 

 総司令アンドレイ・ロズミスロフは、中年の背の高いロシア系の軍人であり、実践能力の高さに定評のある人物だった。

 彼は、この作戦中に、強い疑問を持っていた。

『フェンメルが……こんなにあっさり? これは……罠ではないのか?』

「罠かぁ?」

 横にいる副官が不思議そうに

「閣下、何かおっしゃいましたか?」

「いや、何もない。制空権は確保できたようだな。降下させろ、A目標、全空中港、首相官邸、警察本部、B目標、燃料貯蔵庫、フェンメル鉄道本社、C目標、セルコン工業地帯、同発電所だ。他は連合艦隊の管轄だが手こずってるようなら助けてやれ。」

「了解しました。第一次降下作戦開始、第三落下傘師団、降下開始」


 一方、帝国大使館では本国に対しこのように送った。

「第一級警報、同盟、正統の艦隊がフェンメルの軍事占領を企図している。規模は約四個艦隊。これより書類の焼却処理に入ります。」

 大使は

「早く燃やせ。早く持ってこんか。」

 大使とその職員たちは大急ぎで暖炉に書類を凄い勢いで燃やしにかかった。

「大使殿、避難を」

 帝国の一部外交官は逃亡、または潜伏を図るものもおり、こちらも混乱を極めていた。

 だが遅かった。すでに白い花が近づいていたのだから。


 同盟、正統の両艦隊が完全に制空権を確保した。

 そののち、フェンメルの上空から白いパラシュートが多数おりてきた。

 兵隊たちがフェンメル市内に次々と着地した。

 数時間後、帝国大使館、公共放送、ラジオ局、帝国大使館、各種公共交通機関の本部、フェンメル首相官邸などが占領された。

 ―――同盟連合艦隊司令長官乗艦 キリシマの艦内のある部屋にて

 明るいランプに照らされイスが三脚あり、大きな作戦卓があった。

 そのうえには自軍を示す赤い駒と正統の青の駒がフェンメルの地図の上におかれていた。その場所で、イスに座る老人と、立っている中年がいた。

「ここまではうまくいったようだな。」

 連合艦隊司令長官コリン・フェアチャイルド大将は、作戦卓を眺めながらそうつぶやいた。

 六十歳で背丈は小さいが、白髪は短く刈り揃えられ、鋼鉄のまなざしには覇気がある。

「はい、そうですな。問題は後のほうでしょうな。」

 ぼやくのは、同艦隊総参謀長コンラド・ヤロシェフスキ中将だ。

「まあ、よい。『夜明けの第二部の開幕』はどうなったかね?」

「ナンケイ中継なので情報に時差があるでしょうが、第四艦隊、第五艦隊は、リーメを除く全ての回廊に浮遊機雷を散布、帝国領に侵入したとのことです。」

「そうか。では、フェンメル完全占領のあと正統の艦隊総司令と会議を行う準備をしておいてくれ。」

「はい。」

 そう告げると総参謀長は何枚かの書類をもって部屋から出て行った。

 ―――フェンメル首相官邸 臨時統合司令部

 つい先日まで、フェンメル自治連合首相の南翼応接室だった場所に前まで想像もつかないような絵ができようとしていた。

 ここで歴史上はじめて、連合艦隊司令長官と正統艦隊総司令が握手を交わし同じテーブルに席をついた。

 テーブルの横の暖炉にはフェンメルの国章の燃えカスが残っており、わずかに白い部分が焼けずに残っていた。

「まさかこんなところで、連合艦隊司令長官とお会いできるとは一年前まで思いもよりませんでした。」

 正統軍、フェアチャイルド大将は落ち着いた様子で、

「このようなおもしろい時代に生まれたことを感謝すべきですかな。それはさておき、差し当たっての統治体制についてですが、我々はフェンメルの官僚体制を存続させたいと思っています。」

「間接統治が一番望ましいでしょうな、零からやるのと一からやるのとでは話が全く違います。」

 同盟軍、フェアチャイルド大将は、地図を出して説明した。

「四つある空中港を二つに分割したいと思います。同盟側に面する中央空中港、北空中港をこちらが接収します。残りの二つをそちらに。」

 ロズミスロフ大将はやや苦笑いしながら、

「それでしたら、フェンメル政府の資産の約七十パーセントを接収してよろしいですかな?」

 フェアチャイルド大将は落ち着いた様子で

「なぜでしょうか?理由をお聞かせ願いたい。」

「中央港があれば補給が潤沢。われわれは地理的に不利です。せめて食料は買いたい」

「……わかりました。交渉成立です」

 ロズミスロフ大将は再び口を開き、

「徴税権については折半、警察本部はこちらで再編成し治安の維持を、そちらは港湾局を押さえて船を管理していただけますかな?」

「待ってください。警察本部はこちらの管轄でよいでしょう。」

「ならばここは共同で再編成にしましょう。」

「分かりました。」

 ロズミスロフ大将は、やや気になった様子で、

「フェンメルの公安委員会はどうなりましたか?」

「……もぬけの殻です。何も残っていません。」

 やや残念そうに、

「そうですか、残念です。ですが、これでフェンメルの借款はなくなりました。財務大臣はご満悦でしょうな。」

「はい。ていのいい踏み倒しですな。」

 二人とも微笑した。

 ***

 ―――アウレリウス帝国 帝都ヴァルトブルク

 ウェリントン王朝の血統を受け継ぎ、世界最古の国家と称されるアウレリウス帝国。その帝都ヴァルトブルクは、大陸北部にそびえ立つ、荘厳なる古都である。

 帝都の街並みには、かつての神聖帝国を彷彿とさせるような石造建築と尖塔が並び、重厚な空気に満ちている。中央に構えるエンリヒ宮殿は、帝国の政治と軍事の中心であり、その周囲には各省庁が厳然と配置されている。

 中でも軍務省は、貴族制・官僚制・実力主義が複雑に絡み合う、帝国の中枢にして、最も火薬の匂いが濃い場所だった。

 ―――六月二十四日 午前三時十二分 軍務省 第一会議室にて

 軍務尚書ローター・フォン・ホーエンベルク元帥、貴族出身の軍人であり、威厳を湛えた老将で、人望厚く軍の象徴的存在でもあった。

 空中艦隊総司令、ヨハン・アルブレヒト大将、民間出身の軍人で、士官学校を主席で卒業、各地で空中賊討伐などでその有能さを証明し、四十二才で現在の地位についた。

 統合作戦司令長官、エルヴィン・フォン・ヨーゼフ大将、貴族出身であり、組織管理能力においては卓越した才能をもっていたが、冷たすぎる一面もあり、煙たがられる存在でもあった。

 この三者が一同に介した理由は言うまでもないだろう。

 灰色の石壁に囲まれたその部屋は、広さこそ乏しいが、空気には重々しい緊張感が満ちていた。天井は低く、頭上に吊られた真鍮製のシャンデリアが、蝋燭の代わりにくぐもった白熱灯を灯している。光は冷たく、壁に掛けられた帝国の双頭の鷲の紋章と軍旗を鈍く照らし出していた。

 丸いテーブルの上には、帝国領の地図があり、帝国、反乱軍、同盟の各艦隊が色に分けられておかれていた。

 丸いテーブルを囲むように三人がイスに座っていた。

 最初に口を開いたのは元帥だった。

「ヨーゼフ大将、なぜこれが分からなかったのかね?貴官ご自慢の第五庁は一体何をしていた?」

 アルブレヒト大将はそれを阻むように

「閣下、今終わったことを論じても状況はかわりません。フェンメルはすでに占領され、同盟と反乱軍が共闘。ベール、リーメ両方面から帝国領に侵攻しています。」

「まあ、それもそうだ。わが方は正面兵力だけでも十四対十……しかもベールには三個艦隊を貼り付けている。分が悪いぞ」

 ヨーゼフ大将は落ち着いた様子で白い紙を出して開いた。

 元帥はやや驚きつつ、

「これはなんだ?」

 ヨーゼフ大将は落ち着いた様子で

「数ヶ月前に策定した作戦計画です。反乱軍と同盟の共闘、フェンメルの喪失、同回廊の突破――これらをすべて想定に含めた、“天一号作戦”です。」

 アルブレヒト大将と元帥はすでに完成された作戦を見てやや唖然とした。

 その呆気にとらわれず彼は淡々と地図に指をさし、

「敵を帝国領の奥深くへ誘導し、兵站線を遮断、補給拠点を殲滅。疲弊したところを主力で包囲・撃滅します。」

 そして、冷静な口調で

「差し当たって、同盟軍の二個艦隊の撃滅が最優先課題かと思います。アルブレヒト大将、ただちに第四、第五、第八艦隊に迎撃の任を当ててください。元帥閣下は、諸作戦の許可と、各省庁の許可を取り付けてください。」

「了解しました。」

「分かった。」

 次にヨーゼフ大将はさらりと発言した。

「ベール要塞を放棄させましょう。」

 静寂が落ちる。

「な、なにを言う……! ベール要塞を、放棄だと……!?」

 元帥が怒りをもって大声を上げた。声が石壁に反響し、部屋の空気が震える。

「はい。もうすでにフェンメルを突破されたのですからベール要塞の戦略的価値はありません。確保しても意味はないでしょう。それに三個艦隊もベールに張り付けたところで遊兵を作るだけです。」

 アルブレヒトが言葉を選びつつ反論した。

「だが……ベールには八年の歳月と多くの血が注がれている。そう簡単には――」

 ヨーゼフ大将は冷淡に、

「でしたら、四百八十五年以上の伝統を持つ帝国が崩壊するでしょうな。」

 少しの沈黙の後

 アルブレヒト大将はしぶしぶ

「……分かった。命令を出そう。」


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