第十三章 崩壊
一連の軍事作戦によって大きく世界の秩序は揺れた。
同盟が提案した「夜明け」は、同盟艦隊約六個、正統艦隊約三個、帝国艦隊約一個の血、帝国の農村地帯の経済的混乱とフェンメル消滅というエサを食らった。
同盟は四艦隊、正統は六艦隊、帝国は十一艦隊という戦力比になり、そのうえ帝国には近衛艦隊が二個おり、帝国の軍事的覇権は圧倒的になった。
経済についても、同盟、正統は何らかの力が作用し、インフレが進行した。
政治状況については、正統では国防大臣、内務大臣の辞任が行われた。
だが、同盟ではとうとう起こってしまった。
―――九月十二日 午前一時十三分 北西同盟 ナンケイ
「北西同盟議会場が放火されました。」
「議場が火に包まれ、ワシントン像が溶けつつあります。」
「周辺では混乱が続いており………」
なんと、立法府の議会場が放火されたのだ。
―――同日 午前九時三十二分 同都市
最高評議会議長ジェットソン・グラッジは最高評議会議場から出てきた。
記者に囲まれながらやや興奮気味に何かを訴えるような口調で。
「諸君
これらは共和自由党の党員によって行われた。
尋問の結果共和自由党の党首の指示によって行われたことが判明した!
これは帝国の陰謀だ!
やつらは我々を分断させようとしているのだ。
だが、我々は団結しなくてはならない。
帝国の手先である、共和自由党の議員は全員逮捕する。」
グラッジは最高評議会議長の権限にある、緊急事態条項を使って、共和自由党議員及び閣僚を逮捕しようとした。
―――同日 外交委員長室
黒い警官約二十名とグラッジ率いる私兵部隊十五名が外交委員長室に押し入った。
リュウは机に座り、ただ腕を組んでいた。
黒い警察官一名が書類を読み上げた。
「チェン・リュウ外交委員長、あなたを国家反逆罪の疑いで一時拘禁させていただきます。」
リュウはうなずいて外交委員長室に掲げた、ワシントンの絵を見た。
極めて誇り高く、同盟の旗とともに独立を宣言し、自由と法的平等を唱えた瞬間の絵だ。
だが、屈強で無学なものの前にはその絵は単なる絵だった。
リュウはただうなずき
「わかった。」
そういうと、ジャケットを整えて、立ち上がった。
そして、手錠をかけられようとしたとき怒鳴った。
「自分で歩く!」
それはある意味、民主主義の抵抗でもあった。
一連の流れの中、閣僚の三名が逮捕、一名が自殺、二名が本土への逃亡、国会議員は約三十二パーセントが「同盟国民への裏切りと反逆的策動に対する議長令」により、予防拘禁が実施された。
この民主主義の破滅でしかない事態に同盟国民の半数の反応はまさにメディアと噂によって出来上がった駒でしかなかった。
―――九月二十三日 ユリの手記
私は今まで知らなかったが、リュウ外交委員長は帝国のスパイだったようだ。
これを聞いたのは朝の市場であったが、あれだけ帝国の批判を行っていたからはじめは噂だと思った。
だが、中京同盟ラジオで、リュウは帝国出身のスパイと聞いたときは、とてもびっくりした。
そのうえ、共和自由党は帝国から金をもらっていた反動主義者といろんなラジオで言っている。
しかも、共和自由党が小学校を襲撃する予定だったようだ。
私の子供を殺そうとした!
もう、許せない!
グラッジ議長は常に正しいことを言っている。
―――同日 中京同盟ラジオ
女性司会者は原稿を読んでやや違和感があった。
「リュウ元外交委員長は帝国のスパイだったことが判明しました。」
「共和自由党がギルン区立小学校を襲撃する用意があった。」
など、とても事実とは思えないような情報しかならんでいない。
昔、訳の分からん弱小新聞社がネタに困ってかいていた内容と大差がない。
しかも最近エスカレートしている。
みんなこんなことに疑問を抱かないのか?
だが、周りを見ると
「共和自由党は帝国のスパイだったとはなあ……」
「あいつは帝国出身だ。」
とか、各地でそのような雰囲気が作り出されていた。
『私だけがおかしいのかな?』
そう思って彼女も根も葉もない事実を事実とした。
理性ある人々は空気に抹殺され、報道が完全に死んだ。
―――九月二十三日午後八時二十四分 ナンケイ駐留中同盟第一艦隊本部
アストリア共和国出身で固められている同盟第一艦隊、同盟レベルでここまで融合の進んだ例はないが軍事では各国の連合という形が取られている。
本部の門にはアストリア伝統、金色フィールドに黒い鷲の国章が飾られている。
司令室で命令書を受け取った一人の男がいた。
「一体、どういうことだ?」
彼の名は、シグヴァルド・ルーネブランドだ。
彼が受け取ったのは、およそ正気とは思えない命令だった。
『アストリア共和国首相ジェトソン・グラッジ
エリュシオン共和国などには反同盟派がまだ多数おり、これを粉砕し、同盟の挙国一致体制を確立させなければならない。
よって、この命令を行う。
一 エリュシオン、リッペン、ノルトヘルムの政府施設の占拠
二 これらの中にいる反同盟派を拘禁するため警官隊を輸送すること
三 帝国のスパイである共和自由党の本部を破壊すること
困難を伴うが、完遂せよ。』
国の政府を同盟連合艦隊及び同盟警察が管理するだと?
そのうえ、政党を破壊しろ?
狂ってる。
スヴォーロフ大将やフェアチャイルド大将はこんな同盟のために死んだんじゃない。
議論、活気、そして自由の同盟を守るために死んだ。
もはやこの同盟は死んでいる。
突然、副官が部屋に入ってきた。
「閣下、参謀本部のヴァルグリヒト大佐がお越しになりました。面会の申し出です。」
「分かった。通せ。」
そういうと副官が出て行き、ヴァルグリヒト大佐を連れてきた。
陸軍の制服を身にまとい、襟には星が三つついている。
まだ、二十代のように見える、いわゆるエリートだ。
容貌は軍人というよりは英気あふれる経営者のような感じだ。
「ルーネブラント大将閣下、申し訳ない、こんな時間に。」
「まあ、そういわずイスにでも座ってください。」
ヴァルグリヒト大佐がイスに座った。
「それで、陸さんが何の用事で?」
「最近、物騒な時代になりましたな。」
「そうですな。」
すると、ドアをノックする音が聞こえ副官が声をかけた。
「コーヒーをお持ちしました。お邪魔してもよろしいでしょうか?」
「うん。持ってきてくれ。」
そういうと。副官はコーヒーを持ってきた。
ルーメル産の一般的なコーヒーだ。
二人がコーヒーをすすりながら会話を進めた。
最初に口を開いたのはヴァルグリヒト大佐だった。
「このごろ、グラッジ最高評議会議長閣下より命令が飛んでおります。」
「そうですな。」
妙な緊張感が走った。
「航空軍と陸軍は今まであまり関係がよくありませんでしたが、グラッジ最高評議会議長を誰かが止めなければ同盟は帝国に食われます。」
ルーネブラント大将は沈黙した。
「陸はやる予定です。ぜひ閣下にも決起してもらいたい。民主主義を守るために。」
「航空軍で誰か参加するものは決まっているのか?」
「すでに同盟第三艦隊が決起する予定です。」
ルーネブラント大将は数秒間をおいて答えた。
「決起はできんが、成功したら協力する。」
「分かりました。ありがとうございます。」
そういうとヴァルグリヒト大佐は部屋を出て行った。
ルーネブラント大将は一人で日記を書いた。
『民主主義という制度を利用し独裁体制が生まれつつある。
それを阻止するため、民主主義を守るために今度はクーデターを起こすしかないとは、
皮肉か。
それとも情報局の危険分子取締か、まあいい、これなら注意されるくらいですむだろうて。』
―――九月二十八日 軍務省統合司令長官室
「閣下、プラン2501の第二幕は成功しました。ですが、同盟内のカウンタークーデターが計画されており混乱が収拾される可能性があります。」
ヨーゼフ大将は報告を聞きながら、うなずき
「成功ではないが、目的は達成された。」
副官は、淡々と報告した。
「作戦立案についてですが、リーメ方面と、封鎖された回廊三つより進出し、一気に各個撃破を行います、使用艦隊は、旧ベール方面艦隊、第五第六艦隊の五個艦隊、陸軍五個軍団、補給船団は約五百隻を手配する予定です。」
「そうか。作戦開始時期はこちらから伝える。外務大臣には正統に対して同盟に割くエネルギーを当ててフェンメル返還かベール返還のどちらかをとりつけるように、要請しろ。」
「了解しました。」
副官が部屋から退室した。
何もない廊下をただ歩きながら考えた。
ヨーゼフ大将閣下は間違いなく優秀な方だ。
だが、第五庁を使った粛清は、過去を抹殺できても未来をつくることはできない。
いくら謀略をつくして世界を統一しても内部崩壊してしまえば変わらないのではないか?
その点を分かったうえでやっているのか。
であれば、ヨーゼフ大将閣下の最終目標は何なのだろうか?
そもそも私ごときが分からないのかもしれない。
九月三十日、北西同盟では一つの時代を終わらせる象徴的出来事が起こった。
『帝国のスパイ』をのぞいた同盟議会で緊急立法の名のもと、全権委任法が施行された。
これは立法権、行政権、司法権が最高評議会議長にゆだねられたことを意味した。
これは三権分立に反するという声もあったが、政府は憲法に一つの人格が三つの権限を占めてはならない、と明文化されてないことを理由に正当化した。
民主主義が今、完全に独裁へと姿を変えた。
この最悪の事態に対し反対する国があったが警察部隊によって沈黙を余儀なくされる事例が相次いだ。
そんな中、ノルトヘルム共和国副首相が、拘束された首相の代わりにある重要なことを発表した。
―――十月三日午前十二時 ノルトヘルム共和国 首相官邸
現在メイキ・ヨウ副首相がチェン・リュウの代わりにノルトヘルムを率いていた。
そして彼は首相官邸にて記者会見を行った。
メイキ・ヨウはチェン・リュウに似た理想と現実を持っており、彼は理想を選んだ。
現実があまりにも過酷だから。
一般的に首相官邸でも同盟旗を掲げるが今回は外させた。
多数の記者が詰め寄り、ラジオ局も無数に駆けつけた。
―――メイキ・ヨウ演説
同盟市民のみなさん、ノルトヘルムのみなさん、私はこの場で極めて残念な発表を行わなければなりません。
我がノルトヘルム共和国は本日をもって同盟憲法第十八条をもって、北西同盟からの脱退を宣言します。
我々は、自由・平等・議論の精神を掲げ、連邦会議以来の民主主義を守るためにこの同盟に参加してきました。
しかし今、同盟はその理念を自らの手で踏みにじり、議会を焼き、言論を封じ、法を歪め、権力を一人に集中させました。
これはもはや、民主主義ではありません。
我々は、帝国の圧政に抗うために団結したはずでした。
だが今、同盟は帝国と何が違うのでしょうか?
私たちは選びます。
民主主義を捨てて生き延びるよりも、民主主義を守って死ぬ道を。
ノルトヘルム共和国は、自由を守るために同盟を離れます。
これは裏切りではありません。
これは、かつての同盟が掲げた理想への忠誠です。
同盟市民の皆様。どうか目を覚ましてください。
空を覆う旗が何色であろうと、そこに自由がなければ、それはただの布です。
我々は、自由のために立ち上がります。
そして、誰よりも自由を信じる者として、ここに宣言します。
ノルトヘルム共和国は、独立国家として再び歩み始めます。
この演説は一部の理性的の記者や司会者の心を打ち、空気から食べらていたが、そこから再び出てきた。
そして一部のラジオ局で理性的批判が行われた。
―――新売ラジオ局
我々はいささか情報をうのみにしすぎ、無批判ではなかったのでしょうか?
などであるが、次の日『安全上の理由』により次々と閉鎖されるに至った。
だが、ノルトヘルム共和国の壊した堤防はとどまることを知らず、最終的に四つの共和国が独立を宣言した。