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第12話 狂信者に翻弄されし者

 ―――同盟第四艦隊 旗艦ボルドー

 スヴォーロフ大将は苦悩していた。

 文民統制は、軍人の暴走を止める制度だし、彼もその点は重々承知していた。

 だが、文民が暴走するという事態をまったく想定していないという制度的欠陥を認めざるを得なかった。

 文民の最高評議会議長ジェットソン・グラッジからの直接の激励が来た。

 内容は以下のようなものだった。

『民主主義という文明を野蛮な帝国にその偉大さを知らしめ、帝国市民を解放するのだ。

 これは神より与えられし崇高な使命だ。

 撤退はありえない。』

 それとセットに命令文も飛んできた。

 スヴォーロフ大将は遠征艦隊のうちもはや半数以上が壊滅した事実をもってしても民意が変わらないという事実になかば驚愕した。

 彼は歴史の流れで自分は悪役を演じることになるのを自覚したが、致し方ないと諦め命令した。

「全艦、ジェメルに転進せよ。」

 彼はジェメル方面で補給を受け、敵の急速な前進の隙をつこうと思ったが、とてもそれがのぞめないことも重々承知していた。

 そもそも帝国領の回復による兵力の分散はあまり見込めない。

 アルブレヒト大将といった名将がこのような罠に引っかかるとも思えない。

 三個艦隊を七個艦隊で包囲している時点で、戦略と戦術を見分けていることは明らかだ。

 だがそれでもやらなければならなかった。

 彼の命令を受けた艦隊はまるで死にに行くような重みをもって針路をとった。

 ―――帝国艦隊総旗艦 ミカサ

「閣下、反乱艦隊は撤退、同盟艦隊は艦隊をジェメルに集結させつつあります。」

 副官がそう報告すると彼は

「彼らに集結させるだけの戦力が残っていたのか、すでに五個艦隊が壊滅したのに、まあいい、墓場としてはいいじゃないかね。全艦隊を集結させろ。」

 ―――八月八日 ジェメル方面

 ジェメル方面には大小さまざまな浮遊島が存在し、その地理的要因から燃料補給港として発達してきてた歴史をもっており、主要航路の結節点として重要な役割を演じている。

 ここに同盟連合艦隊は残存艦隊など合わせて四個艦隊であった。

 また、集結に伴う補給の悪化は深刻であり、艦隊同士の輸送船の取り合いが発生していた。

「閣下、幸い艦隊の集結はできましたが輸送船不足が深刻です。」

 副官が各艦隊から上がる報告書を見ながらそういうと、

「この際、軍艦よりも補給艦の方がありがたいな。軍隊というのは古来より敵と戦うよりも補給と戦ってきた。補給を制するものが戦場を制する、この原則は空中暦にもなっても変わらんということか。」

「対策はどうしますか?」

「確かもう小麦が取れるはずだ。このあたりの島から帝国フランで食料を買い付けろ。いいか、同盟フランを使うな、絶対、帝国フランだ。」

 副官がやや疑問を含んだ声で

「なぜでしょうか?同盟フランを使って小麦を拠出させても、我々はもうしばらくこの一帯を支配することはできないでしょうに。」

「いや、もし帝国と同盟が和平するにしても、帝国市民の世論はすでに反同盟だろうがこれ以上悪化させるわけにもいかん。帝国フランで払えよ。」

「分かりました。」

 これはスヴォーロフ大将による政治的判断というよりは、帝国市民に対する温情だと言われる。

 スヴォーロフ大将はもともと貧しい農家出身で、育てた農作物をよく買いたたかれていたことがこの行動の要因なのではないか?、副官は回顧録でそう書いていた。

 ―――八月十三日 午前九時十二分 同盟第四艦隊 旗艦ボルドー作戦室

 同盟第四艦隊はエリュシオン共和国艦隊の流れをくむ艦隊であり、伝統的にエリュシオン共和国出身の軍人が指揮を執ることが多かった。

 そのため作戦室にはバラの国章が飾られており、スヴォーロフ大将はそこで作戦立案を行っていた。

 そこに伝令兵が走ってきた。

「帝国艦隊発見、PYU23地点で北に向かい、そのままリーメ方面を目指しているものと思われます。」

「分かった。ご苦労。」

「帰ります。」

 伝令兵が一礼してその場を去った。

 参謀長がただ何も言わず地図を眺めていた。

 スヴォーロフ大将は落ち着いた様子で

「一般航海路から随分離れたところだな。まあ帝国の庭でやっておるのだから致し方無いか、どう思う参謀長。」

「はい、帝国艦隊がこのままリーメ方面にいって逆侵攻する可能性は、兵站の関係上考えにくいかと。」

「やはり、陽動だと思うか?」

「はい、ですが我々にしてもリーメ方面で退路を断たれたら兵站線を失い窮地に陥ります。ここは陽動だったとしても乗るしかないかと。」

 スヴォーロフ大将は髪をかきながら、

「我々は同盟のためになることはエリュシオンのためになると思って今まで軍人として誇りをもっていた。だが、最近分からなくなってきた。」

「仕方ないでしょう。神風を信じるしかありません。我々は最大の努力をする以外道はないのですから。」

「そうだな。」

 そう言いながらスヴォーロフ大将は艦橋に立ち命令した。

「全艦、発進せよ。」

 各地で発進する際の音が聞こえる。

「微速前進。上下角プラス三度。」

「二型航行隊形を組め。」

 彼らは今から死地に向かうのだった。

 分かっていながら。

 ―――午前十時二十三分 同盟第二艦隊 旗艦ダンケルク

 第二艦隊司令、ドゴール中将は長らく機動戦を唱えていた革新的軍人として知られていた。

 彼は、ノルトヘルム共和国出身の軍人であり、連邦会議主催者ワシントンの作った国のものであることを誇りとしていた。

 通信員が唖然としつつも報告を読み上げた。

「閣下、第四艦隊より入電、第二艦隊はリーメ方面に撤退せよ、とのことです。」

「マルセイユにつなげ。」

 通信員がダイヤルをあわせた。

「スヴォーロフ大将閣下、この命令はどういうことですか!」

『そのままだよ。奮戦むなしく撤退した。そうすればいい。』

 スヴォーロフ大将の声は何か覚悟を決めたような声だった。

「閣下、我が艦隊もお供いたします。」

『貴官らの艦隊は帝国の逆侵攻に備える重大な戦力だ。なんとしても同盟を、わが祖国を守ってくれ。』

「ですが……」

『これはね、老人だけのピクニックでね。』

「………分かりました。」

『では、達者でな。』

 ドゴール中将は大声で号令かけた。

「全艦隊乗組員、姿勢正せ。」

 彼が号令をかけると乗組員たちは各々の作業を終えるとその場で姿勢を正した。

「第四艦隊に対し、かしらー右。」

 全員が一斉に敬礼をした。 そして新たな指令を下した。

「第四艦隊以外はリーメ方面に転進する、我に続け。」

 次々、鯨たちが二つのグループに分かれた。

 一つは生きるために

 一つは死ぬために

「閣下、第十艦隊より通信です。」

 通信員が報告した。

「つなげ。」

 第十艦隊ナビール中将は何かに追われてるかのように

『ドゴール中将、リーメに撤退するのか?なぜ第四艦隊は無駄死にさせる。スヴォーロフ大将もご一緒させるべきであろう。」

 そういうとドゴール中将はやや残念そうに

「戦ってこい、と命令された。第四艦隊が壊滅したら指揮系統不明で撤退の口実ができる、だからだそうだ。」

『政府のくっそったれどもに遠慮することはない。いざとなったらぶちのめしてやればいい。だから第四艦隊を………』

「スヴォーロフ大将は、制度を守るために死ぬんだ!」

『…………そうか。』

 通信が切れた。

 ―――帝国艦隊総旗艦 ミカサ

 アルブレヒト大将は紅茶を飲みながら、約六個艦隊を率いて同盟艦隊を誘い出した。

 総参謀長が報告した。

「閣下、こちらには一個艦隊が、残りの三個艦隊はリーメ方面に撤退する模様です。」

 紅茶をすすりながら、

「そうか、だが一個艦隊対六個艦隊では芸がないな。まあいい、仕事は変わらん。」

「敵艦隊接近、距離五千、十八ノットで前方より進出、俯角上下角マイナス四度、」

 アルブレヒト大将はやや驚いた表情で

「これほど見事な艦隊運動をしているのは初めてみた。優秀な提督らしい。」

 紅茶をデスクに置き、

「では、美しい曲を奏でようではないか!全艦隊、砲雷撃戦用意砲門ひらけ。」

「距離千五百。」

「砲撃開始」

「うちーかたーはじめ」

 一斉に砲門が轟音とともに火を噴き、同盟艦隊は次々爆発したがアルブレヒト大将はやや疑問に思った。

「なぜ前がずっと曇っているのか?そうか、これはデコイか!なかなか楽しませてくれる。」

 参謀長もやや疑問の目で戦場を見た。

 すると小型の艦艇が次々猛スピードで帝国艦隊に接近した。

 そして煙の向こう側から砲撃が飛んで帝国艦隊に混乱を与えた。

 同盟艦隊は一気に接近戦を仕掛けた。

 だが、この兵力差はどうしようもなく同盟艦隊も光と轟音によって消えおおせた。


 同盟第四艦隊死傷者 一万四千二百三十八名

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