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第十章 ガダルカナル島

 七月三十日帝国五個艦隊はガダルカナル島にせまりつつあった。

 ―――十一時三十二分 正統艦隊 偵察艦L20

 L20は、スコールの白い幕をかき分けながら低空を進んでいた。


「おい、あれなんだ?」

 若い偵察員がやや疑問をもって言うと、

「どれどれ、あれは……」

 年配の偵察員が覗き込む。雲の切れ間、その奥に黒い点がいくつも浮かんでいる。

 彼は艦長に、

「……艦長、もう少し高度を上げてくれ。何かいる。」

「このまま上がると港に戻りにくくなりますよ。」

「かまわん。」

 艦長はやれやれといった感じで指示し、艦を上げさせた。

 艦が軋みを上げながら上昇する。エンジンの唸りが一段と高くなり、乗員の耳を圧迫する。気圧の変化で鼓膜がきしみ、口を開けて唾を飲み込む者もいた。

 徐々に上がっていくと老偵察員の目がそれらを認識しつつあった。

「敵だ。大艦隊だぞ。」

 艦長がやれやれといった顔でいった。

「そんなことありませんよ、すでに敵艦隊は発見されてるんですよ。」

 老偵察員はむっとした顔で

「じゃあ見てみろ。」

 といい、設置型双眼鏡を除くと、明らかに軍艦の形をしたものが大量にいた。

「そんな…馬鹿な。」

 艦長が呆気にとられていたが、老偵察員が落ち着いた様子で

「何をボーとしてはるんや。早く報告しなはれ。」

 艦長ははっとして通信員に叫んだ。

「L20より報告、座標ESD37にて敵艦隊発見。針路西――ガダルカナル島へ向かう!」

 ―――十一時四十二分 ガダルカナル島 正統同盟統合司令部 情報室

 通信機械の低い唸りと、紙を引き裂くような電信音。

 並んだ長机の前で、情報員たちは淡々と受信を書き写していた。

 一人が立ち上がり、何事もなかったかのように報告書を差し出す。

「大佐、L20より緊急情報です。」

 情報室長カリン大佐は書面を一瞥。

「……今ごろ、新しい敵艦隊?」

 副室長が鼻で笑う。

「鳥の群れでも見たんでしょう。スコールの中ですよ、精度なんて。」

「だな。この情報はレベルCだ。」

 紙は無造作に「C」と記された箱へ落とされた。

 箱の中には、ほこりをかぶった紙束が幾重にも積まれている。

 大半は、誰も再び目を通すことのない報告だ。

 ―――十二時五十七分 帝国艦隊総旗艦 ミカサ

 スコールの中を帝国艦隊は急速に進みガダルカナル島に進出しつつあった。

 艦がゆれ、濡れた制服が容赦なく空兵を苦しめた。

 その中、艦橋でアルブレヒト大将は作戦卓を眺めながら報告を待っていた。

 偵察艦からの報告が届いた。

「ガダルカナル島に敵二個艦隊が湾内にて待機中。」

 アルブレヒト大将は内心、喜んだ。

 空賊本拠地を強襲する際、スコールの中で艦隊を進軍させ一気に上からたたくという戦法を使った。

 まさか役に立つとは思わなかった。

 彼はそう思いつつ、命令した。

「全艦、ガダルカナル島に向け全速前進。雷撃艇出撃準備、第一第二巡洋艦戦隊、同駆逐戦隊は先にガダルカナル島駐留中の艦隊に対し雷撃、砲撃を開始せよ。指揮は、タナカ少将に一任する。」

 彼の命令が全艦にいきわたると、次々大きな鉄鯨どもが次々速力を上げて儀式を始めた。

 ―――十三時十九分 帝国前衛艦隊旗艦 ジンツウ

 スコールの中を帝国艦隊は急速に進み、ガダルカナル島に進出しつつあった。

 艦がゆれ、濡れた甲板に足を取られた空兵が滑り、手のひらを鉄板に打ちつける。

 制服は水を吸い、冷たく重くのしかかる。

 雷撃艇が出撃準備に入ると、燃料の匂いと火薬の甘い刺激臭が艦内に漂い始めた。

 空兵たちはそれを嗅ぎながら、戦闘前の独特な緊張感に喉が渇くのを感じていた。

 そこに報告が届いた。

「アキヅキより入電、敵艦隊に変化なし、突撃可能。」

 それを聞いたタナカ少将は意気揚々と命令した。

「全艦、攻撃開始、湾内に停泊中の艦隊を潰せ。」

 獣たちは俯角三十二度でつっこみエサに食らいついた。

 ―――同時刻 ガダルカナル島 正統 同盟統合司令部

「敵艦隊来襲、敵艦隊来襲、対空戦闘用意。」

 スピーカから焦りに満ちた声で情報が流れてきた。

 空兵たちは走って自分の艦に乗り込み、飛行石に火を入れようとした。

 そこに容赦なく空中雷の雨が降り、次々と行動不能に陥った。

 同盟空兵では、三十二式歩兵銃を空に向けてうつものが続出した。

 一等兵アルドリッチもその中の一人だった。

 次々上から迫ってくる灰色の物体に対し訳も分からず撃った。

 彼には意味があるのかどうか考える余裕すらなかった。

 ただ、本能的に撃っていた。

 そして、死んだ。

 そのような中、ロズミスロフ大将はその中を自艦に戻ろうと副官とともに走った。

「悪夢を見ている気分だ。」

 ロズミスロフ大将はやや弱気を含んだ声であった。

 副官は沈黙を守りつつ走った。

「陛下より預かりし艦隊がこのざまでは申し訳が立たんな。」

 そういいつつ旗艦ヨークが見えてきた。

 総旗艦ヨークは、ヨーク大王の名前を由来とした、指揮能力の大幅向上を目的として建造された戦艦だ。

 まさに正統王国の精神を形にしたような美しく誇り高き艦であった。

 ロズミスロフ大将は同艦の艦橋に乗り込むと火薬と油の混じった戦闘中の独特なにおいがした。

 彼は早速指示をした。

「生き残っている艦はFDE34空域に退避せよ。同盟連合艦隊も同様に行動せよ。」

 ―――同時刻 同盟正統統合司令部情報室

「いったいどういうことだ!」

 室長カリン大佐が焦りをもって上を見上げた。

 すると上には灰色の艦隊が我が物顔で蹂躙していた。

 副室長も驚きつつつぶやいた。

「そんな報告を受け取らんが、どういうことだ。」

 通信員が二人の上司に何も起きていないかのように質問をした。

「通信機械を破壊すべきでしょうか?」

 次の瞬間、空中雷が飛んできて情報室を飲み込んだ。

 ―――十三時三十二分 帝国艦隊総旗艦 ミカサ

 ミカサ艦橋に戻ったアルブレヒト大将は、島を包囲し終えたとの報告に微笑む。

「各艦、砲撃と補給物資破壊を開始せよ」

 直後、ヨーク総旗艦からの通信が割り込む。四十隻の増援艦隊が来襲中、そして退避行動をとろうとしたがアルブレヒト大将はやや笑みを浮かべ

「針路このまま!」

 副官が制止を試みる。

「閣下、敵旗艦と真正面からは…」

 大将は瞳を輝かせ、静かに言い切った。

「旗艦同士の一騎打ちこそ戦の極みだ」

 スコールの中、砲門が火を噴いた。轟音に混じる雨滴と火薬の匂いが、彼の魂を震わせる。

 二百メートル――距離ゼロ。

 衝突の轟音とともに、ミカサはそのままガダルカナル島へ突き進んだ。ヨークにはやることがあったがミカサにはあまりやることがなかった。

 なぜなら、もはやガダルカナル島の大半が焦土と化し、浮遊島として崩壊しつつあった。

 ―――十四時三十二分

 ガダルカナル島崩壊。

 正統同盟軍死者 五万二千四百二十一名。

 帝国艦隊死者 九百三十二名

 彼らには語る口もなくただ死の国と化した地上にうずもれるだけだ。

 帝国軍通信『水は裂け、道は開かれたり。我らは海を渡れり』


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