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第二話 星の居場所

 フェミは祖父の鉱物標本をひっくりかえしていた。長年積み重なった資料は膨大でフェミ自身頭がくらくらしていた。

だが、あの光には心当たりがある。あのゆらめく光。祖父も鉱物標本の中で一番の扱いをしていた。幼き日祖父に見せられ虜になった記憶がある。だが祖父は何度言っても一度しか見せてくれなかった。この事態を予測していたのだろうか・・・。祖父の集めたものをひっくり返して何時間もかけて探す。いつの間にか夕餉の時間だと西日が教えていた。

「あら。こんな時間。豆のスープでも作りましょ」

質素な服の裾をはたいて台所へ向かった時また扉から音がした。それもマドゥの声付きである。嫌なようなそうでないようなあいまいな気持ちで扉を開ける。

「またいらしたのですか? まだ星の石のありかはわかりませんよ」

ぴしゃりというが効果はない。

「つれないなぁ。愛しの君。今日は一緒に過ごそうと来ただけだよ」

「愛しの君なんて呼ばないでください!」

「じゃ、お嬢ちゃんがいいか?」

うっ、とつまるフェミである。

「あるのは豆のスープだけですよ」

扉口で立って一向に去らない様子のマドゥに観念してそう告げる。王家のものだ。豆のスープなんて飲まないだろう。

ところがマドゥは逆に態度が向上した。

「コカ殿の豆のスープか? ぜひとも飲みたい。懐かしいなぁ」

まるで子供がはしゃいでいるようでフェミも追い返しづらくなって扉を開ける。

「私の手が加わってますからその通りではないですよ」

「それでもいい。コカ殿直伝フェミのスープも飲んでみたい」

ずかずかはいってくるとあっという間に食卓に陣取る。

ほんと。子供みたい。

目をきらきらさせて待っている様子は戦で名をはせているような男には見えなかった。

くすり、と笑ってフェミは豆のスープといくつかの料理をだした。

「お口に合うかはわかりませんが・・・」

と言ってるうちに皿から食料がなくなりそうでフェミもあわてて取り皿に自分の分を確保する。一日探していたからおなかはぺこぺこだ。マドゥに負けまいとフェミも争奪戦に参加する。たった二人だが・・・。

「あ。すまない。つい夢中になって。宮殿ではあまりおいしいものはでなくてな」

おいしくない??

フェミの頭の中ではてなマークが飛び交う。

あんなに贅沢な生活なのに?

「狼の宮は男どもが用意するから不味いんだよ。市民の家庭料理の方がよっぽど美味しい」

そう言ってばくばく食べる。豆のスープはあっという間にマドゥに飲み干された。自分が食べた量の倍はマドゥに取られた。フェミは喜ぶべきか悲しむべきか一瞬悩んでしまった。

「ごちそう様。お嬢ちゃんは料理も得意なんだな」

「薬を作る要領で作りますから。料理も薬も同じです」

そうなのか、と荒れた部屋を見渡す。

「何か探し物をしてたのか?」

目ざとい。あまり知られたくはないがこれも仕事のうちかもしれない。

「祖父が昔鉱物標本にある星の石を見せてくれたと思って・・・。もちろん同じものかはわかりません。ただ二つの星の石に酷似していたのを覚えています」

冷静に言うとマドゥは口笛を鳴らした。

「いい事を聞いたな。俺でよかったら手伝うぞ」

「マドゥ様の手を煩わせることではありません」

「しかし・・・。あれだけ派手にひっくり返して見つからないとなればもっと探し回らなくてはならないぞ」

マドゥの言うとおりだ。一人でするより二人でした方が早い。しかもマドゥは星の石の所有する家系だ。感触も覚えているだろう。

「ではもう遅いですから明朝にでも・・・」

「確かにな。夜遅くまで男を入れておくものじゃないからな。賢明な意見だ。俺はこの食事のお礼に捜索となにか星の宮でお菓子でもくすねてくる。エムシェレがしょっちゅう食べているからな」

「くすねるなんて・・・」

フェミがしぶるとマドゥは安心させるように言う。

「正妃付きの女官が料理上手でな。彼女からお菓子をもらうだけだから安心するといい」

それだけ言うとまたいきなり来たようにいきなり帰って行った。

「嵐のような人ね・・・」

ひとりごちて荒れてしまった部屋をなんとかもとに近い状態にすべく作業に移った。

翌日陽が昇って数刻したころ我が家同然とばかりにマドゥが入ってきた。

「約束の菓子と人員が来たぞー」

甘い匂いのする焼き菓子を呆れてものも言えない状態のフェミに手渡した。

「シュリンの手作りだ。うまいぞ。探し物も手伝う・・・なにぶーたれてるんだ?」

「呆れているだけです! 人の家にずかずかと入り込んで・・・」

「だったら鍵かけとけよ」

当たり前だが病人が運ばれてくることもあるのでフェミは一応鍵をかけないことにしている。昼間は。そんな事情も知らないだろう。能天気にやってきた皇子様は。

「少しでも食べてやってくれ。鍵は病人のためだろう? コカ殿が昔そういっていた。俺も口が悪かった。機嫌を直してはくれないか?」

珍しく下手にでたマドゥをフェミは不思議な目で見る。どこまでが本気でどこまでが本気でないかわからない。これでは惚れた女性は混乱するだろう。女好きというか女たらしという方が正しいのかとフェミは思う。

「おい。何ぼーっとしてるんだ。食べるか探すかどっちかしろ」

やっぱりいけすかない男。怒りが出そうになるのを焼き菓子でおさめる。香ばしい焼き菓子独特の味がフェミの心を溶かしていく。

「おいしい」

ふと感想が漏れる。

「シュリンは嫁ぎ先で毎日食事を作ってるからな。毎日市で買い物するぐらいだ」

明るく話す様子でシュリンとはどんな人物だろうかとふと思う。その顔を読み取ったのか付け足す。

「右大臣家へ嫁いだ女官だ。恐ろしく住人がすくなくて自分で作るほうが早いと作ってるらしい」

「あら。珍しい」

ついそんな言葉が出る。女主人となれば指図するだけだと思っていた。マドゥの周りには

変わった人間が山ほどいるのかと思ってしまった。あの国王の威厳からは想像もつかないが。

「義兄貴もここ数年で星降りが多発して神経質になってるがもともと平和を好む。好戦的なジェトと俺とでは大きく違う。正妃も義兄貴に似て優しいしな。あれでいろんな事件を乗り越えてきたとは想像つかん」

「いろんな事件?」

間合いを含んだ言葉にフェミも反応する。

「当時皇太子だった義兄貴と正妃候補ミズキの殺害未遂意事件が起こってな。それは宮殿内は大変だった。太政大臣もつかまるし」

その未遂という言葉を聞いてフェミの顔が真っ青になった。あれは・・・あれは・・・。思考が停止する。顔色を変えたのはそんな物騒な話を聞いたからと勘違いしたマドゥはフェミをそっと抱き寄せる。

「大丈夫だ。あれから殺害事件は起こっていない。安心しろ。この国は安泰だ」

背中をとんとんと慰めるように叩く。

「マドゥ様。私は・・・」

「いい。何も言わなくても。こんな話するんじゃなかったな。お菓子を食べて探し物をしよう」

そう言って自分も菓子を手に取って口に放り込む。

「さすがシュリン。エムシェレも虫歯だらけになるな」

また大食いを発揮してフェミのための菓子はほぼマドゥのおなかに収まった。

フェミも毎度のことなんだと理解していかるのも呆れるのもやめた。

こういう人なんだと素直に受け止めた。別に被害を受けたわけではないから。

「おとなしいな。もっときゃんきゃんかみつくタイプだと思ったが」

「そのほうがよろしいならそうさせていただきますが・・・?」

速攻で否定が入った。

「普通にしてるフェミのほうがいい。素直なのが一番だからな」

さて、と言って昨日から収拾のつかない状態になっている鉱物標本たちに向かった。

何刻たっただろうか。フェミは鉱物標本にまぎれるように入っていた祖父の覚書を見つけた。

何気にぱらぱらめくる。ページは古めかしく書いてある言葉も古代語だ。

祖父から教わったフェミは読めるがマドゥは読めるかどうかわからない。

「マドゥ様。祖父の覚書がここに・・・」

そう話しかけた瞬間マドゥが声を上げた。

「見つけた!!」

「え?!」

マドゥの指で押さえられている標本の下に星の石と書かれた文字を読み取った。マドゥの指をよけてフェミは鉱物をじっと見つめる。ゆらめく光。まるで星のようにちかちかと光る石。もう何十年もたつのにフェミの見たあの石と間違いなかった。

「見つかった。これです。これが一度しか見せてもらえなかった星の石の標本です!」

幼き日の記憶がよみがえる。この星が指し示すように幸せになりなさいと言われていたことを思い出す。

二人で顔を見合わせるとマドゥはまたフェミを抱き寄せた。

「愛しい君。ようやくたどり着いた。長い時間をかけさせて悪かった」

「マドゥ様。口説いている場合じゃありません。この石がどこでとれたかというのが問題です」

無理やり腕の中から抜け出してマドゥはちぇっとすねる。だがすぐに真剣なまなざしになる。

「標本には・・・これは・・・コレヘト山と書いてるのか?」

「マドゥ様は古代語が読めるのですか?」

「ああ。コカ殿に教えてもらった。時々探し物に役立つ」

そうですかと納得して覚書の本を見る。

「コヘレトの記述はあるのかしら?」

今度は少し丁寧にページをめくっていく。

「コヘレト・・・コヘレト・・・」

ぶつぶつ言ってページをめくる。マドゥも真剣に見ている。

一ページ途中で破かれているページを見つけた。残っているページにコヘレトの文字がかろうじて残っていた。

「これだわ!! マドゥ様」

コヘレトの文字を指示してフェミが興奮気味に言う。

「ああ。これは・・・。コヘレトの麓に星産む華ありき・・・。欠片は星となって流れていく。残った欠片を持ち帰る・・・。星が落ちた後の石を星の石と言う・・・」

「星を産む華・・・?」

不思議そうにフェミがつぶやく。

「星ってあのお空にあるのが星じゃないの?」

「違うんだ。王家に伝わる伝承は。星は世界を流れ、流れにつかまって落ちたものを転移者と呼ぶ。星はいろんな世界の流れに乗って流れる。そのうち落ちたのが王家に伝わる星の石なんだ。これは極秘だが正妃は移転者だ。元の世界に戻ってまたこちらに戻った。この星を産む華をほかの国のものが見つけたら大変なことになるな」

「ええ・・・。でも摘み取るのはできないわ。ここにある・・・。星の華は自らの意思を持って咲き自分の意思で死にゆく・・・。保護するだけしかできないわ。それにコレヘト山ってどこなの? 星降る国にはないわ」

「そうだな。この覚書を借りていいか? 義兄貴に見せてみる。義兄貴も古代語は読めるからな。コカ殿がいればすぐわかっただろうが・・・。フェミ。このことはしばらく胸にしまっておいてくれないか? こんなことが知れたら・・・」

マドゥの言葉を受け取っていう。

「わかってるわ。こんな大変なこと知られてはいけないわ。祖父もそれでこの覚書を隠したのだと思うから。でもなぜページを半分残しておいたのかしら・・・」

「それはわからない。だが言えるのは極秘扱いということだ」

「ええ。焼き菓子おいしかったと女官様に言っておいてね。今日は早く戻りたいでしょうし」

「悪いな。フェミ。また来る」

懐に覚書をしまうとマドゥは王宮へと戻って行った。

残ったフェミは胸のつかえが下りたように標本を大事に整理し始めた。


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