一瞬の逢瀬
その辺の居酒屋という訳にも行かない俺たち。全然居酒屋でいいレベルのファッションだったが、カズキ兄さんと相談して近くのホテルの最上階にあるレストランに入った。早速場所をテツヤに送った。
「あ、タケル兄さんの事忘れてない?!」
俺が言うと、
「俺がタケル兄さんにこの場所送っとくよ。でも多分、テツヤが伝えてるんじゃないか?」
どうだろうか。今日、俺とカズキ兄さんが来る事はタケル兄さんにも伝わっているはずだが、さっき俺がテツヤに電話したので、テツヤはここにカズキ兄さんがいるとは思っていないかも。2人で会えると思っていたら、どうしよう。
やっぱりもう一度テツヤに連絡しよう、と思ったところでテツヤから電話が掛かって来た。
「もしもし。」
「着いたよ。どの席?」
もう、手遅れだった。
「窓際の端っこだよ。」
そう言いながら店内を見回すと、テツヤがこちらへ歩いてきた。俺は手を挙げた。テツヤが気づいてニコッと笑い、急ぎ足でこちらへやってくる。だが、その途中で笑顔が消えた。おそらく、カズキ兄さんをチラリと見たからだ。
「テツヤ~、久しぶりだなぁ。」
カズキ兄さんは両手を広げてテツヤを迎えた。
「ああ、カズキ。今日はありがとな。」
テツヤはそう言うと、カズキ兄さんの背中をポンポンと両手で叩いた。もちろん、また笑顔に戻っている。笑顔が消えたのは一瞬だった。すると、その後ろからタケル兄さんがやってきた。
「2人とも、よく来たな!」
「タケル兄さん!お久しぶりです!」
カズキ兄さんは感激して、タケル兄さんの方にも両手を広げた。タケル兄さんとカズキ兄さんがハグして背中を互いにポンポンとやっている。
「レイジ!」
タケル兄さんは次に俺にもハグを求めた。俺も笑顔を作り、タケル兄さんにポンポンとやった。だが、肝心のテツヤにはしていない。なんだか機を逸した。
「まあ、座りましょう。」
カズキ兄さんが言って、4人で椅子に腰かけた。
「俺たち、あまり時間がないんだ。コース料理とか食べている場合ではないんだなぁ。残念だが。」
タケル兄さんが言った。さっきテツヤも言っていたが、そんなに時間がないのか。せっかく会えたのに、このまますぐにお別れだなんて。
簡単なメニューを選んで注文した。改めて、タケル兄さんが俺たちに、
「今日のお芝居、どうだった?まあ、俺たちは大した役じゃないけどな。」
と言って笑った。
「あー、そうですね。お芝居自体は難しいというか……気軽に観られるものじゃないですね。」
カズキ兄さんが言った。
「ああ、そうだな。確かに。」
タケル兄さんが言う。俺も何か言った方がいいだろうか。お芝居自体には、あまり褒める所はないような。
「レイジは?面白いと思った?」
今度は、テツヤが俺にそう聞いた。俺とテツヤは隣同士に座っている。
「え?あー、何と言うか、暗いというか。あ、でも有意義な感じで……。タケル兄さんとテツヤ兄さんが居なかったら、ちょっと面白みがないような……。」
俺がそう言うと、タケル兄さんとテツヤが軽く笑った。更に、2人で顔を見合わせて笑っている。
「何?」
俺が言うと、
「いや、まあ予想通りというかね。」
テツヤが言った。
「あまり面白くないよな。俺たちもそう思ってるんだけどさ。」
タケル兄さんもそう言った。そこへ食事が運ばれてきて、旨いとか何とか言いながら食べた。食べ終わると、
「俺たちはそろそろ行くけど、2人はゆっくりデザートでも堪能していけよ。」
タケル兄さんが言って立ち上がった。テツヤの方を見て、
「行くか?」
と言う。
「はい。じゃあ、レイジ、カズキ、またな。」
テツヤも立ち上がった。嘘だろ、これでお別れ?俺はテツヤの手を掴もうと思った。でも、やっぱりできない。2人の兄さんたちがいるし。ただ、テツヤの顔を穴のあくほど見つめていた。
「じゃあな。」
テツヤが、テーブルの上に置かれた俺の手に、自分の手を乗せてそう言った。そのまま立ち去る。俺はテツヤの後ろ姿をいつまでも見ていた。デザートなんてどうでもいい。本当は、すぐに立ち上がって駆け寄って、抱きしめたかった。でも、公共の場でそういう事は出来ない。俺は手を強く握りしめた。