4.勝った者手に入れた物
これまでのあらすじ
・初めてのバトル
・相手のスキルは多分爆破とワープ
・爆破を湿り気で無効化して頭突きで成敗!
各キャラクタースキル
ハジカミ【全能力上昇】【粘液】
???【???】【???】
超技術のVRヘッドセットが震え、頭部へのダメージを伝える。うっかり壁や天井に頭をぶつけたようなじりじりとした熱さと痛みが額にびりびりときて体力バーが減少する。
さすがに無傷とはいかないか。だがそれ以上に目の前のこいつには大ダメージのはずだ、がっちりとつかんだ両手を離さないまま俺は大きくのけぞり大きく振りかぶる。
黒ローブの顔は見えないのが残念だ、奴はこの先のことを考え青ざめているだろうに。
「ちょ、待っ……!」
「イケメンヘッドバッド! ハンサムヘッドアタック!! 美男子顔面拳!!」
「やめっ! やめてって!」
「俺の顔を見て死ねーっ!!」
「やめろ~っ!!」
火事場のクソ力か黒ローブがつかまれた両手を振り上げそのまま勢いよく回転する。粘液でぬめった両手はすっぽりと抜け、俺の体は宙に飛び地面に投げ落とされ濡れた草原の中で尻もちをつく。。
再び立ち上がろうとした俺の前に黒ローブは立ちふさがり両手を高く上げて大きな声で叫ぶ。
「バトル中止! 交換にしよ交換!!」
「交換?」
「このままあたしを倒したらあたしは消滅、あんたはバトルに勝ってあたしの能力のどちらかを交換できる。だけどバトルをやめて交換してくれるならあたしの能力を両方あげる、どうよ?」
俺の前にウィンドウが現れ『スキルのトレードを申請されました、承諾しますか』というメッセージが現れる。
荒くなった息を無理やり落ち着かせるように黒ローブは胸元を押さえ、もう片方の手で俺に向かって手を差し出す。差し出された手とメッセージを俺はいぶかし気な顔で見つめる。
「1:1交換じゃなくて2:2交換ねえ、そこまでする理由は?」
「あたしが最後にセーブしたのは結構離れた所でさ、この近くの町でセーブしようと思ったらあんたに出会ったの。初期アバターの服着てたから始めたての初心者ってことはわかってたし宿代稼ぎにちょうどいいかなって思ったのよ、ここで負けたら相当戻らなきゃいけないからお願い見逃して!」
「町まであと一歩のところで雑魚敵にエンカウント。小銭稼ぎにちょっかいかけたら反撃されてゲームオーバー寸前ってことか」
「そーそー、おにーさん話早いね~。さっすがイケメン!」
「そ~お~、いや~照れるなそれほどでもあるけど~」
相手の見え見えのおだてに鼻を伸ばして浮かれつつもハンサムな俺は内心冷静に黒ローブの姿を見る。
こいつの目的は発言通りこの場をやり過ごすことが九割、残りの一割は【全能力上昇(弱)】を手に入れることだ。話通りバトル後の交換は勝者に優先権があるなら俺はまず【粘液】と【ワープ】を交換する、湿ったら役立たずの爆発よりそっちのほうが使いやすいからな。
そうなった場合こいつからしてみれば負けて金をとられる上に爆発と相性最悪の手汗ヌルヌル能力押し付けられるんだ、だったら交渉して両方のスキルを取り換えてもらったほうがいい。
他の雑魚を倒しても【全能力上昇(弱)】はドロップしなかったあたり【全能力上昇(弱)】はレアスキルだろうし町にさえたどり着けば他のプレイヤーへの交渉のカードとして使えるだろう。
俺の答えはこうだ。逆に考えるんだ、あげちゃえばいいさと。
使ってみてわかったがこの【全能力上昇(弱)】、書いてあることほど強くない。
上昇率がパーセント固定なので低レベルだと1か2ぐらいしか上がらず、他のステータス上昇と重複しない。全ての能力が上がると書くと強そうだが体力は参照されず実際に上昇するのは攻撃、防御、素早さの三つだけだ。
雑魚狩りの時乱数次第で二回殴る必要があったのが確定一発で被弾せずにレベリングできたこと、今回の黒ローブのように同ステータス帯の低レベルプレイヤー相手で有利に戦えたことなど恩恵はたしかにあったがそれはここがスタート地点で難易度調整されているからであり、この先進めば通用しなくなるだろう。
レアスキルだろうが手に入れ方はわかったし、レベルによるステータス上昇が鈍くスキルの成長もないこのゲームではいずれ頭打ちになる。俺には不要だ。
むしろ範囲が狭く弱点アリとはいえ連射できて相手をひるませることができる爆破と致命傷を避けられるワープのほうがステータスの低い現状では活かせる。粘液は確かに役に立ったがたまたま相手の能力に対して有利だっただけで今後使えるとは思えない。実質1:2交換、やらない理由はない。
「OK、交換するぜ」
「わかった、腕輪を出して」
言われるがままに左手を突き出して腕輪を差し出すと黒ローブはローブの中に自分の両手を入れなにやら動かした後ローブの裾から二つのスキル玉を取り出す。
そういえば俺の腕についてるスキルスロットの腕輪が黒ローブの両手首にはついておらず細い手首がむき出しになっている。あくまで初めにもらえるのが腕輪型ってだけで別の形に変えることもできるのか?
などと考えている間に相手は能力の交換を終えたらしい、腕輪が光って交換完了と表示される。
「よっしゃ爆破とワープゲット、さてさて詳しい説明はっと……」
俺の興味はところてん式に新しいスキルのことでいっぱいになり、腕時計の文字盤を見るように手首を顔に近づける。
【全裸】
スキルスロットを除く全ての装備品が破壊される。
交換以外で解除不可能。
【下痢】
常時すばやさが1に変化&定期的に小ダメージ。
交換以外で解除不可能。
「……は?」
脳がその文章を読み込む前に状況が理解させてきた。
バアーン!!と派手な音を立てて服が弾け飛び、俺は降りしきる雨の中パンツ一丁となったのだ。
「ぎゃーっ!!」
千の風になって飛んでいくかつて衣服だったものに
ぎゅるるるとやばい音が腹部からなり反射的に俺は腹を抑えてうずくまる。
「腹が……っ!急に動け……」
ごうごうと降りしきる雨の中と同じぐらい激しい濁流が下腹部の縦横無尽に駆け巡り、足取りは生まれたての小鹿のように頼りなく震えついに重力に負け草むらの上に突っ伏す形となる。
雨は勢いを増して水たまりを作り丸出しになった肌を容赦なく濡らしていく。その雨音とともにゆらり、と黒ローブが立ち上がり影を作る。
「ったく猫かぶるのも疲れたぜ」
「お前、一体何やって……」
「この顔見てると腹たってくるな、これ被せよ」
「おぶっ!」
顔にぬめった何かがへばりつき、視界が真っ暗になる。冷たく分厚いなにかに覆われて雨の音と黒ローブの声がくぐもったものとなりじくじくとなにかが侵食してくるようなノイズが走る。俺は手足をばたつかせて取り去ろうとするが取れず、とにかく黒ローブに一撃食らわせようとデタラメに手を降るが全く当たらない。のたうちまわっている俺の傍らでチャリ、と小さな金属音がする。
「よし有り金ゲット、雨も降ってきたし今日は宿に泊まってまた探そう。じゃあなマヌケ」
「待ちやがれ……」
余計なものが振り絞られないよう最新の注意を払いつつ俺は声を振り絞り黒ローブに手をのばすがその手はどこにも届かずただ降りしきる雨に打たれて濡れ続けるだけだった。
小さくなっていく足音は雨の中に消え俺は草原の中一人取り残される。
雨足が本格的に激しくなり被せられた布ごしにザッザッと複数の物音が聞こえる。救援が来たのか、と俺は思ったが何かがおかしい、物音は倒れている俺にすぐ駆け寄るのではなく周囲をぐるりと取り囲んだままじわじわと近づいてくる。
「グルルル……」
敵意を持ったモンスターの気配をびんびんに感じる、ああ~、あなたがたはさっき僕が雑魚狩りしまくったモンスターのご親族のかたでしょうか。仇討ちなどの細かい話はあとにしてもらえませんかね無理ですかそうですか。
え、というか俺まだ宿屋どころか町に行ったことないよね!? この状態で死ぬとどうなるの、まさか全裸でくだした状態で野原にリスポーン!?
このままだと襲撃→死→リスポーン→襲撃の無限ループで詰む!!
逃げようにも立てねえし這ってもなめくじなみの速度しか出ねえ!
チクショー雨が冷たい! やめて! このままだと物理と社会的に死ぬ!!
俺の一年間がVR全裸腹下しさらし者の刑で終わる!!
誰でもいい、誰か助けてくれーっ!!
「大丈夫か!!」
俺の渾身の叫びが届いたのか、雨が降りしきる宵闇に低いがよく通る声が響き渡る。
ランタンに照らされ現れたその姿は――。
1677万色に輝くゲーミングブリーフを履きイタチを小脇に抱えたダンディマッチョメンだった。
――終わった。




