22.ごめん名前聞いてない
これまでのあらすじ
・こんにちは巨大蜘蛛さん
ハジカミ:【伸びる舌】【なし】
ティロ:【なし】
底冷えのする湿気の満ちた谷底、大小様々な石を転がし地響きが轟く。
現れたのは人の胴を容易く噛みきれそうな太く巨大な顎と八つの目、人の顔ほどもある一対の目の両脇に拳大の目玉が並んでいる。
その目は闇のように黒く、谷底から差し込むわずかな光と、俺たちの姿を映し出していた。
「く」
「蜘蛛でござるーっ♡♡♡」
「ハート飛ばすな蜘蛛マニア!!」
両手を組んでハート目で蜘蛛を見つめ、指をL字にして蜘蛛の姿をあちこちから眺め回す土蜘蛛に対して、俺は目の前の敵に対する驚きも横につい反射的に叫んでしまう。
「ぎゃああああ聞いてないってこんな大きいの! こんなの捕まえられるわけないでしょ!!」
反対にコチョウの方は完全にパニック状態だ。髪をかきむしり顔を真っ青にして叫んでいる。隣にいるアルケミオも同様にいきなりの敵に驚いているようだ。
対する蜘蛛は体のほとんどを地中に埋めたまま、俺たちの騒ぎをじっと見ていた。蜘蛛の中央の両目がわずかに揺らぎそれに合わせて地面が振動するのを感じ、俺は叫ぶ。
「下からだ!」
声があいつらに聞こえる前に、地面が割れ細長い足が俺たちの左右から挟み込むように持ち上がる。【伸びる舌】を発動させ俺は崖の突き出た岩を掴み上空へ飛び上がることができたが三人は咄嗟のことに理解が追いつかず動きが止まり、蜘蛛が両足を上空に掲げるとともに三人の体が宙に浮く。
「糸!?」
目を凝らしてみると蜘蛛の足の先には細い糸が伸びて網を作っており、三人はそれに掬い上げられたようだ。蜘蛛がつま先を一箇所にまとめると、三人は網にかかった魚のように一塊になって吊るされる。
「こ、これは目玉グモの捕獲網! 普通の蜘蛛のように待ち伏せて捕まえるのではなく自分で捕まえにいく超アグレッシブな攻撃スタイル! 日本ではいない蜘蛛でござるから間近で見れて眼福♡」
「うっとりしてる場合か! とにかく助けるから待ってろ!!」
手と舌を離して俺は蜘蛛めがけて落下する。狙いはアルケミオたちが捕まっている網の一番上、一点にまとまったつま先だ。
蜘蛛の足先の一本と網を一気に舌を巻いて掴み、そのまま重力に任せて落ちると関節と逆の方向に曲がった爪の先が耐えきれず折れ、網ごと地面に落下する。
「折れた……!」
「やるじゃん!」
「やりましたなハジカミ殿! ……ハジカミ殿」
三人の歓声は俺の耳に入っていなかった。
「痛ってーッ!!」
舌の表面に細かな棘が刺さり痛みに俺は絶叫する。
ゲームなので激痛、というほどではないが舌先に毛虫が十匹以上這いまわる不快感、といってくれればそのキモさがわかってくれるだろうか。舌先にジンジンとしびれが走りゾワゾワとする痛みに思わず自分の舌を引っこ抜きたくなる。
ダメージ判定ありとは書いてあったけど、ここまでリアルに襲ってくるもんか!?
「心配するなハジカミ殿! 毒はあっても微弱! あの手の大蜘蛛は直接噛み殺せる顎を持っておる」
「ほれふぁいひょうふはの!? おべっ!!」
足元がぐらりと揺れ視界が反転し、地面に仰向けになる形で大の字にされる。舌の痛みを堪えながら起きあがろうとするが動けない。視線を地面に向けると手のひら大の蜘蛛が地面の亀裂から無数に湧き出し、糸を吐いて俺の手足を拘束し始めていた。
(小さいやつもいるのかよ!)
小蜘蛛の方はあくまで拘束することに専念するタイプなのか、俺に対して噛み付く様子はなかったがそれはなんの助けにもならない。上を見上げれば巨大蜘蛛が俺に向かって近づいてくるからだ。
「ハジカミくん!」
「クッソッ!」
ガチガチと音を鳴らし左右に開く巨大な顎は俺の頭を簡単に潰せそうなうえ、ゆらゆらと揺れるつま先は一つ一つが手首ほどの太さがある。
もがいて逃げ出そうとするが全く動かず小蜘蛛が諦めろと言わんばかりに顔の横でカチカチと歯噛みする。
マスクの内側、首の中で震えている白い襟巻きのことが頭によぎる。俺が死ぬのはセーフだがこいつはやばい。なんとかして胴体で死亡を狙わないと、だがここを抜けたところで小蜘蛛に捕まるのがオチだ。どうする?
考える間も無く足が振り下ろされ、ロストを覚悟したその時。
鈍い音とともに巨大蜘蛛の体が吹っ飛ばされ、川の水面に大きな水飛沫をあげて沈む。
息を荒げて全身から湯気を立ち上らせた男が俺に向かって叫ぶ。
「大丈夫か!」
「お前は!」
目の前に現れた男の姿を自分の記憶から引っ張り出し名を呼ぶ。
「泉でガチャ爆死逆ギレ暴走男!」
「なんだそのあだ名!!」
いやだってそれぐらいしか覚えてないし。




