19.ピクニックじゃねえんだぞ
これまでのあらすじ
・捕獲ミッションスタート
・ルールは簡単、捕まえた時点で生き残ればクリア
・女王蜘蛛を捕まえるためいざ繚乱の花園へ
各キャラクタースキル
ハジカミ:【伸びる舌】【なし】
ティロ:【なし】
着地した瞬間感じたのは甘く濃厚な香りだった、例えるならデパートの一階の化粧品売り場のようなムッとする匂いだ。
沢山の手が自分のところに来い、と引っ張り込むようなその香りに一瞬立ちくらみが起きるが、香りは誘う以上は何もせずやがて匂いは薄らいでいく。人体に被害が出るほどの感覚を出さない、という六極側の制限なのだろう。
空は青く澄み切っており、熱く乾いた空気がそよぐ。周囲はなだらかな起伏でできており、岩も木も背丈を越える大きさのものはない。
香りの主は手のひら大の花で、ちょうど和紙を五枚に切って繋げたように薄い花びらの中心に五つの黒い点が目印のように描かれている。周囲にも似たような花が大量に取り巻き風に乗って揺られている。
生い茂る草の中を花々が万華鏡のように咲き乱れ、その間を蝶や蜂が飛び回る。そんなのどかな光景だ。
フードを取り去り周囲の光景を見ながらアルケミオがポツリと呟く。
「本当にただの花畑……なのかな?」
「いいや違うな、大体こういうのは幻か罠って相場が決まってるんだぜ。とにかく用心して……」
「いいにおい〜アロマって感じ」
「摘み取ったらエッセンシャルオイル作れそう!」
「持って帰って売りさばこうぜ!」
「人の話を聞け!」
深呼吸をしてうっとりと香りに酔いしれるものもいれば摘み取って持ち帰ろうとするものもいる。
ぷつり、と摘み取られた茎からさらに甘い香りがたちのぼり、つややかな葉が太陽に照らされてキラキラと輝いている。
一回きりのミッションに挑戦しているとは思えない呑気さで俺は頭が痛くなるが、リードにとってはいつものことらしい。軽い調子で手拍子をして周囲の視線を集めて呼びかける。
「全員集合! 作戦会議をするから防御スキル持ってるメンバーはよろしく〜!」
「オッケーッ!」
リードがそう伝えるとメンバーの数人の腕輪や装飾品が光り、淡い光のベールやオーラのようなものが現れる。俺たちの周囲には三メートルぐらいの大きさの半球状の薄いバリアが現れる。
「しばらくはこれで持つだろう」
「自分からこの結界に出ない限りは大丈夫!」
「おおーすげー」
「あたしはフカフカ雲クッションも出せるよ!」
「いやそれはいらねえ」
ギャルの一人が三メートルぐらいの大きさのぬいぐるみ付きクッションラグを誇らしげにしきだす。こいつ、本当にこれがいいと思って残したのか……? モンスターを捕まえるミッションでこれがいいと思ったのか!?
まあ世の中には焼肉食べ放題でカレー食いだすやつもいるし細かいことは言わないでおこう。土足のまま腰を下ろすと柔らかい生地が体に沈み込む、よくよく見ればうっすらと地面から浮いていて硬い地面でも一定の柔らかさになるようになっているらしい。花畑でふわふわの体にクッションを埋めて天を仰げばここが獰猛なモンスターがいる場所とはとうてい思えない。
ほとんどピクニックのような空気になるなか、リードが手を挙げて呼びかける。
「んじゃ探索チーム集まってー、俺はてっきりダンジョンの奥深くに潜るのかと思ったけどさ、ここ花ばっかりで何もないよね? これって一からダンジョン探さないとダメなやつ?」
「んー微妙、スキルで辺りを遠視してみたけど建物っぽいものは一切なし。どこまで行っても花畑」
「隠れ要塞を警戒して金属探知も行ってみたが全く見つからん」
「そっか、じゃあ捕獲チーム。気づいたこと教えて」
「空に鳥が全く飛んでないのが気になるかな、これだけ虫が沢山いるなら食べる鳥がいてもおかしくないのに」
「女王蜘蛛には護衛がついている。と言っていたからそやつらが食ったのかも知れませぬ」
「というか僕は女王蜘蛛って名前に納得してないんだけど、真社会性昆虫と言ったら蜂や蟻だよね? ただたんに多産ってだけならともかく名前自体にヒントがないかな?」
「蜘蛛は昆虫ではない! ……まあそれはともかく一理あるでござる。あえて女王、と名がつくのならどこかしらに巨大な根城があるのかもしれんな」
「あ、虫で気づいたことあるんだけどさー、この辺虫媒花ばっかりだよね? 昆虫が散布したにしては種類がごちゃ混ぜになってない? あたしの考えだけどさー……」
俺の頭上を全く俺の知らない会話が飛び交うにつれ、まぶたが重く思わず眠くなり、戦闘中だろと大欠伸を噛み殺して腹を掻く。俺が睡魔と戦っている間に中心にいるリードは全員のバラバラな内容の話に相槌を打ちながらまとめており普通に尊敬の念が出る、陽キャもあそこまでいけば普通に才能だな。
頬の鰓を掻きながら、俺は軽く手を上げて話を中断させる。
「慎重にいきたいのはわかるんだけどさ、マップはともかく生態系は考えなくてもよくね? ここはファンタジーでゲームなんだからそこ深掘りしても意味はないだろ、遠くを見れるスキル持ちがいるなら蜘蛛の巣でも探してもらったほうが」
「はあ、これだから低知能な両生類は……」
「あ゛?」
メガネのいかにも神経質そうな男がこれみよがしにため息をつき、俺は反射的に声を荒げる。
相手はウーパールーパーに凄まれても全く怖くないらしく(そりゃそうだ)メガネの中央を指で持ち上げ饒舌に語り始める。
「現実世界と見間違えるほどきめ細やかな世界を電脳世界で再現するにはどうするか? 答えは簡単、現実世界をそのまま持ってくればいい。3Dスキャンしかりモーションキャプチャーしかり現実をスキャンしたデータを元に作るのはよくある手法だね。出てくるモンスターも見た目は変化してるけど内部の動きや思考は現実世界にいる動物をトレースした動きが多いんだ。だから僕たち専門家の出番なんだよ」
「六極は五感フルに使ったゲーム体験売りにしてるから、ぶっちゃけゲーマーよりそのへんの野山を駆け回ってるやつの方が有利だよね」
「いたな〜、じいちゃんつれてきたって現役のマタギと一緒に大熊討伐したって奴」
(俺の知ってる六極と違う……)
唐揚げとポテトを貪り食う喋るイタチの姿を思い浮かべ、俺は眉間に皺を寄せ考え込む。六極はプレイヤーによって感想が違うと聞いてはいたがここまで変わるもんなのか?
「白魚殿、それに拙者の見立てではここの蜘蛛は巣を作らぬよ」
「あ、ハジカミです。……そうなの?」
黒衣に身をまとったいかにも忍者です、という風貌の男が俺に対してそう告げる。
さっき蜘蛛を虫扱いされてキレてたやつだ。蜘蛛マニアなのか?
蜘蛛マニアの忍者は腕組みをして深くうなづき言葉を続ける。
「黄金の間で説明されたことを思い出してくだされ。老人の言葉によれば目的は蜘蛛ではなくあくまで蜘蛛が作る糸、糸で作られた巣があちこちにあるのならわざわざ捕まえる必要はないでござる」
「……たしかに」
蜘蛛のモンスター、と聞いて反射的にバカでかい網を張った巨大蜘蛛を想像していたがそれなら端っこを適当にむしって帰ればいいだけの話だ。
「蜘蛛の糸は人間に例えると血液を固めて糸にしているようなもの、当然それを大量に使う網は蜘蛛にとってもバカにならぬ費用でござる。だからあえて網を張るのをやめる種も多いでござる」
「へえー、そういう蜘蛛ってどうやって飯食ってんの?」
「ハエトリやアシダカのように地上を徘徊して獲物を探すのが一般的でござるがハナグモのように花に擬態して待ち伏せるものも……ふむ、リード殿ちょっとよいか」
「なになに〜?」
「この辺りには虫と花が多い、その虫を喰らいに蜘蛛が草に潜んでおるかもしれぬ。下手に大勢で動き回れば襲われるので戦闘に長けたごく少数で探索をした方が良い」
「なるほど」
「と、いうわけで頼んだぞハジカミ殿」
「ていのいい囮だよなそれ!?」
「ぼ、僕も行くよ!」
「冗談だって!ハジっちだけにするわけないじゃ〜ん」
敵地に単身で行けと宣告された俺に対しアルケミオが慌てた様子で手をあげ立ち上がる。
リードは俺の様子をみて腹を抱えて笑い目を細めていい、クッションから降りて立ち上がる。
他の何人かもリードの後を追うように立ち上がりそれぞれの武器を片手に得意げな顔だ。
「俺含めた戦闘チームだけで探索して、危険があったらすぐにここに戻る。それでいいっしょ」
「本気で囮にされるかと思ったぞ」
「ないないそんなの! 俺の目標は全員クリア! レッツゴー黄金郷!!」
キメ顔のつもりか変なポーズでウィンクをするリードだが、早々にバリアの外へ出て剣で草むらを切りつつ中を調べている。いかにも都会でブイブイ言わせてます!みたいな風貌の男が地味な草刈りに熱心になっているところを見ると、どうやら全員クリアは本気のようだ。
周囲もリードの後を追うように探索を始めている、俺もそれにならって草をかき分け動くものがないか探してみるが何もなく。花粉と草の汁と花の香りにギブアップして立ち上がりさっきの蜘蛛マニアに呼びかける。
「なあーっ! ヒントとかないのかーっ!」
「ヒント……蜘蛛は草を束ねて巣を作るものもおるーっ! 怪しい塊を見つけたら教えてくれーっ!!」
「わかったーっ!」
返事をしながらふと思う。
なんで俺、ゲームの世界で草むしりやってんだ?
「ハジさま〜暑〜い」
「賞金手に入れたら冷たいもの買ってやるから我慢してくれ」
照りつける日差しの下もこもこと動き回る襟巻きをなだめつつ、水に飛び込んだのかと思うぐらいびしょびしょに濡れた顔を袖でぬぐう。仮面の効果で暑さによるダメージはなさそうだが、手応えがなくうんざりしてきた。
「お」
腰を屈めて探し続け何やってるんだろうと我に返りそうになったその時。茂みの下に緑色の丸いものを見つけた。大きさは顔ぐらい、丸く膨らんだ表面には細かいうぶ毛がついていて乾燥しきっている。
「これか?」
謎の緑の塊に鰓を近づけてみるとパチリ、パチリと中で何か動いている音が聞こえる。
「こいつだ!」
「ハジカミくんあったの!?」
俺の叫びに気づいたアルケミオが草まみれのローブを引き摺りながら駆け寄る。同じように近くで草刈りをしていたメンバーが俺の周りに集まりだす。
中央のクッションで待機している専門家チームとその奥の反対側で捜索しているリードたちには聞こえていないらしい、俺はそいつらに呼びかけるため立ち上がる。
「おーい! リード!! こっちに……」
靴の踵が塊に触れ、わずかに傾いた瞬間一気に膨張する。
全員が反応する間もなく塊が弾け爆風が巻き起こり、俺たちの体は宙に舞いそのまま勢いよく吹っ飛ばされた。




