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番外編.人は食うために食うのにあらず

ピピピピピッ!ピピピピピッ!ピピピピピッ!

「……あと十分は寝れるな」


……十五分後。


「やっべ遅刻する!!」


スマホの時刻を見て俺はベッドから跳ね起き即座に学校の支度を始める。

制服やカバンが見つからないという心配がこの部屋には存在しない、なぜなら机、ベッド、参考書とはじめたてのスローライフゲームより少ないものしかこの部屋には存在しないからだ。

シャツを着ながら靴下を履くという我ながら器用な芸当をこなしズボンを履き替えて着替えは完了。衣替えにはまだ早いが別に文句をいう奴もいない。

ドアの横に置いてあるカバンをつかんでどたどたと埃を巻き上げて下へ降りていく。


誰もいないリビングに入り冷蔵庫に入っている食パンを二、三切れ掴み一つを口に入れ、隣のドアポケットに突っ込んであるプロティンのパックで強引に流し込む。真ん中に置いてあるビニール袋を無造作につかんで玄関へ向かい鍵を閉め自転車の鍵をさしてまたがり勢いよくペダルを踏み込む。ここまでの記録は五分六秒、我ながら惚れ惚れするようなスピード感。

残りの食パンを噛み締めつつ、坂だらけの道路をギアと自分の脚力だけで強引に乗り越えていく。

四月の朝だというのに日差しが容赦なく体を焼き汗がうっすらと滲み出す。こういう時電動自転車があったら楽なんだろうなと俺は思いつつ重いペダルを踏み締める。


チャイムが鳴り響く階段を登りきり終わる前に教室に駆け込む。余鈴なので多少過ぎても問題ないんだがギリギリで間に合うと達成感があるな。

クラスメイトと挨拶を交わして自分の席につき、額に流れる汗を拭って服についた熱気を払う。

しばらくすると担任の教師がやってきて授業が始まる。

六極のやり過ぎてまぶたは重く意識がなん度も落ちそうになるが、ゲームにのめり込み過ぎて成績が平均以下になったらVRヘッドセットは売り払うと契約書を書かされたので授業がどの範囲をやっているかは最低限追っておく。

特に面白くもない時間を過ごしたあと時間は流れ、昼のチャイムが鳴り響く。

生徒の半数が購買へ行くなか俺は鞄から今朝持ってきたビニール袋を取り出す。


「井伏はいつもの?」

「そーだよいつものあれさ」

ビニール袋をガサガサと鳴らし、机の上に昼食のパンを二つおく。「完全栄養食!」とデカデカと書かれているパッケージは近未来を意識してか灰色で妙に無機質でディストピアもののSF映画を思い起こさせる。

朝はプロティンとパン、昼は完全栄養食パン、夜は完全栄養食の弁当。

これが俺の食事だ、平日だろうと土日だろうと終わることなくこのサイクルが続く。

数種類の味のバリエーションというチンケなものは延々と続く食の輪廻の前には塵に等しい。


ことのおこりは俺がガチャ爆死で借金生活となった時だ。

俺の母親は元々それほど食事に興味がなく、父親は海外出張が多くてモチベがほぼゼロだったところに俺がとどめを刺してしまい「時は金なり、あんたにかける時間もまた金なり」と言い放ちそれ以来この食生活が続いている。

原因が俺にあるので本当に何もいえねえ。


ネグレクトにならないようにカロリー栄養両方とも取れるものを買っているが直接現金は一切出さず、かつて購買でパンを買うために渡された五百円玉は現物支給となってしまった。

文句があるなら自分で作れ、はごもっともだが時間かけてたいして美味くない飯作って時間かけて後片付けするぐらいならゲームを選ぶ。

そんなわけで俺の食生活は延々と同じドックフードを食う犬レベルになっていた。

いや、犬だっておやつとかもうちょっといろんなもん食ってるな。あいつらいつも楽しそうに飯食ってるから犬の方が食を満喫している。


「あー、金欲しい」

椅子の背もたれに体重をかけ、かじりかけのパンを片手に一人つぶやく。

(黄金郷、か)

ギラギラと輝くネオンとその中にある煌びやかな内装、それらはどれも現実の俺には手の届かないものだ。それが電脳世界とはいえ、行けるチケットが目の前にぶら下がっている。

いっちょ気合い入れてやりますか。

パンの残りを強く噛み締め、俺は静かにそう決める。



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