14.博打は人を狂わせる。
これまでのあらすじ
・お助けアニマルを使い立ち向かうハジカミ
・相手の能力は暴走+全能力上昇でめっちゃ不利
・新能力「伸びる舌」をゲット
各キャラクタースキル
ハジカミ【伸びる舌】【なし】
ティロ【なし】
「よっと」
口から大きくはみ出た舌を丸めて口の中に入れる、質量保存の法則を無視して太く長い舌はすんなりと治り元に戻る。
目の前の男は背中を打ちつけ空を見上げたままポカンとしている、どうやらなにをされたのか理解が追いついていないようだ。
左手首の腕輪にひかるオレンジ色の石を見ながら思考を整理させる。
一か八かのガチャで手に入れた【伸びる舌】、こいつはなかなかの当たりスキルと言っていい。体が伸びる主人公は強い、それはあの超ヒット漫画を見たらわかること。
移動能力の向上ならイーストンに入る前に手に入れた【腕力上昇】や【脚力上昇】があるが、それらとの大きな違いは発動条件の緩さだ。
クールタイムはなく無期限に使うことができる上、他の能力のように事前にスキル名を宣言する必要もない、使い勝手なら今まで手に入れた能力の中で一番お手軽だ。
(しかし力不足なのは変わらず、どうすっかなあ俺らだけ逃げてもこいつを街から追い出さなきゃ……あ、そうか)
「グオオオオッ!!」
「おっと忘れてた」
暴走男が奇声を上げ立ち上がったところで俺は思考を止め姿勢を正しく向き直る、が足元に一枚のカードが投げつけられ俺とそいつの視点はそのカードに向けられる。描かれているのは大きな輪っか……、なんだこれ?
「【運命の輪】!」
「うおっ!」
掛け声とともに足元が大きく回転し俺と暴走男は遠心力によって跳ね飛ばされる。
俺は伸びる舌で軒下を掴み衝撃を和らげたが相手はそのまま吹っ飛ばされ瓦礫の山が噴き上がる。
なんかあいつすっ転んでばっかりだな、体の大きさに動きがついてこれてないのか?
「大丈夫ですか!?」
心配した様子で紫ローブが俺に近づいてきた、気弱そうな顔には冷や汗が流れいる。左手には俺と同じ銀の腕輪と先ほど投げつけられたカードの束が握りしめられていた。俺はふむ、と少し考え込む。
「ちょっと失礼」
「え、わあっ!」
紫ローブを抱え込み【伸びる舌】で屋根の先をしっかりと掴みそのまま引き上げる。
太い舌が縮むとともに俺たちの体は浮き上がり屋根の上に着地する、うーん便利。
屋根の下から様子を伺うと暴走男は辺りを見渡して怒りのままに住居を壊しているが俺たちには気づいておらず、明後日の方向へ進んでいる。
「ここからは見えてねえみたいだな、ちょっと危ねえ橋渡るからティロはここで待っててくれ」
「わかりました!」
元気な掛け声とともに首元からティロがニュルりと抜け出る。小脇に抱えられた紫ローブがティロを見て
何か言おうと口を開きかけたが話を誤魔化すため俺は紫ローブを屋根の上に座らせ、しゃがみ込んで視線を合わせる。
「んじゃまずは自己紹介から、俺の名前はハジカミ、君の名前は?」
「ア、アルケミオです……、あの、さっきの動物は」
「アルケミオねOKOK、早速なんだけど手伝って欲しいことがあるのよ。あの暴走してるおっさん野放しにはできないでしょ? だから力を貸してほしい」
「はあ……、ど、どうやって?」
「イーストンとセントラルの間にはでかい崖があっただろ、あいつを引きつけてそこに落とす。PKは街の中ではペナルティがつくが街の外なら単なるバトル扱いでペナルティはない。俺がどうにかしてあいつを引きつけるが追いつかれてボコボコにされそうな時は上からサポートしてくれ」
「それでみんなが不幸にならないのなら……やってみます」
震えているがしっかりとしたアルケミオの返事を聞き、俺はうなずく。
紫ローブことアルケミオの能力は不明だが、さっき見た印象としては妨害よりのサポートタイプ。本人の貧弱さを見る限りアルケミオ自身は低レベルなので狙われるとおしまいだがそこは俺の煽りスキルでなんとかしよう。
「じゃあ作戦開始、えーと崖の方向は……」
「あっちですハジカミさん、大通りをまっすぐ抜ければ辿り着けます」
「サンキュ、じゃあ上からの援護頼むぜ!」
俺はそう告げると単身地面におり、暴走男に向き直る。
「へいへいこっちこっち」
無軌道に破壊を繰り返していた暴走男だが俺の声が聞こえたのか、ゆっくりとこちらに向き直り地面に手をつけ力を込める、そして瓦礫を撒き散らしながら猪のように突進を仕掛けてきた。
「【戦車】!」
アルケミオの声と同時に頭上からカードが投げつけられ、煙とともに二頭の白馬を先頭に据えた二輪車が現れる。
「乗ってくださいハジカミさん!」
「サンキュ!」
人一人分の簡素な車台に立ったまま乗り込み手綱を握れば指示をするまでもなく二匹の馬が走り抜け突進より早く駆け抜ける。
このままだと引き離すな、と俺が手づなを弱めたところ乗っていた戦車が煙と化し消え失せる。
どうもアルケミオのスキルは持続時間が短いみたいだ。何はともあれ距離は稼げた、背後を振り返ると暴走男は唸り声をあげてかけているがその姿は小さい。
その後も舌で屋根の出っ張りやポールを掴み振り子の要領で一気に進む、能力強化のせいで単純な足のスピードなら向こうが上だが縦横無尽に動き回るトリッキーな移動のおかげで攻撃が当たらず無駄な空振りで時間を稼ぐことに成功する。
相手に追い付かれないように動きつつ、けれど相手が見失いかけたら素早く挑発を繰り返すことで大通りを進み続ける。
来た時にはNPCプレイヤー問わず人で賑わっていた大通りだが人っ子ひとりおらずがらんとした店先に商品だけが転がっている。
(住民はすでに避難済みか、妙に早い気がするけどそういうもんか?)
舌が滑らないよう注意を払いつつぼんやりとそんなことを考えていたが、大通りが終わり草原と崖が見えてきたので意識をそちらに向ける。
「ゴール!」
草原の中にダイブして舌を口に戻し、崖を背にして両手を振って俺はここだと伝える。
俺と同じように男が街を出て草原に入る、これでPKのペナルティは無くなった。あとは俺が伸びる舌でさっきと同じように男を掴んで崖下に放り込むだけだ。
スキルの説明から伸びる舌の間合いは五メートル、俺とあいつの距離まで八、七、六……あれ、なんか右行ったんだけどちょっとどこ行くの。
「ウオオオッ!!」
暴走男が草原にまばらに生えていた木の一本にしがみつき背筋を限界まで緊張させ根本から引き抜く、ポロポロと外気に触れたての湿った土が根本からこぼれ落ち湿った匂いを放つ。
「あー、なるほど木を武器にしてリーチを稼ぐのかキミ頭いいね〜」
「グオオッ!!」
返事は唸り声と丸太を使ったフルスイング、凡フライとなった俺は崖を超えて奈落へと投げ出される。
「させるかよ!【伸びる舌】!」
崖っぷちに生えていた木に舌を巻き付かせなんとか復帰し、舌を戻して這い上がってきた俺の目の前には大木を上段に構えた暴走男。
「そうだよね〜崖ぎわ復帰は待ち伏せが基本だもんね〜、というかお前知能戻ってきてない!?」
ツッコむ間も無く巨大な木の幹が俺の眼前に振り下ろされる。あ、死んだわ。
「正義!」
掛け声とともに光り輝く両刃剣を持ったアルケミオが男の頭上高く飛び剣を斜めに振り下ろす、切り落とされた大木の先端部が俺の背後へ飛んでいき奈落へ落ちる。
両刃剣はそのまま男の肩を袈裟斬りにする、はずだったが刃は発達した筋肉と分厚い皮膚によって阻まれる。暴走男はニイ、と不気味に笑い文字どおり根本だけになった大木を捨て、両刃剣の刃先を片手で掴むと、そのまま振り回して持ち手であるアルケミオを地面に叩きつける。
そのまま暴走男は剣を握り直し振りかざそうとしたが、煙とともに剣は消滅し空振りに終わる。
ガラ空きになった自分の右手を見て混乱した男の前にアルケミオが立ち上がる。
豪華なローブは土に汚れフラフラの姿だったが、一枚のカードを抜き取り静かな声で言う。
「隠者」
カードはランタンの姿に変化して、男に見せつけるようにアルケミオはランタンを高々を掲げる。
「僕のスキルはカードから武器や魔法を使えること。カードの中身はランダムでその日一回きり、そしてその力はめくった持ち主のものになる」
ランタンを持った手と反対がわの手で懐を探り、カードの束をアルケミオは差し出す。
「僕は占い師だから未来のことがわかるんだ、次のカードで僕は確実にきみを倒すことができる。嘘だと思うならきみがカードをめくって使うといい」
カードの束を持つ手は震えており、声も素人芝居の棒読み。遠目でもわかるハッタリだ、しかし暴走男は荒い息をついたまま立ち尽くしている。
ことの発端を思い出せ、この暴走男はドブが見えてるクソガチャとわかって突っ込んだ無謀野郎。強くなれる可能性がわずかでもあるならそこに手を伸ばす。そんなやつに確定虹回転来てますけど引かないんですか、だったら先に引いちゃいますよと囁く声を無視できるはずもない。
それに万が一アルケミオの言うことが本当だった場合、アルケミオがカードを引いて倒される可能性もある、それはきつい、自分が引かなかったガチャで大当たりされるのめちゃくちゃキツイ!!
意図がわかれば俺がやることは一つ、わざとらしい猫撫で声で相手へ囁きかける。
「あっれ〜引かないんですか〜散々ガチャ爆死してようやく波が来たのに諦めるんですか〜? 早くしないと引かれちゃうよ〜」
冷静になる前に煽り立てろ。このままだと他の人間が得をするぞと焦らせろ。目の前のカードに集中させて「あれ、普通にこいつらぶん殴った方が早いんじゃね?」という身も蓋もない結論から遠ざけろ。
見てわかるぐらい顔を真っ赤にさせ動揺している暴走男に対し、俺はとどめの一言をくれてやる。
「それともあれか? こう言って欲しいのか?『今日はテーブル悪いからやめとけよ』って」
ブチ、とはっきり血管のちぎれる音がして暴走男が奇声を発してカードをひったくるようにめくりとる。
暴走男はニヤリと笑って頭上高くからカードを掲げ中身を見たが、その模様は雷に打たれ崩壊する塔の絵だった。
「【塔】」
アルケミオが静かに呟くとともに真っ青な空から落雷降り注ぎ男の体を貫いた。
全身を真っ黒にさせぶっ倒れていく男を見ながら俺はしみじみこう思う。
ガチャって怖いね、と。




