13.これが俺の新スキル(n回目)
これまでのあらすじ
・やばいことになってしまった。
各キャラクタースキル
ハジカミ:【なし】【なし】
ティロ:【なし】
咆哮をあげ男は力任せに地面を叩く。その目に理性の光はなく目に映るものを片っ端から己の拳で破壊する。赤々と隆起した筋肉は周囲の建物を砂糖菓子のようにたやすく砕き、瓦礫が地面に散らばるのと同時に人々は散り散りに逃げ出し自分だけ助かろうと我先にと押し合い踏みつけあう。
母親が我が子の名を呼びうずくまる背中を太った男が踏みつけ駆ける。誰かの売り物や買い物だったであろう食物たちは元の形がわからないぐらいぐしゃぐしゃに潰れ石畳を汚す。
そんな地獄絵図を生み出してしまった俺は、ポカンとした顔でその光景を見ていた。
……いやいや俺のせいじゃない、断じて俺のせいではない。
ことの発端はガチャがドブってやけになっている相手を止めようとしたら相手が余計向きになってスキルを交換、そしたら暴走するタイプのスキルで大暴れしてこの惨状になっただけだ。断じて俺のせいではない、いいね。
「どうするんですかハジさま! ハジさまのせいで大変なことになっちゃいましたよ!?」
「いや俺のせいじゃないから! といっても誰か止めなきゃならねえのは事実だよな」
首元で騒ぐティロを抑えつつ俺は周囲を見渡す、パニックになっているNPCと違ってプレイヤーは落ち着いて様子をうかがっているが止めようとするそぶりは見えない。男から距離をとりつつこの場を離れるものが大半だった、それも無理はない。
このゲームにはPL対策として街中でプレイヤーを倒したものは持っているスキルがランダムなデメリットスキルになるというペナルティがあるからだ。
泉に集まっているのは「より良いスキルを欲しいと思っている人間」、金の斧銀の斧欲しさに泉に持っていった斧が粗大ゴミになるのは誰だって避けたがるはず。
NPCを見殺しにしたところで翌日には記憶を失って復活するんだから関係ない、そう、NPCを味方にでもしていない限り。
「キャア!」
突如甲高い叫び声が聞こえる、見れば小さな女の子が一人道に倒れている。筋肉男があちこちに開けまくった路上の穴と瓦礫に足を取られたようだ。必死に瓦礫を押し除けようとしているが力が足りず身動きが取れていない、叫び声に気づいたのか男が奇声をあげ拳を振り上げる。
「■■■!モード・バトル!【 節制・逆位置】!!」
スキルの呼び声とともに泉から勢いよく水が溢れ出し男の足元に大きな流れを作り出す。
突然溢れ出した水は膝ぐらいの高さしかないがそれでもバランスを崩すのには十分で男は拳を振り上げたまま背後に倒れ込み派手な水飛沫をあげる。
視界が晴れると金糸銀糸の編み込まれた濃い紫色のローブの少年が立っていた。
「大丈夫?」
フードが顔から外し少年は心配そうに少女に尋ねる。
年齢は中学生?ぐらいだろうか。右目に重く覆い被さっている長い前髪、垂れた目と下がった眉が内気そうな雰囲気を出している。
瓦礫に両手をかけ力いっぱい引っ張るが……とれない、歯を食いしばって持ち上げようとするがあがらない、力弱いなあいつ。
「グルルルル……」
そんなこんなで再び唸り声が聞こえ筋肉男が立ち上がる、びしょ濡れになった男の肌が本人の筋肉の熱量によって蒸気と化しもうもうと煙が立ち込めている。
「ハジさま!」
「わかってるよ! お助けアニマル発動! スキル交換【攻撃力上昇(小)】!!」
素早くウィンドウから黒イタチを呼びだし間髪入れずに交換を行う、左手の腕輪の空欄に赤い宝石が埋め込まれ俺はスキルを発動させ全身に赤いオーラを纏う。
「くらいやがれ!」
視界の外からの延髄蹴り、死角からの攻撃に耐えきれず男は屋台の残骸へ埋もれる。俺は少女の足を挟んでいる瓦礫に拳を入れてやり脱出させ、そのまま小脇に抱えて男から距離を取った場所におろすとさっきまで叫んでいた母親が少女を抱えて逃げ出した。
「さっすがハジさま!」
「おうおうもっと俺を称えな!」
首元でぐるぐると周り俺を褒め称えるティロに対し俺は余裕たっぷりに答える、この生きたスキルスロットを味方につけるためにはこれぐらいしないとな。こいつのご機嫌さえとっていればデメリットスキルを押し付けることが可能なんだ、ペナルティなんざ怖くないぜ。
……なんかさっきから攻撃くらっても一向にピンピンしてるけど効いてる? あの紫の光なんかどっかで見たことあるような、ちょっと色が薄かったけど俺が最初に手に入れたあの力と似ているような。
「……もしかして、全能力上がってる感じ?」
「グオオオッ!!」
YES、と言わんばかりに俺の腹に拳がめり込む。宙に浮いた俺の体はそのまま噴水の瓦礫に突っ込みHPゲージがみるみるうちに削れる。割れた水瓶からビシャビシャと水が溢れ俺の全身を濡らしていく。
半分以下の大きさになった水瓶からどんどん溢れかえる透明な液体越しに、俺は相手を見据える。
シュウシュウと吐息とともに殺気が吐き出されていくのが感じられる。相手は全身強化済みのマッチョメン、こっちはちょびっと攻撃力が上がるだけの両生類ともやし小僧でギャラリーは傍観か逃亡で救援なし、完全な戦力不足だ。そう、完全に戦力が足りない。
「戦力が足りないなら、引くっきゃないよなガチャをよお! ゲッヘッヘ!!」
「ハジさま笑い方気持ち悪!」
俺がそう叫んで左腕を水瓶に突っ込むと同時に男の拳が降りかかる。泉の水瓶が真っ二つに割れ男の拳を濡らすがそこには誰もおらず、手ごたえのない感覚に男は首を捻る。
「俺はここだぜ」
上からの声を聞いた男がハッと息をついて上空を向いたところで俺は掴んでいた建物の柱から手を離し、男の背後へ着地する、相手が反応するまもなく首元に太い紐状のものがぐるぐると巻きつき男の首を絞める。
足に力を入れ全体重をそこに入れ、体を大きく前に傾ける、それと同時に相手の体は引っ張られ大きな弧を描いて舞い上がり、そして地面に叩きつけられる。
「なるほど、悪くないな」
両頬に届くぐらい大きなその口からは、べろりとのびた舌が手を振るようにひらひらと動いていた。
【伸びる舌】
強靭な舌を自由に伸ばすことができる。
発動条件:舌を伸ばす動作で即時発動可能
デメリット:五メートルまでしか伸ばせない、ダメージ判定あり。




