10.星を塗りつぶすもの
これまでのあらすじ
・ツインテ&モヒカンのバトルスタート! 負けそう。
・ツインテチンピラガールにぶっころ宣言。
・和平交渉(脅迫)でバトルは中止、交換スタート。
各キャラクタースキル
ハジカミ:【全裸】【回復(残りゼロ回)】
ティロ:【なし】
『スキルのトレードを申請されました、承諾しますか』
「当然はい、っと。ところであんたらの持ってるスキルだけど……」
俺が振り返り二人に声をかけようとしたその時、ツインテが突然自分のドレスをぬいで目の前で真っ裸になる。
「は!?」
「レイラお嬢さま、これを着てくだせえ」
申し訳程度のアンダーウェア一丁になったツインテは膝を折って眼の前のマッチョに服を差し出す。あのモヒカンの名前はレイラっていうんだとかそのサイズの服が入るのかよとか考えている間にレイラはドレスに袖を通し風で裾をはためかせながら立ち上がる。入るんだ。
白く細い体をもうしわけ程度のアンダーで隠した金髪の美少女は、大股でノシリノシリと歩み寄り、そのまま俺のマスクの首元を掴んで強引に引き寄せる。
「白玉、名前を言え」
「え?」
「はよ名前言わんかい!!」
「ハッ! ハジカミです!!」
「ハジカミか」
ツインテは名前を聞いてうなづくとウィンドウを開き、左手についている腕輪のスキルスロットをなぞりあげささやきかける。
「スキルオープン。レイラ、銀次郎、ハジカミ。レイラお嬢様、お願いしやす」
「はい、スキルオープン。レイラ、銀次郎、ハジカミ。ハジカミ様も同じように言ってみてください」
「あ、はい。スキルオープン。レイラ、銀次郎、ハジカミ」
二人と同じように腕輪のスキルスロットに声を掛けると三人が集まっている地面が淡く光り、魔法陣が描かれる。そして魔法陣から光が発せられ三枚のウィンドウが上空に浮かび上がり、それぞれの顔写真と名前の他にこう書かれていた。
レイラ
【防御力上昇(弱)】
三十秒間防御力アップ(10%)
発動条件:スキル名宣言で発動可能
デメリット:使用後三分間のクールタイム発生
【腕力上昇】
五分間握力と投擲力にプラス補正。パンチ攻撃の威力上昇。
発動条件:スキル名宣言で発動可能
デメリット:使用後十五分間のクールタイム発生
銀次郎
【攻撃力上昇(弱)】
三十秒間攻撃力アップ(10%)
発動条件:スキル名宣言で発動可能
デメリット:使用後三分間のクールタイム発生
【脚力上昇】
五分間ジャンプ力と走るスピードにプラス補正。キック攻撃の威力上昇。
発動条件:スキル名宣言で発動可能
デメリット:使用後十五分間のクールタイム発生
ハジカミ
【回復】
自分の体力を最大値まで回復する
発動条件:スキル名宣言で発動可能
デメリット:一日の使用回数が三回のみ(24:00にリセット)
【全裸】
スキルスロットを除く全ての装備品が破壊される。
交換以外で解除不可能。
「お互いのスキルが見れるのか」
「スキルの交換には二種類ある。一つが腕輪から直接タマ取ってブツの交換をするやり方、もう一つがスキルオープンでそれぞれのスキルを見せそこから交換するやり方じゃ。なんぼでも騙せる前者と違うてこっちは内容を騙すことはできん」
「へえ~、そんなやり方があるのか」
「ただしこっちのほうが条件は厳しくての、お互いの名前を呼ばんと開かん。またスキルオープンしている間はスキルが使えないから完全に丸腰。スキルが見えるということは逆にいえば相手にも筒抜け、二組に分かれて囮と交換させている間に本命がズドン!とされたら一巻の終わりじゃ」
「どっち選んでも裏切りと騙しはつきものってか」
「当然そんなことやったら許さんからな、まずはわしの【脚力上昇】と貴様のふざけた力を交換じゃ、スキル欄をタッチせい」
「はいはい」
言われるがままに自分のウィンドウから【全裸】を選び交換に出す、隣の銀次郎もスキルを選び終わると足元の魔法陣から一筋の光が流れフォン、と軽い音を立てる。俺は再び顔を上げてスキル欄を読む。
ハジカミ:【脚力上昇】【回復(残りゼロ回)】
銀次郎:【攻撃力上昇(弱)】【全裸】
「次はお嬢の【腕力上昇】とてめえの【回復】じゃ。お嬢、お願いします」
「はい」
レイラと俺がスキルを選ぶと再び地面が光り、スキルの交換が行われる。
ハジカミ:【脚力上昇】【脚力上昇】
レイラ:【防御力上昇(弱)】【回復(残りゼロ回)】
「交換が終わったら終了を押してしまいじゃ」
「終了、と」
フォン、と小さな音をたて光が消え景色が元通りになる。空を見れば太陽が沈みかかっておりポツポツと星がまたたき始めていた。
自分の手首の腕輪を見て銀次郎は不満げに鼻をならし、太陽を背にしてレイラに向かって声をかける。
「んじゃお嬢、暗くなってきましたし行きましょう」
「いいえ、銀次郎」
「どうしたんです?」
レイラはすっと背筋を伸ばし、俺と向かい合い、ドレスの裾を両手で掴んで優雅にお辞儀をする。
「ハジカミ様、私たちと一緒に東の果てを目指しませんか?」
「えっ」
「はーっ!?」
にこにことした表情のレイラの背後から、銀次郎のバカでかい声が響き渡る。銀次郎は額に冷や汗をかきながらレイラを必死に説得し始めた。
「待ってくださいお嬢! こんな不気味な白玉連れて行く必要ないですって!」
「あら銀次郎、今の私達はすでにあの橋の課題をクリアしていますわ。橋の衛兵の話の通りならハジ様やティロ様も問題なく連れていけるはず」
「ですけども!!」
「まてまて話が全く見えないんだけど!」
東の果て? 橋の課題? 衛兵? 知らない単語が矢継ぎ早に出てきて俺の脳は混乱する。とにかく全部説明してくれと俺が言うと銀次郎はめんどくさそうに長い溜息をつき、観念したように呟く。
「白玉、一から説明したるわ。とりあえず明かり作れ」
暮れきった空の下、パチパチと焚き木の弾ける音がする。
それを取り囲むように俺と二人が座っている。銀次郎は気難しそうな顔であぐらをかいて俺を睨んでいるが、レイラはティロを膝に乗せて腹の毛をくすぐりながら何やら話しかけている、ティロの方もわざとらしい叫び声を上げながら楽しんでいるようだ。
はしゃいでいる二人を横目で見ながら銀次郎は俺に尋ねる。
「まず白玉、お前この森に来る前に橋はみたか?」
「ああ、あの崖の近くにあった橋?」
「そうじゃ。橋の向こうには東の街イーストンがあるが橋の入口は衛兵共が厳重に守っておっての、橋をわたるためには【攻撃力上昇(弱)】【防御力上昇(弱)】【回復】の三つのスキルが必要じゃ」
「ちょうどお助けアニマルから手に入る能力か」
七つの玉があるなら七つ集めてこい、六つの場所があるなら六つ巡ってこい。特定の数だけあるアイテムを全部集めるのはRPGの王道ミッションだ。
「ちなみにソロだと二つまでしか持てないけどその時はどうすんの?」
「その時はスキル二つ、お助けアニマルを一匹持っていけば交換できる」
「なるほど」
「橋をわたるときに人数制限はありませんから、ハジカミ様とティロ様もミッションをクリアした私達についてくれれば橋を渡れますわ」
ティロの腹を揉みしだきながら上機嫌で答えるレイラに銀次郎は戸惑った表情を浮かべる。
「お嬢! こいつはお嬢の身ぐるみはいで脅迫したクソ野郎ですよ!」
「元はといえば銀次郎がハジ様を倒そうとか言うからです!」
「そうですそうです!!」
「わしのせいなんか!?」
一人と一匹に諌められ言葉を失う銀次郎、うーん理不尽。
しかしこれは俺にとって好都合。俺が一人で橋を渡る場合一度セントラルに戻ってゴブリンとスライムを倒す必要があるが、このままレイラたちと一緒に行けば手間もお助けアニマルも消費しない、断る理由がない。
「いいぜ、ただ俺は明日学校あるから夜にまた来てくれ」
「学校……」
レイラが服の裾を掴み顔を伏せる、なんかまずいこと言ったか?
なんかまずいことを言ったらしい、銀次郎はさっと顔色を変え立ち上がりレイラへ優しく声をかける。
「お嬢、もう時間が遅いですから今日はこれまでにしときやしょう」
「……そうですわね。ハジカミ様ティロ様、また明日」
よだれを垂らして眠りこけているティロを膝から下ろすとレイラは消え、『ログアウトしました』の文面が現れる。銀次郎はその文面を眺めたあと急に神妙な顔つきで俺と向き合う。
「白玉、おめえ学生か?」
「うん? そうだけど」
「高校生か?」
「いやー個人情報はちょっと……」
「高校生かと聞いとるんじゃ!!」
「はい! 高校二年です!!」
「そうか……高二か。お嬢の二つ上か……」
異様な剣幕で食って掛かってきた銀次郎は俺の返答を聞くと再び大人しくなりため息をついて姿勢を崩す。なに? 学校特定されて現実世界で襲いかかるパターン?
俺の不安とは裏腹に銀次郎は自分の考えに浸りながら、ぽつりぽつりと話していく。
「お嬢はウチの組……会社の社長の孫娘でな。蝶よ花よと愛でられとったんじゃ。ところが数ヶ月前からオジ……社長がお嬢を自分の家から出さん、学校にも行かせるなといいおってそれ以来お嬢は虫かごの中の蝶になっとる」
「中学校は義務教育だろ」
「社長にそんな理屈は通じん、もともと中学を出たら許婿と結婚させる予定じゃったから誤差程度にしか思っとらんのじゃろ。屋敷の縁側でただ空と雲だけを眺めているお嬢の横顔を見るとわしはなにもせずにはいられんかった、そんなときこのゲームを紹介されてここに来たわけじゃ」
フッと目を細め諦めと憂いの混じった顔でそう語る銀次郎。説明を聞いていた俺の脳裏には世紀末覇者が牢に投獄されている光景が浮かんでいたがそれを言ったら本当に殺されそうなので黙っておく。
俺のことを無視したまま遠い目をしていた銀次郎だが、髪の毛をわしわしとかきむしり皮肉げな笑いを浮かべる。
「白玉、お前あの崖の向こう岸をわたりたいんじゃろ? 今すぐに渡れる方法を教えちゃる」
「ほんとか!?」
「ああ、じゃから今すぐわしらとは別れてくれ。お嬢にはわしが適当に話しつけたる」
「え?」
「外に出られないお嬢は一緒に旅をしていたら色々聞きたがる。お前さんの学校生活がどんなにしみったれたものじゃろうとお嬢にとっては手の届かない世界の話じゃ、届かん星が目の前にあるよりいっそ無い方が楽じゃろ」
「いやいやそんな」
「ないといいたいんか? ほんまにないといいきれるのか?」
低い声で強く睨みつける銀次郎に俺は言葉が詰まる。もともと俺が六極を始めたのも小遣い抜き無一文生活のなか、バンバン流れるガチャや広告の誘惑から逃げ切るためだったのだからここでなにか言っても説得力がない。
「とにかく、今から崖を越える方法を教えるからよく聞いとけ、まずはスキルじゃが……」
森を抜けて俺は入口付近の開けた草原へと戻ってきた。人の気配はなくさらさらと風の流れる音だけがする。
崖の向こうにある橋の監視塔には明かりの松明が燃え盛っているが橋を照らすには小さすぎ、遠くから見るとそこだけがぼんやりと光っているように見える。
小脇に抱えていたティロが目を覚まし、眠たけな表情であたりを見渡す。
「あれ、ハジさま? あの二人はどこですか?」
「急用ができたから帰るってよ」
「そうですか、ゴツい方は優しかったですがちっこい方は凶暴だったしハジさまが襲われなくて良かったです!」
「そうだな、それはいいとしてちょっとこの中隠れてくれ」
そう言って俺はマスクの首元をつまんでべろりと裏返す。首元とマスクの間の空間をティロは嫌そうな顔で見つめている。
「えー、その中に入るんですか」
「嫌ならパンツの中にしまうしか……」
「お邪魔します!!」
俺が言葉を続ける前にティロは素早くマスクの中に入り込む、細い体が輪になってマフラーとなりぴったりとくっついた。軽く体を動かしてずり落ちないことを確認したあと俺は周囲を見渡す。
空には月が浮かんでおり二つの崖の間を昼に見た巨大な鳥たちが飛んでいる。月のおかげでぎりぎり物の輪郭がわかるぐらいの明るさはあるが色はない。俺は崖に落ちないよう地面を見ながら崖際に近づき、比較的草の集まっている物陰へ隠れ息を潜めて飛ぶ鳥を見上げる。
やがて一匹の鳥が地面に舞い降りる。巨大な羽が地面に風を送り周囲の草がたなびくが、どうやら俺の姿は見えなかったらしい。口にくわえた魚を地面に置き、長い首を伸ばして鋭いくちばしで肉をついばみ始める。
「【腕力上昇】、【脚力上昇】」
スキルを宣言したと同時に俺は鳥に向かって素早く駆け出す、鳥は俺に気づき慌てて飛び立とうとしたがもう遅い。水かきのついた細い足を掴んでしっかりと握りしめる。鳥の体とともに俺の体は浮かび上がり森の木々がどんどん小さくなっていく。
「おーすげー、ほんとに飛べた」
鳥はある程度の高さまで飛ぶと羽ばたきをやめ、そのまま向かい岸へと滑空する。音もなく流れるように空を飛ぶ体験は、パラグライダーをしたことのない俺にとっては新鮮かつ少しスリルのある経験だった。
「ハジさま! 私達地面飛んでます!!」
「ティロ、動くと落っこちるからじっとしてろよ」
「言われなくてもそうしますわ!!」
マスクの隙間から顔をのぞかせたティロだったが、下に広がる景色を見た瞬間素早く戻る。必死にしがみつきすぎて爪が刺さって微妙にチクチクするがまあ我慢しよう。
目下には深い川が流れ、頭上には沢山の星がまたたいている。
「届かない星に手を伸ばすより、いっそ無い方がまし、か」
星に手が届かない少女のために牢の鉄格子の窓を塗りつぶす、その正しさを隣の牢に住んでるやつがあれこれ言う権利は無いだろう。ついでに言うならこっちは完全に自業自得だ、ますます偉ぶって何かをいう権利がない。
「まあ、お互い現実逃避頑張ろうな」
誰にでも言うでもない言葉を一人つぶやき、俺は夜の空を飛ぶのだった。




