1.サービス終了のお知らせ
『インフィニティ・オンラインは20XX年4月1日にサービスを終了します。有償石の購入につきましては』
「嘘だろ……」
長年やりこんでいたソシャゲのサービス終了に、俺こと井伏椒一は呆然としていた。
画面をタップして今後の予定とロードマップを確認するがごく少数の新規シナリオしか追加されないらしい。始まったばかりの新章でばらまきにばらまいた伏線は回収できそうにない、俗にいう打ち切りエンドってやつだ。
無気力の屍になったままスマホをポケットに入れリビングに降りると母親が椅子に座り煙草を吸いながらチラシを眺めていた、机全体に広がる沢山のチラシはたくさんの家電製品と「今ご契約された方にはどれか一つプレゼント!」と書いてある
「なに見てるの?」
「これから電気屋行ってスマホのプラン安いのに変えるけど何もらえるか見てるの」
「へえー、変えるんだ」
「言っておくけど、あんたのせいで節約することになったんだからね」
「いやほんと、あの時はすみませんでした」
「学校関係のものは現物で出すからあと一年、無一文で頑張りな」
苦虫を嚙み潰したような顔で煙草を突き付ける母親に対し、俺が頭を深々と下げているのはさっきのゲームが関係している。
インフィニティ・オンライン、ヒロインのアリシアが自分に助けを求める場面から始まり、聖なる力を持つが無力な彼女を守るためにサブヒロインたちと共闘して闇の勢力と戦う。というのが大まかなシナリオだが、昨年のシナリオでそのアリシアがガチャに登場した。
ストーリーのメインヒロインがついにプレイアブルに!という告知は当然ネットのトレンドに上がり運営もそれに見合った超絶最強キャラにした。
主人公やサブヒロインたちの戦いを後ろから応援するしかできなかったアリシアが最強の敵『全てを終わらせる者』と戦うために覚醒するシナリオはSNSのトレンドをアリシア一色に染め上げ、能力も超絶バフと回復、味方全体のスキルチャージ短縮とぶっ壊れスペックで何も知らない奴はとりあえずアリシアを引け、アリシア持っていればその時点でゲームクリアだ。とまで言われた。
ここまではいい、ここで終わっていれば本当に良かった。
問題は周囲のアリシア引けコールで完全に脳みそをやられた俺は当時青天井のガチャを引きまくり手元にない金をつぎ込んだこと。後日両親が六桁の請求書に気づき俺を挟んで丸一日の家族会議を開き、課金禁止令と一年間の小遣い抜きの刑となる。(俺は土下座してバイトをさせてくれと頼んだが昨今の闇広がるバイト環境のせいで学校側がバイト禁止令を出し、両親もこいつは金に困ったら後先考えず手を出すだろうと判断しあえなく高校卒業までバイト禁止となった)
さらにそこまでして手に入れた完凸アリシアは確かにぶっ壊れ性能だったが数日後運営が新章のぽっと出のヒロインにアリシア以上のスペックを乗せ登場。その後あれよあれよという間にインフレが起き敵もそれに合わせるようにクソギミックと高すぎるステータスで現れつづけ引退者が続出。その結果が爆速のサービス終了となった。
事件の原因であるアリシアはその後「本当に全てを終わらせた女」「ゲームの寿命を短縮するな」「敵」とボロクソにいうゲーム勢、運営のせいであってアリシアは悪くないだろの援護勢が争いあい攻略サイトのスレッドは大荒れし彼女のページだけは今も永久封印となっている。
苦い思い出を胸に秘め感傷にひたる俺を母親は完全に無視したまま、煙草を灰皿に押し付けてチラシの一枚を俺に突き出す。
「どれもこれもいまいちだし、あんた選ぶかい?」
「いいんですかいお母様!?」
「洗濯ゴミ出し、食器洗いに風呂掃除、自分の部屋の掃除全部をやってくれたらね。テストで赤点取ったら即没収」
「かしこまりましたお母様、不肖の息子井伏椒一、精一杯やらせていただきます!」
「頑張りなよバカ息子」
慈悲深きマイマザーに九十度のお辞儀をしてさっそくチラシの内容を隅から隅まで眺める。
ただ働き確定になったがこの機会を逃せば延々と三十秒の広告を見ては閉じるボタンを探すゲームしか遊べないんだ、バイトだバイト。
テーブルの上にあるチラシを片っ端から眺めてめぼしいものを探し始める。
「スヲッチにPL5あるじゃん、どっちも型落ち品だけどアーカイブつきオンラインプレイ一年間無料ついてるならこれでやり過ごして……ん?」
チラシの中に書かれている家電製品の山の中、俺の目はある商品に惹かれる。
「Rapid Rhythm Realism社のVRヘッドセット、さらにRouge Kick Yoke一年間のパスコード付き……VRゲーム?」
据え置きのゲーム機にVRゲームという選択肢が入るようになったのは、比較的最近のことだった。
これまで値段の割に内容が微妙といわれていたVRゲームだったが、一年前Rapid Rhythm RealismことR社が出した新開発のゴーグル「SENSUS」は視覚聴覚の違和感のなさは当然として味覚触覚嗅覚などそれまでカバーできなかった感覚を再現、さらに値段はこれまでのVR機器より同等以下というぶっ壊れスペックであっという間に大ヒット、現代のオーパーツとしてその名が知れ渡っている。
その超技術を余すところなく使われたのが同じくR社開発の「Rouge Kick Yoke」通称ロッキョク。
VRゲームを触ったことのない俺でも名前程度は聞いたことのある有名なソフトだ。ジャンルとしてはファンタジーRPGだが圧倒的なグラフィックとVRならではの体感、多種多様なスキルを売りにしている、と聞いたことがある。
チラシの内容を見るとゴーグルとセットで一年間のオンラインパス券が手に入るらしい。パッケージ写真らしい小さな絵の隣にはこんなキャッチコピーが書いてある。
『様々なスキルを使って世界の果てを目指そう! この世に二つとない冒険をあなたに!』
(スキルを使って世界の果てを目指す……ねえ)
噂ではうっすらとその凄さ自体は伝わってきているが、内容を読む限りごくありきたりのRPGにも思える。
「まあわかんねえときはネットの評判聞くのが一番、さてさてクソゲーか神ゲーか……ん、んん~?」
ポケットからスマホを取り出し調べてみると評価は3.5、ゲームとしてはかなり低いがそこはまあいい。
問題は内容でネットショップのページでは星一と星五ばかりで神ゲーと称える声もあればクソゲーと唾を吐く声もあり、そもそも共通しているのがファンタジーRPGであることぐらいであとは全員言っていることが全部違うという混沌とした状況だった。ミッションや出てくるモンスター全員違うとかそんなことある?
一応攻略サイトも見てみたがそこでも意見の食い違いによる何十行にも及ぶレスバやこれ絶対開示請求くるやつだろと思える特定HNに関する恨みつらみなど見ただけでSANチェック入りそうな電子呪物と化している。スマホの画面を落として眉間にしわを寄せ、俺は考え込む。
「万人が太鼓判を押したわかりきった神ゲー百本か、クソかもしれない未知の一本か……」
俺の答えは決まっていた。
「宅急便でーす」
「あざーす、これハンコ」
翌週の土曜日、約束の労働である部屋の掃除と風呂掃除を終え、入浴後夕食をとってからリビングで宅配便の車を待って荷物を受け取る。
さっさと二階に上がって届いた荷物を開封する。一抱えもある段ボールの中にはみっしりと詰まった商品用の箱があり、それを開くと白くつやつやの本体に黒い一面グラスが張られたヘッドセットが現れる。
「へえ、結構でかいんだな」
ヘッドセットに備え付けられた説明書を見ながら充電しつつ、現代のオーパーツをまじまじと眺める。
結局俺はクソか神かよくわからないほうに手を出した。
理由としてはVRゲームをヘッドセット込みでタダで買えるチャンスはここ一度きりだという確信が一番。五感含めた未知の冒険への好奇心が二番。
三番目以降の細かい理由として最近無料ゲームのCMばかり見て平面的なゲーム画面にうんざりしていて有名どころのゲームはだいたい動画でネタバレを知っていて興味がわきづらく、ついでに個人的にレトロゲーにトラウマがあるんでやりたくないという事情もある。
「まあクソゲーだったとしても本体は売れば金になるし」
脇にあるスイッチを押しゴーグルを顔に取付けベッドに寝転がると暗闇の中映画のスクリーンのように巨大な画面に「ようこそ」と表示されているのを見て少し感動する。
その後大画面でID登録と個人確認をいたします。という表示と共に読み込みを示す青い矢印が円を描くようにくるくると回っている。
どうやら購入した段階で本体とスマホの契約が紐づいているらしい。端末購入にありがちな面倒な手続きもなく、その後ゴーグルから出てくる確認の音声に適当にハイハイと受け流すとあっという間に完了した。
「ID登録が終了しました。本日は何をご希望ですか?」
「Rouge Kick Yoke始めてくんない?」
「かしこまりました、井伏椒一様は一年間のフリーパスコードをお持ちなので来年の三月まで無料で遊ぶことができますが、四月から有料となっておりますのでご注意ください」
「三月? あー、スマホのプラン変えたのが先週の三月末だったからそこからか。まあ一年遊べたら十分だろ、了解了解」
「かしこまりました、それではRouge Kick Yokeの世界へいってらっしゃいませ」
音声が終わると同時に目の前の暗闇に幾何学的な亀裂が走る。亀裂からは白い光が漏れ出し一気に強くなり、それが収まるとあたりの様子は一変していた。
「おー」
目の前の光景を見て俺はちょっとした驚きの声をあげた。
いつの間にか何もない真っ白な空間に一人立っている。立っている、というのも不思議な話だ。さっきまでベッドに寝転がっていたはずなのに俺の体はまっすぐに直立していた。試しに二三歩歩いたりジャンプするが問題なく動ける。
(寝てても夢の中だと歩いて動き回れたりするし、そういうもんなのか)
現代のオーパーツと言われる超技術に素人があれこれ考えても無駄だと思い俺は思考を放棄すると一通り動き回って落ち着いた俺の目の前に水色のウィンドウが現れた。
ウィンドウにはキーボードが付いており、メッセージが流れる。
『プレイヤーの名前を決めてください』
「名前か、考えてなかったから適当でいいか」
深く考えないまま「ハジカミ」と入力する。俺の名前は井伏椒一だが椒の字がまったく出てこず、山椒と入れては消す毎日に嫌気がさして調べたらハジカミで一発変換できたのでそれ以来適当に付ける名前はこれにしていた。(みんなもやってみよう!)
『アバターの体系と顔を編集してください。右のインポートで個人アバターをインポート、左のランダムボタンでランダムに変更することもできます』
アナウンスが終わると同時に目の前に大きな壁が現れる。壁にはマネキンが一台埋め込まれその隣に髪や目のパーツとそれらを調整する細かいスライダーがたくさんついている。
「キャラクリ苦手なんだよな、個人アバターなんて作ってないしとりあえずランダムっと。これはちょっと違うな、これもパス、うーんかわいいけど女キャラで低身長は動き変わりそうだしパス、逆にこれ選ぶ奴の顔が見てえよパス!」
ランダムに変化するマネキンをあれでもないこれでもないとスワイプしているとあるアバターの前で指が止まった。
「ん?」
ランダムボタンをタップする指を止めたまま目の前の相手をまじまじと眺める。身長は今の俺と同じぐらいで体系も中肉中背(ゲームキャラなので多少の筋肉はついてる)ぱっとみ凡庸な顔をしているが、よくよく観察すると磨けば光る原石のような鈍い輝きを感じる。
「これをベースにもう少しいじれば……、目元はもっと深く顎ももう少し削って」
ミリ単位で調整するスライダーをいじり俺は目の前のアバターの調整にかかりっきりになるのであった。
「ゼエ……ゼェ……やっと完成」
つややかな肌と口元の甘いラインは幼子の若さを生み出しているが反対にやや角ばった顎と喉ぼとけが大人の男として見事なコントラストが生み出されている。
鼻は高く鼻梁がはっきりと通っており、深い二重瞼とまつ毛で彩られた目は遠くを見据え、大空を飛ぶ鷹のよう。
彫刻のように整えられた顔は最近のAI顔みたいな量産型ののっぺり感はなく非現実のアバターとは思えないほどの重厚な存在感をかもしだしている。
ビューティフォー、絶世のイケメンオブイケメン。美しさが罪ならこれは終身刑。
視界の隅に移る時計は午前三時を指しているがそんなことよりも目の前のアバターに視界がくぎ付けにされ、目の前の美そのものの彫像に俺は深く納得し決定ボタンを押す。
『名前とアバターが決定しました、ゲームを開始いたしますのでしばらくお待ちください』
「あ、ステータス設定はないのか、重戦士ビルドにしようと思ったんだけど」
ピンチに陥った人々の前に颯爽と現れ重い両手剣を自由に振り回す鋼の騎士。そんな脳内ロールプレイを前提にステ振りを考えていたがこの時点ではステータス割り振りが出来ないことに拍子抜けする、まあ後々装備やらレベルアップやらで自分で調整すればいいか。
目の前の青い読み込み画面が回転するごとに白い世界に亀裂が入り再び光に満ちあふれ俺は白い視界の中を見据えて一人笑う。
さて、俺の一年間を預けたんだからそのぶんきっちり楽しませろよ。