ハートに火をつけて
安井はキャリアコンサルタントの資格の修了試験を終えて本試験まで二ヶ月を切っていた。
そんな安井は悩んでいた。
悩みといっても今までの様な年齢や健康、仕事、家族、金銭の様な悩みではなく、だからといって、相談されてきた神様達絡みの悩みでもなかった。
安井が勉強していた資格の試験についてである。
単純に試験の問題が分からないから悩んでいる訳ではなく勉強していくほど、安易な気持ちで受講した自分が他人の人生に、寄りそい、アドバイスをして未来の可能性を提示できるのかと悩んでいた。
資格の勉強に安井なりに頑張ってはいるが他の受講者や高嶺さんみたいな人の様に仕事が元からできる人と同じ事をしていくことに引け目を感じ始めていた。
安井は頑張りの蓄積、言い換えれば努力の継続を、していなかった自覚があり、怖くなってきたのかもしれない。
安井は講習を受けてる時は新しい事に挑戦しているという気持ちが強く、好奇心と満足感が足を進めていた。
修了試験が終わり。本試験が近づき、一人で教科書を見て学んでいると、安井は今まで勉強していない事に気づいたのだった。
元々気付きはしていた。
確かに安井は勉強の努力はしていなかった。
だが安井は他の受講者より苦労はしてきたと思っていたというより思うように考えていた。
進学も上手い事いかず、順風に就職出来ず、就職してからも就職先の会社の経営が良くなく結局倒産。最初の会社にて失業の憂き目めにあい苦労した。苦労して見つけた転職先も、いつまでも新人が来ない為いつまでも安井は新人の様な扱いを受けていた。
最初は苦労なら負けないと思う事で他の受講者とのキャリアを気にしなかった。
そんな他の受講者とのキャリアを気にしない安井が勉強をしていく内に自分のキャリアと向き合っていく事で軽いと悟ったのだった。
軽い
重い
いや、想いが
そう安井は資格を受ける時の決意が他の受講者よりも軽く感じていた。
他の受講者は、困ってる人に、どう接して寄り添えるかを考えて学びにきたり、会社の組織人事にて活躍を考えていたり、自分の研鑽の為学んでいたりする。
安井は本気で転職を考えていた訳ではなく、ただ逃げている自分に、言い訳できる理由を探して受けていたのではないかと
安井は苦労は我慢できる方だと自分では考えていた。ただ、環境が変わる努力はしてきたとは思えなかった。
それを変える努力とは想いでは無いかと、そこに自分は想いが軽いのでは無いかと
そんな自分に相談を受ける相手が可哀想では無いかと自分なんかに相談せず他の同期の人に相談した方がいいのではないかと、
安井は負のスパイラルに一人ハマっていた
それは自分に対する自信の無さと他人の人生に向き合う覚悟の無さから、きていたが他人から見たら資格も取得してないし先の事で悩んでいるのは愚かであった。
神様達との相談での熱が冷めた安井は本当の意味で人生と向き合う時間が来ていた。
その悩む姿の安井を上から見てる影があった。
◇◇◇◇◇◇
安井は自信も熱意も薄くなってきていたが惰性的に資格取得分の修了講習が終わった後。
本試験がある前に、試験対策用の事前ロールプレイの講義がある。
それを言われるままに申請していた。
ロールプレイの相手はプロの資格の先生を、個別にゲストとして呼んで実践風に相談練習をしてくれる。
いつもなら生徒同士でするので、どうしても相談内容や相談の返しが甘くなりがちであるので本試験の資格の実技も担当されたことある講師が相手してくれるのは勉強になるのだった。
今日の先生は安井より少し年配そうに見えるが美人の女性だった。
素朴な服装と化粧をしているが品位と知性を伺える女性の先生である。安井は初めて見る先生だなと考える。普段なら浮ついた気持ちで先生が美人の女性で楽しくなるのだが安井はまだ気持ちが落ち着いてなかったので、浮ついた気持ちにはならずにいた。
ちなみに、こちらのロープレもWEB上で行うので相手が誰であれ、よく姿を見えはしないのだが‥‥
安井の気持ちが入らないままロープレが始まる。
「はじめましてキャリアコンサルタント役の安井と言います。本日はよろしくお願いします」
「平良と言います。本日はよろしくお願いします」
美人の講師の先生は名前を名乗り頭をさげる。
「平良さんですね。本日は、どんなご相談で来られたんですか?」
「実は仕事を考えているのですが自信がなくて困っていた時に相談できる窓口があるときき知人に紹介されてきました」
「そうですか今回は仕事のご相談で来られたんですね?」
安井は相談内容を確認すると相談役の女性は頷かれる
「それで自信がないとは、どうしてでしょうか?」
「はい、実は今まで私仕事をした事がありませんの。今の夫と出会い、すぐに結婚してきたものでして」
「なるほど就職される事なく、すぐに結婚されてたので家庭以外の仕事経験がないのですね?」
「そうです結婚して子供も大きくなり手を離れたもので私も仕事しようかと考えています」
「良い考えだと思います。ご家族の方はどう言われてるのですか?」
「子供は私の自由にしたらいいと言ってくれてますの。夫は、夫で自由にされてますから。私も自由にさせてもらおうかと考えています」
少し夫とのところに言葉に含みがある。
流石に先生である。相談のロープレながら感情が入った演技が上手い。
だが夫婦間のところが複雑そうに感じるが立ち入るべきなのだろうかと迷う安井
「平良さんは仕事をしたいとお考えの様ですが、どんなお仕事を考えられてるのですか?」
家庭の事は聞かず話を進める事にした安井であった。決して相談役の先生の笑みが怖い迫力を画面越しながら感じて圧力に負けたわけではない。と自分に言い聞かせた。
「仕事は私でできる事ならばと考えていますが希望があります」
「どの様な希望ですか?」
「私ベースボール観戦が趣味でして。それに関わる仕事をしたいと考えていますの」
「なるほど趣味に関わる仕事をお考えなのですね。では、それに関わる仕事を調べられたりはされてますか?」
「今はまだ詳しくはしておりません。ただ社会経験もなく、この年まで主婦として生きてきました。大丈夫でしょうか?」
「主婦として頑張ってこられたのですね。子供が手を離れるまでされてきて素晴らしいことだと思います。社会経験がないと平良さんは仰いましたが主婦もマルチに清掃、料理、子育て、近所付き合いと仕事をしています。それらのキャリアは活かせると思います。詳しくお聞きしてもいいですか?」
「そんな普通の事が社会で活かせるのでしょうか?」
相談役の先生は心配そうに聞いてくる。
画面越しながら美人が心配そうに頼ってこられる演技に安井は内心モニター越しで良かったと考えていた。女性に慣れてない安井が実際に目の前にいたら目を晒していたのかも知れない、本番なら減点になりかねない、できるだけ内心をみせず堂々と振るまう。
「大丈夫です」
頷く。
「では、今までの経験をお聞きした上で平良さんのご希望の条件とかを教えてください」
「はい、私の経験ですね‥‥」
それから働く希望の条件を聞き就職を見つける先に役立つサイトや機関と技能講習が学べる施設などを紹介する流れを話して時間が終わる
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ロープレの時間が終わり先生の評価を聞く時間になる
「安井さん自分がよく出来たと思うところと上手く出来ないと思ったところは何処か教えてください」
「はい。上手く話していけたと思う事は、相談者に対して今までのキャリアが無駄では無いと思ってもらえたら事が良かったです。上手く行かなかった事は相談者の家族の事をもっと踏み込んで聞いた方が良かったのでは無いかと考えています」
「そうですかね。確かに主婦しかされてない方に今までの経験を活かせますと強く推されたのは心強く感じまして良かったですよ」
「ありがとうございます」
「家庭の方は相談者の状況確認は大事ですが今回の場合は問題ないと思います」
大丈夫と言われてホッとする安井。演技で訳ありそうにされたので、そこを聞かないと減点では無いかと考えていたのだ。関係ないなら訳あり風な演技はやめて欲しいと思うが言葉にしない。
それに先生の笑みは圧を感じるのだった。
安井は先生の評価を聞くと予定より少し時間が余ったので自然と雑談時間になる
「安井さんロープレを今回初めてお相手させて頂きましたが少し気になった事があります」
「なんでしょうか?」
「安井さん迷われてませんか?」
安井は少し言葉に詰まる。
上手いこと内心の迷いを隠してロープレを演じれていたと思っていたからだ
「はい、少し悩んでいます」
正直に打ち明ける事にした安井
「何に悩まれてるのでしょうか?」
「恥ずかしいのですが自信がないのかもしれません」
「自信とは自分にですか?」
「はい、自分の経歴で他人の相談者に自信をもって伝えていいのかと」
「安井さんは今回私に主婦は素晴らしいと言われましたね嘘なのですか?」
「嘘ではありません。他の方が生きてきたキャリアは素直に尊敬しています」
「尊敬されてると言いますが、安井さんは逆の立場で私があなたのキャリアを褒めたら、あなたは卑屈になるのですか?」
「いえ、そんな訳では‥‥」
「自分のキャリアなど気にしては、あなたより凄いと思う人には卑屈になり、あなたより大した事ないと思えば偉そうに振る舞ってしまいますよ」
安井は言葉に詰まる
「相談者に寄り添い共感するといっても、その方と同じ経歴など必要などないのですから決して相談者に同意するわけではないのですから」
「すいません」
「謝る必要などありません。人の人生の転機に関わるのです。その言葉の重さは感じる必要はあります」
先生の言葉は続こうとしていたが時間が残り少なくなり、そのままお礼を言ったら回線は切れる。
何かやりきれない気持ちのまま、やるせない気分が続き講習の後テレビを付けてボーッとしている安井であった。
「はあ、カッコ悪いし情けないな」
安井は呟く。
安井は携帯に目を移すと高嶺からのメールがきている事に気づいた。
どうやら、結構な時間ボーッとしていたようだ
内容は お互い試験頑張っていきましょうね!
という激励とヘスティアが新曲を今度出すので聞いて欲しいという内容であった。
安井は、ヘスティアから頂いたファンクラブカードを神棚から下ろすと教えて貰った操作をする。
ヘスティアがアイドル姿で浮かび出し歌を歌っていた
浮かび上がるヘスティアを食い入る様に見つめる安井であったが動画が終わると突然笑い出した。
ハッハッハッ
なんだ結局は逃げ腰だったんだな俺は、必要なのは一つだけだったんだな。
まさかヘスティアさんに教えてもらうなんて、いや、いつも救われてたかな。
安井は笑いを止めると高嶺に返事を送るのであった。
ヘスティアの新曲
ハートに火をつけて
それは安井が苦手だとしていた逃げていた事である。
ただ、もう俺の尻には火がついてる。
今更胸に火がついて何が困るのだと呟く。
安井は自覚してないだけで火を灯して移す篝火になっていた。