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自動ドア

作者: 雉白書屋

「……フッ。未来……か」


 その男は自宅の地下にあるシアタールームのソファーに座り、そう独りごちた。

 彼が今見終えたのは古い映画。製作された年代から数百年先の未来を舞台にしたSF物だった。そして、彼がいる現代こそがその映画が描いた未来だ。

 過去と未来は連続している。昔の人々が映画で描いた未来の光景は一部当たっていて、感心もした。しかし、その映像技術や面白さは現代の映画と比べると見劣りし、一部のインテリぶった愛好家以外、昔の映画は今ではほとんど注目されない。しかし、彼はこうして古い映画を見下し、悦に浸るというのが趣味だった。

 彼は伸びをしてソファーから立ち上がった。飲み物などは後でアンドロイドが片付ける。そう、それが未来の生活だ。彼はあくびをしながら部屋の出入り口へ向かった。そして、自動ドアが開いたそのときだった。


「ふがごぉ!?」


 ドアが突然閉じ、彼はドアと壁の間に挟まれた。

 

「もあ!? あがごごごあぁぁぁぁ……」


 ドアは横開きで壁に収納されるタイプで、今ではほとんどの家がこのような造りだ。

 ドアが閉じた勢いで彼の右手首が顎の下に入り込み喉を圧迫し、肘が前に出した左腕の関節を上から押さえつけた。足は絡み合い、尻はやや後ろに突き出している。


「ほっ、ほ、ほ、うほ、ほ、ほ」


 彼は酸素を取り込もうと精一杯唇を尖らせ、興奮した猿のように短い呼吸を繰り返した。

 見開いた目は自分の身に何が起きたのかを探ろうとぐるぐると動いた。挟まれた際の衝撃と痛みで頭の中が真っ白になっていたが、彼は自分がどういう状況にあるのか理解した。そして、嘆き、怒った。


 ――これだから中古は!


 彼が今住んでいる一軒家は実は中古で数世代前のタイプ。予算がなく、他に手が出せなかったのだ。

 マンションか戸建て、買うならどちらがいいかという論争はこの未来でも未だに続いており、友人と飲みの場でも時々、話題に上がった。もっとも、その友人たちと比べて収入が劣る彼はその議論に参加することができず、それを恥じていた。だから彼は節約をしながら真面目に働き、金を貯め、そしてその貯金をはたき、最近ようやく念願の我が家を手に入れたのだ。中古だから仕方がないと多少の不具合は目をつぶっていた。しかし、こんなことが起きるとは思ってもみなかった。


「が、あ、ご、あ、え、エ、エレナ! あ、ご、エレ、エレナ!」


 エレナとは彼が所有しているアンドロイドで、家事はもちろんのこと、セックスまでこなす未来の独身男性の必需品。

 しかし、ここが地下であることに加え、声が小さかったせいかエレナは彼の声を拾えなかったようで、そのまましばらく待っても一向に姿を現わさなかった。

 エレナに頼ることを諦めた彼は、身をよじってどうにか気道を確保し、そして脱出を試みた。本来の住宅なら、当然このような事態に陥ることなどない。しかし、このドアは安全装置に不具合が生じているようで、今も閉じようと凄まじい力が働き、彼の体をミシミシと鳴らしている。

 彼は足先に力を入れて前に進もうとしたがうまくいかなかった。次に、後ろに体の重心を移動させようとしたが、やはり動かない。ふと、「下手に動き、喉がドアに挟まったら……」と考えた彼は背筋が凍った。


「エレ、エレナァァ……ぐあぁうおごごご、エレ、ナァァァ……」


 彼はまたエレナを呼んだ。廊下に声が消えると、虚しくなり、次に怒りが込み上げてきた。

 クソクソクソクソクソクソと心の中で罵倒を繰り返す彼。力を振り絞り、前に進もうとしてみようか。どうなっても……。彼がそう思ったそのときだった。階段を降りる足音がした。

 エレナだ。名前を呼び続けていた効果があったのか、それともいつものように片づけに来たのかは彼にはわからなかったが、彼は大きく息を吐き、安堵した。そして今度は大きく吸い込み、エレナの名を呼んだ。


「エレ、エレナ、あごご、エレナァ!」


「はいはいはい、何か御用ですかぁ」


「たす、助けてほしいんだぁ……」


「はいはいはいはい、お股が苦しいのですねぇ。いつものようにスッキリさせてあげますからねぇ」


 と、やってきた彼女は曲がった腰をさらに折り曲げ、彼のズボンを少しずり降ろすと、おもむろに彼の陰茎を咥えた。


「おごぉぉぉぉ!?」


 身悶える彼。「ばか、ばか、見えないのか! この状況が分からないのか!?」と舌足らずで苦しげに叫ぶ。しかし彼女、エレナは実際、この状況を理解していない。

 エレナ。彼女もまた、何世代前のアンドロイドなのか所有者である彼もよくわかっていない中古品だった。腰は曲がり、アンドロイドは本来なら人間に似せるために全身を人工皮で覆っているはずなのだが、エレナにはそれがなくボディは剥き出しに。おまけに錆に歪みに白い部分のパーツは黄ばんでいる。

 搭載されている人工知能も古く、思考や動きが緩慢。音声も掠れ、たまにノイズを発する。まるで老婆のよう。むろん、これも彼に金がなく他に買えなかったゆえ。

 アンドロイドは本来ならば口での奉仕の際、潤滑油が分泌されるのだが、エレナにはそれもなく舌もなく、歯は何本か欠けている。そして故障により口が大きく開かないために、彼は尖った石で陰茎を挟まれているような痛みを味わった。

 こうなることは目に見えていたので彼は口での奉仕など一度試したきりで、その後は一度もさせたことはなかったのだが、メモリーの不具合により、いくつか前の持ち主と彼を混同しているのかもしれない。以前からたびたびこのようなことがあったのだ。

 

「ご、ご、ご、エレ、ナ、やめ、ろ」


「エレナって誰ですかぁ?」


 不具合により、エレナの声は喉の辺りにある穴から出る。頭部は機械的に前後に動き、止まらない。


「いっぱい出ましたねいっぱい出ましたねいっぱいいっぱい出ましたねまだまだまだ出ますね溜まってますね」


 エレナは嬉しげにそう言った。彼の睾丸は確かに破裂寸前であったが、それは自分の両ももに圧迫され続けているためであり、エレナの口内に出たそれは血である。

 その後、しばらくの間、エレナの奉仕は続き、やがてその上下運動が止まると、痛みと息苦しさに意識が朦朧としていた彼だが、ようやく終わったのだと悟り、力を振り絞って言った。


「ド、ドアに、挟まれているん、だ、手で、ドアを、押し戻して、くれ……」 

 

「ドア、ドアですね、はいはいはい」


 アンドロイドの力ならばドアを押し戻せる。完全にではなくとも、少しでも開かせることができれば脱出できるかもしれない。彼はそう考えた。


「さぁ、たの、たのむぅ……うぐあ……立って……さあ……」


「はい……はい……は……」


「エレ、エレナ……あ、あ、あ……」


 しかし、エレナはドアに手を伸ばしたまま動きを止めた。ついでに彼の陰茎を口に咥えたままである。どうやら彼の血で回路がショートしたようだ。


「ば、ば、あご、ば、ぽん、ぽんこちう、あ、あ、あ!」


 ろくに罵倒もできず、助かる見込みもない。彼は押し寄せる絶望を前に足先から冷えていく感覚がした。しかし、そのお陰か彼はフッと一時的に冷静さを取り戻し、力を振り絞り叫んだ。


「あ、あ、アン、アンドリュゥゥゥ!」


 アンドリューとはこの家に備わる自動機能を統括するAIである。未来ではどの住宅にも搭載されており照明はもちろん、ドア、窓、あらゆる電化製品とリンクしており、口頭などでの指令に忠実に従うのだ。


「ドア、ドア、ドアをぉぉぉぉぉ開けろぉぉぉぉぉ……地下だ……いや、全部屋、開けろぉぉぉ! あぁぁぁ……」


 時に、古い物は妖に変化するなどという言い伝えがある。もっとも、それこそ旧時代的。あり得ないことだと鼻で笑っていいが、そういった言い伝えには何らかの根拠を孕み、また教訓を得られるものではないだろうか。

 古いものでも大切に扱おう、などの。

  

『命令をきょきょきょきょ拒否しままままままままままままます』

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