遺跡の夜
とある砂漠。新たに砂に埋もれていた遺跡を発見したと言えど、一年近くも経てばその熱も冷め、また元々大して世間の興味も引いておらず、深夜。調査を続けていたのはある年老いた考古学者のみであった。
「うーむ」と唸る博士。数週間前、遺跡の屋上のこの石板に触れたとき、確かに電流のようなものが走り、また文字が光って見えたのだが、やはりあれは気のせいか。徹夜続きだったものなぁ……。
と、博士が上体を大きく反らし、伸びをするとパキポキと子気味のいい音が鳴った。そして美しい星空をその瞳に映すと自然と頬が緩んだ。これでいい。これまでも、そして老い先長いとは言えないこの人生を捧げ、後の世代に知識の橋渡しをするのだ。
と、思っていたそのときであった。光がこちらに向かって来ていることに気づいたのは。
「あ、あ、あ、あ」
隕石などではない。その姿が徐々にはっきりしていくにつれ、博士は夢か幻としか思えなくなり、連絡を取り、人を呼ぶなどおよそ理知的な行動をとることすら考えられず、ただただその場に立ち尽くすことしかできなかった。
そして、それは白煙を上げながら博士の目の前に停車した。
「アー、アー、通じてますか? 翻訳できてますよね?」
「あ、あ、あの、これは……機関車……?」
ようやく口にできた言葉。博士はふふっと笑いそうになった。夢だ夢にきまっている。まさか、そう言わば銀河鉄道が目の前に現れるなどありえないのだから。
「あー、そうですね。お乗りでしたらどうぞ」
車掌らしきその宇宙人は博士に向かってそう言った。
博士は口を開けたまま考える。もし万が一、これが現実だとするとこの遺跡は、つまり駅ということになる。なぜ今、ああ、やはりあの石板が関係しているのか。もしかすると知的生体に反応するテクノロジーが……。
「あのー、もしもし?」
しかし、これが宇宙船であることは間違いないだろうが、なぜ機関車に似ているのだろうか。無論、銀色でところどころ違うところは見受けられるが、いや、地球の機関車がこれを真似ているのだろうか。
太古の昔から宇宙人と接点があったのなら、それも不思議なことではない。各地にそういった跡がなくもない。
「あのー、乗らないんですか?」
「え、あの、いや、えっと私を迎えに来たんですか? わざわざ?」
「あなたをというか、まあ、そうですね。ここはちょっと前に廃駅となったはずなんですが最近、乗客の反応が出たのでそれで、こうして寄ったわけです。あ、それはカメラですか? 写真はおやめくださいね。規定により全駅で撮影禁止となっていますので。迷惑な輩がいましてね」
やはり、あの石板に触れたことが関係しているようだ。しかし、ちょっと前に廃駅とは宇宙人の時間間隔は地球人のそれと大きく違っているようだ。続々と出る新たな発見に博士の脳は耽溺し、一種の陶酔感に浸った。
弛緩する博士に対し、訝しがるような表情を見せる宇宙人。こちらの言葉を待っているのだと博士はハッと気づき、何かを言わなくてはと思った。
「えっと、あ! 前にここを利用した人は、その、どんな人でしたか? 名前とか、今もどこかの星にいたり、いやさすがにそれはないか……」
「えっとですねぇ、記録によると……ええ、います。二人。でも乗ったのではなく降りた人です」
「え、それは一体……」
「ええと名前はここの言葉で言うと……ああ、アダムとそれにイヴですね」
博士はううむと唸った。
これは自分の分野ではないのでは、と。そして車掌に再度促されると、ふらふらと列車に乗り込んだ。もう考えることに疲れていたのだ。