父も母も強し
ゴーマンが下した決断。それは――。
「な、なるほど。夫人のスチュワート伯爵への深い愛は、よく理解した。それに伝統と信頼に裏打ちされたプロネス商会の報告書であれば、間違いはないだろう。きっとマーガレットは、紋章を見間違えたのかもしれない」
つまりはゴーマンは母親の言葉に乗っかり、マーガレットが別人を父親と見間違えことで、着地させようとしていると分かった。見知らぬ相手の身分の確認には、身につけいている物の紋章が使われる。我が家の紋章と似た、いずれかの人物がセクハラ犯なのだろう――これで着地させようとしていた。
「きっとそうでしょう。わたしは愛妻家ですから、妻以外に手を出すことはありません。とんだ誤解だったということで、本件は一件落着としましょう」
父親がこうフォローすると、ゴーマンも「そうだな」と幕引きをはかる。
ひとまず父親の断罪は回避されたものの。
私と婚約破棄できないゴーマンは、ヒロインであるマーガレットと画策し、やはりまた何かしでかすだろう。もうその不毛な攻防戦は終らせたい。ならばここは私が――。
「殿下」
一件落着と言ったはずの父親が声をあげ、母親が私の肩に手を置いた。そして耳元に顔を近づけた母親は「大丈夫よ、キャメロン」と囁く。
一方のゴーマンは、苦い顔をしている。私の両親を敵に回し、面倒になり、ようやく解放されると思った。だがまた声をかけられたのだ。そんな顔になるのも、当然だろう。
「妻によると、プロネス商会の報告書には、殿下とそちらのターナー公爵令嬢についても、詳細が書かれていました。……わたしとしては、少々驚くような内容も、書かれていたのですが……」
父親が、青みがかった紫の瞳をゴーマンに向ける。その視線は鋭く、ゴーマンはハッとして息を呑む。これはゴーマンとマーガレットがイチャイチャしていた様子が……記されているのだろう。
「そ、それは……」
ゴーマンの声が震える。マーガレットの顔色も変わっていた。
既にアントニーからの報告で、二人が学園のイベントや馬車の中でキスをしていることは聞いていた。隠れてイチャイチャしているつもりだろうが、どこにだって死角はある。プロネス商会の調査員は、その死角に潜む。見逃すことはない。
そこで理解する。母親が父親の行動監視をしていた――というのは詭弁だ。本当の目的は、ゴーマンとマーガレットの浮気現場を、押さえようとしたのだと思う。きっとアントニーが両親に話したのではないか。この二人が親密にしているらしいと。そのことで私が気を病んでいると。
「た、頼む。いえ、お願いします、スチュワート伯爵。べ、別室で話をしましょう。その、二人きりで。お願いします」
今にも土下座しそうな勢いで、ゴーマンが体を折り曲げ、頼み込む。父親は笑顔で「かしこまりました、殿下」と答えた。
◇
結局。
私の考えた、破廉恥な策は、遂行せずに済んだ。しかもゴーマンとの婚約は、王家からの申し出で、解消することになった。なぜ婚約解消になったのか。王家は公表することはない。多くの貴族が知りたがったが、噂は既に水面下で流れていた。表立っては皆、「いったい何があったのかしら?」「でも新しい婚約者は、公爵家のご令嬢でしょう? 政治的な配慮があったのでは?」なんて言っている。
この世界、多くが語られない事案は「政治的な配慮」で片付けられることが常套だった。
よって表面的には「政治的な配慮」となっているが、裏では……。
「殿下が公爵令嬢と浮気されていたそうよ。婚約者がいる王族が、浮気なんて。スキャンダルですから。もう隠し通すために、大変だったようよ。知っています? 王家が所有していた金山の一つは、今回の婚約解消のお詫びとして、スチュワート伯爵に譲られたそうよ」
「まあ! それは婚約契約書に規定されている、賠償金や違約金に加えてということ?」
「ええ、そう聞きましたわ。王家としては相当な痛手だったようですけど、その分をしっかり、ターナー公爵から搾り取ったみたいですわよ。でもターナー公爵からも、スチュワート伯爵家に、かなりの額のお詫び金が支払われたと聞いたわ。しかもターナー公爵は、領地替えで地方領へ移ることになったそうで。そこは領地の半分が砂漠のような、不毛な場所だそうよ。それに王都のタウンハウスの所有が認められず、あの豪邸は競売にかけられ、それがお詫び金になったらしいわ」
この情報を流したのは……アントニーだ。時に女装して、社交界に潜り込み、こういった話を流すことができるのも、彼ならでは。しかも流している話は、すべて事実だった。