断罪される父親
ホールに用意されたステージの中央に来たゴーマンは、一礼をすると、おもむろに口を開く。
「父兄の皆様、本日はお忙しい中、卒業式に続き、王立ケイナー学園の卒業舞踏会にお集まりいただき、ありがとうございます。卒業生総代として、この場で挨拶をするつもりでいたのですが……」
「「ゴーマン殿下!」」
父親と私の声が被さり、ビックリしてしまう。
でも驚いたのは、ゴーマンも同じ。
何事かと思いつつも、無視するわけにはいかない。
ここで私の心臓は激しく鼓動している。
ゴーマンは父親と私、どちらに対して反応をするだろう……。
「スチュワート伯爵。僕の発言を邪魔するとは、よほどのことなのでしょうね」
「はい、殿下。ご存知かと思いますが、わたしの兄であるエドモンド公爵は通称“王の影”で長官を務めています」
私はそこでハッとする。王立騎士団がこの国の光であるなら、父親の兄であるエドモンド公爵はこの国の影、つまりは隠密活動を行う秘密諜報部の長官だった。
「その兄によると、殿下の後ろに控えるターナー公爵令嬢が、不穏なお金の使い方をされているとのこと。リーアン子爵の令息、モナミザ伯爵令嬢、ミリエッタ男爵令嬢の銀行口座に、高額なお金が渡っています。そのお金がなんのためのお金であるか、さらなる調査が行われる予定と聞いていますが……」
そこで父親は鋭い視線をゴーマンに向ける。
「殿下は、ターナー公爵令嬢と大変親しいという話を聞いています。そのようなご令嬢と」
「黙れ! き、貴様、マーガレットを侮辱するつもりか!? ああ、そうか。僕はマーガレットから相談を受けていた。スチュワート伯爵が、僕達の通う学園に顔を出した時、ここにいるマーガレットの手を握ったり、腰を抱き寄せたり、胸に触れようとしたり。破廉恥な行為に及んでいたことを!」
「殿下!」
母親がいつにない大声をあげるので、ビックリしてしまう。
「主人がそんな破廉恥な行為を公爵家の令嬢にするなんて! 証拠はあるのでしょうか!」
ゴーマンはマーガレットを侮辱され、ついカッとなっていた。
瞬間湯沸かし器のように、ゴーマンがカッとすることは、よくあることだ。そしてまんまと怒り、父親の断罪を始めたわけだけど……。
先程、父親があげたリーアン子爵の令息、モナミザ伯爵令嬢、ミリエッタ男爵令嬢は、父親のマーガレットへのセクハラ行為の目撃者として、偽証をするはずだった人物ではないかしら。だがこの三人の名前を証人として今あげれば、それはあたかも金を払い、偽証するよう画策したと思われる可能性がある。なぜなら父親のこの臨戦態勢を見ると、むざむざとやられるつもりはないと伝わってくるからだ。しかも母親まで、声を挙げているのだから……。
ゴーマンは、証人の名を出すことができないと気づき、母親の問いに反論することができない。でも黙っているわけにはいかなかった。ゆえにしどろもどろで話し始める。
「し、証拠など……な、ない。だが本人が申告している。目撃されないよう、隠れた場所で破廉恥な行為をしているんだ。そうだ、証人などいるわけない!」
なんだかドヤ顔で「証人はいない!」と言い切ったゴーマンに、後ろで控えるマーガレットは眉をくいっと上げ、あきらかに「え」となっている。
「なるほど。殿下。でも安心してくださいませ。証人はいますから」
「は?」
「わたくし、こう見えて、主人のことが好きすぎて、好きすぎて、片時も目を離せませんの。それで情報屋であり探偵業も営むプロネス商会に、主人が外出する時の行動監視をお願いしているのです。そしてこれが学園を訪れた際の、約一年分の行動記録ですわ」
まさかプロネス商会に、母親が行動監視=前世で言うならストーカーみたいな行為をさせていたなんて! しかもプロネス商会は王室でさえ利用する超有名な商会。なにせ経営しているのは、ファイフ公爵というこの国の筆頭公爵家なのだから。ちなみに我が国に公爵家は六つしかない。
そうしているうちにも、母親に付き添って舞踏会に来ていたらしい侍女が、書類の束を手にして登場。母親のそばへ行くと、その束を渡す。これは辞書並みの分厚さだ。
「ご覧になりますか? この記録を見る限り、主人とターナー公爵令嬢の接点はゼロです。ご令嬢は、どなたか別の方と、主人を勘違いしているのではないかしら?」
これに対し、ゴーマンは歯軋りするしかない。この調査報告に対し、異論を唱えることは、筆頭公爵家を侮辱することになる。王室といえど、筆頭公爵家は無碍にはできない。その財力は王室にもひけをとらないのだから。
そこでゴーマンが決断をした。