その時を待つ
卒業舞踏会が行われるのは、学園の敷地内にあるホール。各種式典でも使われるが、学生主催の舞踏会も行われる収容人数がとても多いホールだ。
ゴーマンは卒業式を終えると、直接そのホールに向かうことになっている。よってゴーマンと落ち合うのは、ホールに入る前のロビーで、そこで彼にエスコートされ、会場入りすることになるのだけど……。
ゴーマンは私をエスコートするかしら? あの場にマーガレットがいるなら、彼女をエスコートしそうよね。それならもう、それで構わないわ。
こうして本来であれば通うはずだった、王立ケイナー学園に到着した。
レンガ造りの校舎を通過し、卒業舞踏会が行われるホールのエントランスで馬車から降りる。そこは多くの父兄でごった返していた。
「キャメロン!」
声の方を見ると、父親であるスチュワート伯爵と母親のスチュワート伯爵夫人がいる。
私と同じ、シルバーブロンドの髪はきっちりオールバックにして、黒のテールコートを着ていた。すらりとした長身の父親は、舞台俳優のようで、年齢よりも若く見える。貫禄を出すために、鼻の下に髭を生やしているが、それでもやはり若々しく感じた。
そんな父親の青みがかった紫の瞳には、意外にも不安の色は感じられない。
一方の母親は。私とそっくりの容姿。綺麗に夜会巻きにされた髪は、ストレートのシルバーブロンド。瞳はアメシストのよう。シルクサテンの黒のドレスにパールの宝飾品をあわせ、落ち着きを出しているが、自分の母親ながらとても妖艶。
両親は娘の私から見ても美男美女だと思う。
父親と母親と合流した私は、父親にまず声をかける。
「お父様。ゴーマン殿下が求めているのは、私との婚約破棄です。お父様の冤罪の件には触れられないよう、私が善処しますから、ご安心ください。……ただ、一つだけ、お父様をがっかりさせる娘で本当にごめんなさい」
「!? キャメロン、一体何の話だい? 父さんはやましいことは何もない。ゴーマン殿下が何を言おうが、父さんは自分の無実を主張するだけだ。……ところで今日の卒業舞踏会、ゴーマン殿下は、キャメロンのことをエスコートするつもりなのかい?」
父親の言葉に、エントランスからロビーの方を見るが、ゴーマンの姿はない。
そこでロビーにいた教師らしき男性に尋ねると、ゴーマンは既にホールの中にいるという。同級生の、公爵家の令嬢をエスコートしていると教えてくれたのは、私がゴーマンの婚約者とは思っていないからだ。
学園にも入学していない。王宮に引きこもり状態で、妃教育と家庭教師から授業を受けていたのだ。知らなくても当然だろう。
「キャメロン。父さん達と一緒に、ホールへ入ろう」
「そうしましょう、キャメロン」
父親が私を励ますように、声をかけてくれる。母親も笑顔で私の背中に手を添えてくれた。
優しい両親。
そしてこの優しい父親を、断罪させるわけにはいかないと、改めて噛みしめた。
「ありがとうございます、お父様、お母様」
「ではそのローブは、クロークで預けるかい?」
「いえ、お父様……これはこのままで」
驚き、不思議そうな顔で父親は尋ねる。
「!? そのローブを着たままで……? せっかくドレスを着ているのだろう?」
せっかくドレスを着ている――まさにその通り。舞踏会なのだ。皆、着飾ったドレスで存在感をアピールするもの。
「そう……です。でもこのままで……」
私は地面すれすれの長さのロングローブを着ている。
理由を言わず、ローブを着続ける私に、父親は勿論、母親もかなり訝し気な表情になっている。それでもしつこく詮索せず、ホールに向かってくれる。これにはもう、大感謝だ。
仮面舞踏会ならまだしも、卒業舞踏会でロングローブを着たままホールに入場するのは、かなり違和感があると分かっている。でもこうする必要があった。
ただ、こんな姿なので、なるべく大勢が入場する際に紛れ込み、ホールの中に入ることにした。
ホールに入ってしまうと、そこには大勢の卒業生と父兄がいるので、ローブ姿で入場しても、なんとか目立たないで済みそうだった。そのまま壁際に移動し、その時を待つことにした。
ゴーマンは卒業生であり、この卒業舞踏会では、総代として挨拶をすることになっている。その挨拶の時に、悪役令嬢キャメロンの断罪がスタートだ。恐らく、父親を断罪するのもそのタイミングに違いない。
そう予想ができていたので、ゴーマンの卒業を祝うために来場していた国王陛下夫妻が挨拶をし、続けて、校長、理事長、父兄代表、そして……卒業生総代としてゴーマンの名が呼ばれた時。私は姿勢を正した。