苦肉の策
「お嬢、どうしますか? ゴーマン殿下に手を下すのは無理です。でもターナー公爵令嬢なら、馬車の事故に見せかけ、消すことはできますよ」
この知らせを届けてくれたのは、私の専属従者であるアントニー。五歳で王宮に迎えられ、そこで暮らすようになった私は、専属侍女と専属従者を一人ずつ、伯爵家の屋敷から連れてきていた。
ダークブロンドに碧眼のアントニーは、私より六歳上で、男爵家の令息。最初は我が家で見習い騎士をしていたが、騎士で終わるには惜しい人材だった。というのもアントニーは誰からも好かれやすい性格であり、それはつまり人の懐に入り込むのがうまかったのだ。
そういう人間は諜報活動に向いている。よってアントニーには従者となってもらい、王宮に籠る私に代わり、様々な情報収集を行ってもらっていた。そのアントニーが、ゴーマンとマーガレットのとんでもない計画を掴み、私に教えてくれたのだ。
用意周到のゴーマンとマーガレットが動いていた計画で、それは漏れがないよう、かなり秘匿された状態で動いていた。さすがのアントニーでもこの情報を掴むことができたのが、直前となってしまったのは、もはや仕方がないこと。それよりも今、考えるべきは……。
「公爵令嬢を消すなんて……それは無理よ。しかもゴーマンがあれだけ気に入っているのだから。それが今日と言う日に事故にあったとなれば、ゴーマンは絶対に事故ではなく、仕組まれた事件だと疑うわ。徹底的な捜査がなされるし、何よりお父様を断罪する計画は、日を改めて実行すると思うもの。腹いせに」
「だったらスチュワート伯爵が断罪されるのを、指をくわえて見ているだけなのか?」
アントニーの悔しそうな表情に、私はやるせない気持ちになる。言うまでもなく、父親の断罪は回避したい。だがゴーマンとマーガレットが周到に立てた計画なら、付け焼き刃では太刀打ちできないと思ったのだ。
ひとまず父親に早馬を送り、ゴーマンとマーガレットの計画について知らせ、その後王宮の裏庭の忘れ去られた場所に放置されている井戸で、ひとまずストレス発散で叫んだ。
前世日本人の私は、井戸と言えば思い浮かぶのは、怪談やホラー。よってその井戸を偶然見つけた時は、なんだか怖い……と思った。
でもそんなことはなかった。
不思議なことに井戸の底には青空が映りこみ、まるで鏡のよう。まったく怖くない!
そこで妃教育でストレスが溜まった時。ゴーマンが日に日に冷たくなり、お茶の席ではマーガレットについて話すようになった時。ゴーマンが私の誕生日にマーガレットとデートしていると分かった時。
私はその怒りを、井戸で叫び、発散していた。
叫び終えるとスッキリし、そして思いついたのだ。やや破廉恥ではあるが、父親の断罪をさせず、でも私と婚約破棄できる方法を。そこでまずはメイドに、ドレスへ着替えるのを手伝ってもらった。その後、専属侍女であるクララだけ部屋に残ってもらい、私の考えた策のための協力を仰いだ。
「お嬢様、本当にそれでよろしいのですか……?」
赤毛で三つ編みのクララが、心配そうな顔で私の顔を見る。私より八歳年上のクララだが、童顔なので、同い年ぐらい見えた。濃紺のワンピースに白いエプロンもよく似合っている。
「ええ。もう覚悟はできたわ。お父様を助けるにはこれしかないと思うの。大丈夫よ」
「お嬢、スチュワート伯爵から返事が届いたぞ!」
アントニーが渡してくれた手紙を確認すると、父親と母親は、共に今日の卒業舞踏会に向かうと書かれている。何か策があるのか、そこは触れられていない。ただそこには「心配するな。なんとかする」とだけ書かれている。
父親に策がなくても大丈夫。私が守ってみせる。何より、私のために、両親を犠牲にさせるつもりはない。
「お嬢」
手紙を読み終えた私にアントニーは、精悍な顔をさらにキリッとさせ、こんなことを口にする。
「お嬢、もしもの時は、僕が動かせてもらいます。スチュワート伯爵のことは勿論、大切です。ですが僕はお嬢の専属従者。最優先はお嬢です」
「ありがとう、アントニー。でもそうならないよう、なんとかするわ」
エントランスホールまで二人に見送ってもらい、馬車に乗り込んだ。