プロローグ
「ゴーマン殿下の大馬鹿野郎! 婚約者がいるのに、別の女に尻尾を振る、最低浮気男! それにトンビ女のマーガレット! あんたヒロインだからって人の婚約者に手を出しているんじゃないよ! 可愛かったらなんでも許されるなんて思うな!」
思いっきり叫んだら、息が切れて苦しくなった。
肩でぜいぜいと息をして、井戸の底を覗き込む。
サラリとストレートのシルバーブロンドの髪が、肩から落ちる。
その瞬間、アメシストのようだと言われる私の両目から溢れた涙が、立て続けに井戸の中へと落ちて行く。
乙女ゲーム『マシュマロのような恋をしたい!恋は甘々溺愛で』に転生して十八年。
五歳で自分が転生者であり、前世記憶を取り戻した。自分がゲームの中で、ヒロインの恋路を邪魔する悪役令嬢キャメロン・スチュワートであると自覚してから今日に至るまで。
ひたすら断罪回避に励んできた。
まずはヒロインの攻略対象には、近寄らないようにしたのだ。攻略対象と接点ができてしまえば、悪役令嬢として巻き込まれてしまう。ヒロインにつながる、悪役令嬢のフラグが立ちそうな人物との接点を絶つ。それは回避行動の基本だった。
結果としてヒロインの攻略対象となる五人のうち四人とは、接触の機会がなく、やり過ごすことができた。だが、この国の第二王子ゴーマン・チャールズ・ケイナーとの婚約だけは、回避できなかった。
なぜなら、ゴーマンとキャメロンの婚約は、同い年の二人が三歳の時に、王家とスチュワート伯爵家の間で取り決められていたからだ。これはもう仕方ない。
だが五歳で王宮に迎えられ、厳しい妃教育がスタートすると、それを理由に他の攻略対象との接触機会をやり過ごすことができたのだ。そこだけは良かった……とは思う。後はヒロインであるマーガレット・ターナーに近づかず、彼女に嫌がらせをしない。そのために通常であれば、十五歳になると入学するはずの、王立ケイナー学園にも入学しなかったのだ。妃教育に集中したいので、家庭教師をつけてほしいと頼み込んで。
一方のゴーマンは、私に関係なく、王立ケイナー学園に入学した。そこでヒロインであるマーガレットと出会った。
マーガレットは、ストロベリーブロンドのゆるふわ髪に、琥珀色の瞳。小顔で小柄でピンク色のフリル満載のドレスがとってもよく似合う、まさにアイドルグループのセンターにいそうな、美少女だった。しかも悪役令嬢のキャメロンが伯爵家の令嬢なのに、マーガレットは公爵家の令嬢なのだ。しかもヒロインチートで、男子受けする性格で、頭もいい。運動は苦手だが、そこは攻略対象が「可愛い」と褒めるポイントになっていた。
できればマーガレットには、ゴーマン以外の攻略対象を選んで欲しかった。でも攻略対象の中で王族はゴーマン一人であり、しかも王道の王子様タイプ。つまりは多くの女子のハートをつかむ金髪碧眼のイケメンなのだ。結局マーガレットは、ゴーマン攻略ルートを選んでしまった。
さらに私がマーガレットの接点を避けるため、学園に入学しなかったことで、悪役令嬢による妨害やヒロインへの嫌がらせは、発生していない。おかげでゴーマンとマーガレットはなんの障害もなく、相思相愛となり、今やゴーマンのマーガレットへの好感度は……おそらく90%以上あると思う。
そうなると二人はどうしても結ばれたくなる。邪魔な私、キャメロンを排除したいだろうが、婚約と言うのは王家とスチュワート伯爵家の間で取り決められたことであり、理由なく破棄などできない。
もしキャメロンが悪役令嬢として、ヒロインへ嫌がらせをしていれば、それを理由に婚約破棄&断罪もできた。でも私はヒロインとの接点はゼロだった。
ではどうすることにしたのか?
冤罪でスチュワート伯爵家そのものを潰す作戦に出たのだ。まさかそんなことをするとは思わなかった。ヒロインは性格がいいはずなのに、これでは腹黒ヒロインとしか言いようがないのではないか。
ともかくゴーマンとヒロインがとんでもない計画を立てるということを聞いたのは、本来キャメロンがヒロインへの嫌がらせで断罪&婚約破棄を言い渡される卒業舞踏会が開始となる三時間前だった。
とんでもない計画の全容はこんな感じだ。
キャメロンの父親であるスチュワート伯爵が、ゴーマンとマーガレットが仲良くしていることに気づき、嫌がらせとして、マーガレットにセクハラまがいの行為をしていると、偽証をする証人を立てているという。
父親が、マーガレットにそんなことをするはずがなかった。何より愛妻家なのに!
だが王立ケイナー学園には、私の弟が入学しており、父親は学校行事で学園へ出向くことがあった。恐らく、そうやって足を運んだ場で、ヒロインとの接点ができてしまったのではないか。そしてそれを悪用され、セクハラまがいの行為をしたことにされているのだと思う。
こんな不名誉な父親を持つ私とは婚約破棄だ!というのがゴーマンとマーガレットの目的であり、ゴール。
こうして悪役令嬢が断罪されるはずの卒業舞踏会の場に、私はゴーマンがエスコートする婚約者として足を運び、父親はゴーマンに呼び出される形で、顔を出すことになっていた。そこで前代未聞の悪役令嬢の父親が断罪され、ついで娘であるキャメロンの婚約破棄が言い渡される舞台が、整えられることになってしまったのである!