ノワール
これが最後です
物心ついた時にはすでに呪いがあった。
実の家族がどんな人か分からなかったが、世話人の夫婦が居て、動く事が出来ない僕の世話をしてくれていた。
『ノワール様。この子も今日から貴方様の世話につきます』
『初めまして。レイナと申します。よろしくお願いします』
緊張しつつもはきはきと真っすぐな眼差しであいさつをしてくるレイナに興味を持った。世話人夫婦はどこか緊張した面持ちで世話をしていたのでそんなものかと思っていたのだ。
彼女は不思議な子だった。どんどん食事が減らされていくのに気づいて、どこからか変な食材を見付けてそれを使った料理を用意し出した。
お米とか、山菜とか、里芋とか全く知らない食材を使い、食事を増やしていき、大豆という豆を使ってみそとかしょうゆを作ると息込んでいた様に好奇心が沸いて、植物の呪いなのだから彼女の欲しい食材が手に入りやすい環境になればいいなと思って願ったのが作用したのだろう。
………気が付いたら植物を操れるようになっていた。
植物を通して彼女の欲した食材を見付けて増やしていく。
『う~ん。味が少し物足りないな~』
おにぎりを握って試食した彼女の声を聞いてお米の品種改良もした。
『タケノコや蓮根があればな~』
その食材の生えている場所を見付けて、彼女が見つけやすいように誘導した。
食材探しに鼻歌を歌いながら向かって行く様を植物を通して感じて、その歌を子守唄の様にして眠ってしまう事も多かった。
その彼女が、
『朝霧の乙女が現れたら呪いが解けるのに……ノワール様がもっと自由に外に動けるようになるのに』
と呟いたのが聞こえた時は意味が分からなかった。
それを問い詰めたくて、話のきっかけになると思った知らない食材で作った不思議な料理を足掛かりにして尋ねてみたら彼女は信じてもらえないと思いますがと説明してくれた。
異世界の記憶。
物語にそっくりな自分。
他の者が告げていたら信じなかったが、彼女――レイナの言葉だから信じられた。まあ、一つだけ納得いかない事があったが。
何でその朝霧の乙女とやらに口付けされて呪いが解けるのか。なんでレイナという存在が居るのにその朝霧の乙女とやらとともに旅に出るのだと。
『レイナがその呪いを解ける方法をやって見せてよ』
『わ、私では……』
『お願い』
蔦越しに微笑んで頼むとレイナはこの顔に弱いのか、
『た、試してみるだけですよっ!!』
と叶えてくれる。
実際呪いは解けなかったが、呪いを解くことを望んでいたわけではない。レイナに向けるこの感情の名前を知りたかっただけだ。
レイナが呪いは朝霧の乙女が解いてくれると何度も告げるが、そんなの望んでいない。自分が欲しているのはレイナと一緒に居られる日々。レイナだけだ。
だからこそ、レイナの感情がその物語上の自分に関しての憧れなのか実際の自分を見ているのか見極めてレイナをずっと手元に置けるように作戦を練った。
朝霧の乙女が物語通りならレイナも共に連れて行けるかもしれない。レイナの性格からして、旅慣れしていない僕とその朝霧の乙女を二人だけにしないだろうと目論んでいた。
それでも躊躇うようならお願いと微笑んで頷かせるつもりだ。レイナを逃がすつもりはなかったから。
レイナにお願いして呪いを解くまねごとをしてもらう日々でレイナがどんどん気持ちが沈んでいく様に気付いていたが、レイナの口付けが欲しいので気付かないふりをし続けた。
だけど、レイナは呪いが解ける年齢だという時になって止めてしまい、どんなに望んでも首を縦に振ってくれなかった。
沈んでいくレイナを植物越しに見つめつつ、朝霧の乙女に関する情報を集める。
様々なところで人を助けているが、見目のいい男性ばかりで女性を助けるのはしたがらない傾向が見て取れる。基本は善性のようだが、偏っている。
もしかしたら朝霧の乙女も物語を知っているのではないかと思えたのはレイナが語っていた物語で亡くなったと思われる人が朝霧の乙女と共に行動しているのを植物を通して知ったから。
(ああ、後回しにしたのか)
期待していなかったので何とも思わなかったが、レイナがかなり気にしていた。
だからこそ、朝霧の乙女たちが来たときはほっとしていた様は可愛かったなとつくづく思う。だけど、朝霧の乙女に関してはレイナには悪いけど、心引かれなかったな。
呪いを解けると思っているからこそしたくないけどしてあげる感がひしひしと伝わってきたから気持ちが伴わない呪いの解除方法に効果はないと言うのが実証された時はがっかり感よりもやっぱりと思えたな。
レイナの気持ちの方が伝わってきたし、僕を想っているのも理解できたから。呪いを解くのならレイナがいい。いや、呪いで不自由な事が多いが完全になくなってしまうとそれもそれで不便だと。
「すみません。ノワール様」
レイナはキノコを採取しながら謝ってくる。そのすぐそばで同じようにキノコを採取しながら、
「何謝ってるの?」
「だって、私じゃ完全に呪い解けなくて……」
本来の黒い目と呪いの影響の緑の目。蔦に拘束されなくなったが、身体に植物が生えてくる。
「気にしなくていいよ。不便だったことも多かったけど、便利なこともあったしね」
このシイタケというキノコもレイナが欲していたから呪いで育てたのだ。
あの朝霧の乙女に関して一つだけ感謝する事があるのならレイナが前世の記憶があったから食生活に困らずに済んだという事を教えてもらった事だ。
(レイナを売り飛ばして、食べられるような環境などごめんだ)
レイナの前世の知識で植物を育ててきて正解だったな一人納得していると。
「ですけど……」
まだ納得いかないレイナを蔦を操りそっとこちらに引き寄せて抱きしめる。
「じゃあ、納得するまで教えてあげるよ」
耳元で囁いて、蔦や木々を檻のようにして僕とレイナを包み込ませる。
「ノ……ノワール様……」
なんでそこで怯えるんだろうと首を傾げて、レイナに向かって、
「愛しているよ。レイナ」
とレイナが大好きな微笑みを浮かべたのだった。