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漫画の展開を変えたら本当に全員救えるんだろうか?
誰も近づかない呪われた王族がひっそりと暮らす別荘。
私の両親はそこの管理を任されている。
「ノワール様。お食事を持ってきました」
そして、私もそのお手伝いをしている。
「レイナ」
全身緑の蔦に絡まれて、ベッドの上の住人になっているのはノワール様。本来なら王太子になられるはずの人だ。
「今日は私の前世の記憶を頼りに作っただし巻き卵に茄子の煮物です」
と和食料理もどきを差し出す。もちろん和食にはご飯である。
「ありがとうレイナ。でも。その前に」
「分かりました………いつものですね」
近くにある机に食事の載ったお盆を置き、そっと額に口付ける。
「やっぱり、変化なしですね………」
分かっていたけど。
「ノワール様。すみません。御身に触れてしまって」
「いや、私が頼んでいるのだ」
「ですけど……私では呪いは解けないのにいつもいつも……」
「…………」
「でも、待っててください。ノワール様が15歳になる時に【朝霧の乙女】が現れるので」
朝霧の乙女が呪いを解いてくれますと力説をして、ノワール様の手を握る。
「………レイナ。食事を」
「あっ、すみません!! 今準備します」
腰に下げていたナイフでノワール様の身体を拘束していた蔦を一部切り落とす。
「んっ」
両腕が動くようになったのを確認して机の上に置かれた食事にゆっくり口を付ける。
「レイナの料理はやっぱり美味しいね。ブルマンとカーテにもお礼を伝えて」
「はっ、はい」
お優しいノワール様の言葉に養親も喜びますと告げ、ずっと食事の様子を見つめる。
食事が終わったタイミングで蔦がノワール様の身体に絡みつき、ベッドに引き戻す。
「レイナ。食器を片付ける前に」
「………はい」
再びノワール様の額に口付け、変化のない光景に悲しくなり目を伏せる。
でも、一番悲しんでいるのはノワール様なのだからと必死にそれを押し隠して食器を手にして部屋を後にする。
ばたんっ
扉を閉めると、
「あ~あ。これが漫画や小説なら私が呪いを解けるのに……」
そんなご都合的な事は起きないんだなと悲しかった。
『朝霧の乙女と呪いの子』という漫画が前世にあった。
貧しい暮らしをしていたヒロインが聖誕祭の時に額に謎の模様が出現する。それは【朝露の乙女】という神の御使いの証で、それによってたくさんの奇跡を起こし、いろんな人々の苦しみを和らげる話だ。
その漫画の世界に転生したのに気づいたのは、ノワール様に出会った時だった。
ノワール様は本来この国で一番尊ばれる王家の王太子として育つはずだったが、その王家に恨みを持つ者によって呪われ、存在を消された王子なのだ。と。一目見てそんな設定を思い出した。
呪われた原因は漫画の後の方で分かるのだが、王族は醜聞だからといつ死んでもいいという扱いで、彼のためのお金もどこかで着服されていて、世話をするのがギリギリなお金しか用意されていない。
漫画では世話をする夫婦が生活するのがやっとで骨と皮の状態だったと記載されていたが、そんな状態でノワール様を放置する事などできないと何かいい方法がないかと探したら、
野生の稲があったのだ。しかも、この世界はなんちゃってヨーロッパだったようで、日本食の材料は普通にあるのに無視されているかよくて家畜の餌だった。
無視されているのなら使わせてもらおうと椎茸を手に入れて、稲を育て、栗を集めて、とろろ芋を掘ってもらってetc.etc。
レンコンやタケノコもあって、なんて勿体ないと思ったものだ。
味噌もどきも作るようになったりして、和食もどきの食事でノワール様を飢え死にさせてはならないと頑張った結果。
『――ねえ、君はどこでこの知識を覚えたの』
とノワール様に怪しまれて、全てを白状させられた。
そう全て。
ここが前世読んでいた漫画の世界でノワール様はその漫画のキャラである事も。
…………朝霧の乙女が呪いを解いてくれる事もすべて。
…………うん。全てを話した時に試させてもらったのだ。もしかしたら私が呪いを解けないかなと期待して。
無理だったけど。
やっぱり、朝霧の乙女以外は無理なんだなとがっかりしたけど、ノワール様の方ががっかりしているだろうから何とか明るく振舞うのがやっとだった。
(早く、朝霧の乙女が選ばれますように)
漫画通りなら15歳まで無理だと知っていたが、祈らざるを得なかった。
そして、ノワール様が無事15歳になった。
「父さん。朝霧の乙女はっ⁉」
ノワール様に前世の事がばれた時に両親にも前世の話をした。両親はおおらかに、
『ああ。だからレイナは物知りなんだな』
と受け入れてくれた。
「ああ。モニカ村に現れたと噂があったよ」
モニカ村というのはヒロインの生まれた村だ。
「じゃあ、もうじき呪いが解けますねっ!!」
朝霧の乙女が現れるのは序盤だ。ノワール様の呪いを解いて、そこからいろんな人たちを救うはずなのだから。
と思ったが、なかなか現れない。
風の噂を集めているとモニカ村から近いこの屋敷を避けて他の場所に向かっているのとある。
「もしかしたら、朝霧の乙女も転生者でこの世界の事を知っているかもしれません」
いつも通り食事を運びながら話をする。
「なんでそう思えるの?」
ノワール様が不思議そうに首を傾げてくる。
「実は、朝霧の乙女の進行方向を調べていると物語に出てくるキャラクターのトラウマが生まれる場所なんです」
「……ふ~ん」
「物語では間に合わず、心に傷を負うのを朝霧の乙女が癒すという設定なのですけど、いずれも未然に防いでいます」
「そうなんだ」
「ええ。――もしそうなら確かに悲しみを防ぐのはいい事ですよね」
ノワール様を後回しにされるというのは悲しいが……。
「食べ終わったよ。――レイナ。いつもの」
催促されるが首を横に振る。
「もう……朝霧の乙女が見えますから……」
勘違いされてはいけないと伝えると。
「ねえ、レイナ」
残念そうに緑の蔦に包まれながら、
「その呪いを解いてくれるって少女さ……その物語では想い人とかは……」
「ノワール様でしたよ。その後いろんな方に想いを寄せられるのですが、ずっとノワール様一筋で」
「ふうん」
途中で興味がなくなったとベッドに横になる。
その姿を見つつ。
(そう。ノワール様にはヒロインが現れるから……)
痛む胸を押さえて、自分に言い聞かせる。
だから気付かなかった。
「あれが乙女。ねぇ……」
ぼそっ。
ノワール様が冷たい口調で呟く声が。