もう、いらないの
何が、いけなかったのだろう。
灰色の空を見つめながら考えるが、答えは全く見つからない。
いや、この問いに対する答えなんて、最初から用意されてなんかいないのだろう。
生まれた時点で、私の人生は決まってしまったのだから。
両親は、私に関心がなかった。
私の双子の妹ばかり可愛がり、もう一人の娘である私のことは目もくれずに生活していた。
妹には、どんなに些細なことでも褒めたり、一緒に喜んだりしていたのに、私にはどれだけ頑張っても、どれほど良い成績を出しても、喜ぶどころかお祝いの一言すらくれない。
それどころか、思わしくない成績だったり、両親の機嫌が悪かったときなどは一人で折檻を受けていたほどだ。
私の存在は、彼らには認められていなかった。
今や両親から掛けられた言葉のほとんどを、思い出すことは出来ない。
向き合ってちゃんと話したのはいつだった?
その理由は単純で、残酷だ。
双子であったはずの私と妹は、持つ色味が全く違った。
妹はピンクブロンドの髪に、キラキラと綺麗に輝く空色の瞳だ。
歴代聖女と同じ色実を持つ妹は、生まれた時から次期聖女だと持て囃されていた。
そして私は、妹とは正反対の、真っ黒で闇夜を思わせるような髪と瞳を持って生まれた。
それは遠い昔、世界を滅ぼしかけた「魔女」と同じ色なんだそうだ。
王国を繫栄に導く聖女と、過去世界を滅ぼしかけた魔女の色を持つ少女。
どちらが優遇され、どちらが虐げられるかなんて、火を見るより明らかだった。
私と妹を見比べ、周りにいる大人たちは眉を顰める。
黒色を持つ。それだけなのに、私と妹との間には雲泥の差があった。
いや、大人たちは表情や態度で示すだけだったから、まだマシだったかもしれない。
子どもはオブラートに包むなんてことができないから、大人が陰で言っていたことを面と向かって言ってくる。
「魔女のくせに生意気だ。」「気味の悪い色だ。」「同じ空間に存在してほしくない。」「死ねばいいのに。」「聖女様に浄化してもらいなよ、一緒に住んでるんでしょ。」
どれだけ辞めてと言おうが叫ぼうが、魔女には人権がないとも言われいじめを受けたし、物を投げられ怪我もした。
そんな光景を見ていたはずの両親も、聖女と呼ばれる妹も、何も言わない。
どれだけ泣いても。どれだけ傷つけられても。
むしろ妹は、その場を見て微笑んでいた。彼女は、一番私の色に嫌悪感を抱いていたから。
妹は、10歳の時に聖女になっていた。
歴代聖女と同じ色合いと力を持っていることを、認められたのだ。
両親と周りの大人は誇らしげに妹を囲む。
家から聖女が出る。それは誉になるはずなのに、私の心は素直に喜べないでいた。
今までだって、次期聖女と比べられ散々言われ、いじめられていたのに、妹が本当の聖女になったのなら、もっと苛烈になっていくことなど目に見えていたから。
悲しいことに、その予想は的中することとなる。
私は、持っていたものすべてを妹に奪われていった。
「お姉様、この本ちょうだい?」「お姉様、このお人形可愛いわ。私にちょうだい。」「このお姉様の服、私に似合いそう。貰っていい?」「この部屋、お姉様にはもったいないわよね。私がもらうわ。だって……」
―お姉様の全ては私のものでしょう。
クスクスと楽しそうに私から奪っていく妹。
ちょうだい?とは言っていたが、それは聞いてきたのではなく決定事項だ。
手元に残った物は、何もなかった。
だけど大人たちは、それが当たり前だと私を躾ける。
お前のような忌み子が役に立つには、妹にすべて譲ることだと。
妹の役に立てるのだからそれを喜ばずしてどうする。お前にはもう一度教え込んでやろう。と、教育と称して何度も折檻を受けたし、殴られもした。
そんな私に、生きる希望なんて見いだせなかった。
ただ、誰からも反感を受けずに、静かに暮らす。普通に生活していれば与えられるはずのそれは、黒を持つ私には、願っても手に入れられない幸福そのものだった。
だけど、こんな私にも優しくしてくれる人が現れた。
その人は、見た目など気にしないと、優しく手を差し伸べてくれた。
その色がいけないと言われているのなら、その価値観を変えられるように一緒に頑張ろうとも言ってくれて。
人に優しくされたことのない私にとって、彼が私のすべてとなってしまった。
そう、なってしまったのだ。
私が密かに彼に思いを寄せていることなど、妹にはすぐにばれた。
私のものを奪うのが好きな彼女は、彼にも目を付けたのだ。
そして妹は聖女の地位を利用して近づき、彼の婚約者へとなった。
彼も彼で、聖女である妹に言い寄られたからか満更でもなさそうで、国で一番のお似合いカップルだと皆から言われるようになった。
遠目から見た彼らは、確かにとても綺麗だった。
仕方がないことだった。
不吉な私と、聖女な妹。どちらを選ぶと言われたら、皆妹だと答えるに決まっている。
そんなことは生まれてからの十数年で、痛いほど知らされてきたはずだった……のに。
小さい頃に枯れたはずの涙が、止まらなかった。
初めて、人を信用できた。初めて、人を好きになれた。
今まで何を奪われても悲しくなかったのに、この時だけは胸にぽっかりと穴が開いたようだった。
きっと不相応な恋だった。初めから叶わない恋だった。
心の中では分かっていたはずなのに、少しでも可能性があるかもしれないと願った心が憎かった。
体の水分が全て涙に変換されたと思うくらい、泣いたあの日。もう、二度と泣かないと心に誓った。何があっても、何をされても。
そして決めた。成人となったら、この国を出ると。
国を出て色々な地域を巡って、様々な文化に触れてみよう。もしかすると、黒が卑下されない地域があるかもしれないと。
もしなくっても、一人辺境に住めば、今よりはずっと、何にも怯えず心穏やかに過ごせるはずだ。
私一人がいなくなったところで誰も困らないだろう。むしろ皆喜びそうだ。
一切の未練なく、私は国を出ることを心に決め、その未来に縋った。
――そう、だったはずなのに……
目下に広がる風景に、目を落とす。
そこには、たくさんの民衆の姿。皆、何かを叫びながら、私に向かって様々な物を投げつけてきていた。
そして、私の前には火炙りの刑の台がある。
そう、私は今から処刑される。
聖女であり、王太子の婚約者である妹を殺害しようとした罪で。
もちろん、そんなことは一切していない。
妹が何者かに襲われかけたというのは聞いていたが、それだけだった。
なのに数日前に騎士が私のところに押し寄せ、反論の余地もなく、乱暴に地下の牢屋に連れていかれた。とても貴族の、ましてやまだ容疑が確定していない令嬢に対する行いではなかった。
彼らが言うには、「妹を襲った賊が私に指示されて行ったと証言した」「私の部屋から賊からの返事文とナイフが見つかった」「夜中に賊に会いに行く黒髪の少女の姿を見た者がいる」という完璧な証拠が揃っているらしい。
どれだけ、違う、そんなことしていないと告げても、誰も聞いてくれなかった。
それどころか、罪を認めるまで止めないと、拷問まで受けるようになった。
正直になるまで行うと、鞭打ち、水責め、焼印とありとあらゆる拷問を受けて。
彼らは…楽しそうだった…
歪な笑みを浮かべながら私を痛めつけるその様は、まるで悪魔のようで。
ただただ恐怖でしかなかった。絶望が、徐々に胸に広がっていく。
それでも、やっていない罪は認めたくないと、最後の意地で首は縦には振らなかった。
そうすればするほど、拷問は苛烈になっていくというのに。
私に残った、せめてものプライドだったのだろうか。
しばらくすると体はボロボロになり、声すら拷問で失われた。
もう意識すら、正確に保てなかった。それでも私は罪を認めなかった。認めたくなかった。
だが気を失う寸前、罪を認めたと捉えられる頷きが見えたような気がする、などこじつけのような証言が認められ、私の処刑が決定してしまった。
声が出ず、否定できないのを良いことに、様々な罪を上乗せされて。
皆が私の処刑を心待ちにしていると、処刑を告げに来た騎士は、ひどく嬉しそうに言っていた。
魔女には火炙りが相応しいと、使われていなかった古い処刑所まで掘り起こし用意までされて。
あぁ、どうして?
どうしてこうなったの?
神よ、私の何がいけませんでしたか?
ここまでされるほど、私はひどい罪を犯したのでしょうか?
それとも、生まれてきたことが罪でしたか?
ただ、髪と目が黒色で生まれて、生きてきただけで。
家族だけでなく、国民全員に死を願われるほどに。
これほどまで忌み嫌われ、弄ばれ、最後にはゴミのようにぐしゃぐしゃにされ捨てられる。
そんな人生に意味などあったのでしょうか?
乱暴に引きずられ、台に括りつけられる。
ささくれた木が、肌のあちこちを突き刺した。
民衆の投げた石や物が体のあちこちにぶつかり、血が流れる。
感覚を失ったはずなのに、ひどく痛むのはどうしてなのか。
でも、こんな惨めな終わり方でも最後くらいは顔を上げて死にたいと思い、ふと顔を上げた。
その時、目に入ってきたのは、仲睦まじそうに肩を寄せ合う、妹と彼の姿。
その姿はまるで、私の処刑など興味がない、関係がないと言わんばかり。
私に向けていてくれた目も、話してくれた口も全てが妹に向けられている。こちらなど、見ようとすらしていなかった。
どこかまだ、期待していたのかもしれない。
彼が、自分を助けてくれるんじゃないかと。でももう……
――もう、一切の興味がないのね……
一時でも愛した人のその姿に、涙が零れた。
その時、妹がこちらに気づき、見せつけるように、それはそれは嬉しそうに、ニヤリとその口元を歪めた。そして、「ざ、ん、ね、ん」と言うように、口を動かした。
「——!」
あぁ、なんだ。そういうことだったのか。
全てを悟った。
私は、妹に陥れられた。
少し考えれば分かったことなのに。昔から、妹は私の全てを奪いたがっていたじゃないか。
本も、人形も、服も、部屋も、愛する人すらも。
最後には命すらも奪うというのか。
私の小さな願いですら、根こそぎ奪っていくというのか。
処刑台に、火がつけられた。
油を台にたっぷりと滲み込ませていたためか、火は勢いよく広がり、私を包み込む。
皮膚が痛い。体が焼ける感覚がする。
これから私は焼け死ぬ。
なのに、どうしてだろう。
「……ふ、ふふふ、あっははははは!」
心の奥底から笑いが込み上げてくる。声は失われたはずなのに、なぜかしっかりと笑えた。
全身が焼かれているというのに。死ぬことを望まれているというのに。
笑いが、止まらなかった。
突然笑い出した私を奇怪だとでも言うように、皆が見てくる。
「何笑ってんだ!」「早く死ね!」と言った罵声があちこちから聞こえてきた。
でも、その罵声すらもうどうでも良かった。
そうか。そうまでして、私を殺したかったのか。
心に、どす黒い感情が一気に渦巻く。
もういい。もう分かった。
私の全てを奪うというのなら。
私が全てを奪っても、構わないよね?
人から奪うのなら、人に奪われる覚悟だって、持っているんでしょ?
もういらないの、こんな世界。
誰も助けてくれない、誰も見つけてくれない世界なんて。
こんな優しくない世界、なくなっても問題ないよね?
『貴方たちの全て、私が、奪ってあげる!』
パリンッ!
私の中で、何かが弾け、壊れる音がした。
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歴1千年。聖女によって守られてきた王国は、一夜にして壊滅した。
王国に、再び魔女が降臨したそうだ。
王国は魔女を処刑しようとしたそうだが、魔女は火の中から蘇り、その場にいた民衆、貴族、そして王族と聖女を殺害した。
魔女に対抗できるはずの聖女が死亡したことにより、王国は魔女に抗う術を失った。
あっという間に蹂躙され、繁栄を極めていた王国は一夜で荒野と化した。
王国を破滅に導いた魔女は、その周りの国を攻撃しはじめる。
国同士は結束を高め魔女を迎え撃つが、魔女の力は強すぎて与えられた被害は甚大。
大陸のほとんどの国が魔女に攻撃され、いくつもの街、国が破壊された。
そんな魔女を人はいつしか「魔王」と呼ぶようになる。
人々は魔王に怯え、肩を寄せ合って生きるようになった。
破壊行為を繰り返す魔王を撃つため、勇者が誕生し立ち上がるのは、もう少し先のお話。
「昔々の言い伝え。
数百年に一度、聖女は二人誕生する。
1人は光のような煌びやかな髪と瞳を持ち、人々を栄華へ導くだろう。
1人は闇のような黒い髪と瞳を持つが、人々を正しい道へ導くだろう。
二人が力を合わせれば、地は更なる繁栄を築くだろう。
正し、忘れるなかれ。
どちらか一人でも蔑ろにすれば、聖女の力は呪いに変わる。
恨みが深ければ深いほど、呪いは強大に、甚大に。
呪いを受けたくないのであれば、分け隔てなく愛すべきである。
さすれば、いつまでも平和な世が続くであろう。
むかし、むかしの、誰かからの言い伝え。」
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