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【改稿版】ファンまじ☆ 〜マリーと夢見る王子様〜

 異なる世界。

 そこは単純に、私がいたところでは無いところ、だ。


 地球人、十二年生とちょっとの私、こと池田(いけだ)万里(まり)は中学一年生。中学デビューじゃないけどちょっとお姉さんっぽく髪も伸ばしてロングにして、入学を楽しんだ。

 そして入学式から三日目にして、さてこれから部活動楽しみだなーとか、友達できるかなーとか、もしかしたら初めての恋しちゃうかも?! とか、非常に、本当に、ワクドキしていた。


 なのに。

 なんでかな、今は薄暗(うすぐら)く、木の生い茂った場所にうずくまっている。


 私は、明日の学校を思ってるんるんでベッドの中に入ったはずだ。

 なのに。

 なにかが夢の中に出てきて魔法陣みたいなのが光って、今ここ。

 ちょっとじめっとしたとこに、裸足で、パジャマのままで! きっと寝起きのボサボサ頭で!! 安全かもわからないからしゃがみ込んでいる。


『ほんと、すまん。けどワシ、どうしても異世界に魔法少女が広めたくてのぅ』

「そんなことより家に帰してっ! 明日はめく学の発売日だったのに!!」


 そう、しかも明日はとても楽しみにしていた漫画家行川(ゆきかわ)先生の三年ぶりの最新刊が出るのを買うはずだった。あんまりだ。そもそもあんた誰だ。


『ワシ? ワシワシ。お前さんとこで言うところの、神様。創造神(そうぞうしん)ってやつかのぅ。よろ!』

「かるっ」


 ど定番のオレオレ詐欺(さぎ)芸と共にあらわれたのは、ハゲてあごの白い(ひげ)がながーく、鼻下の髭は左右にくるるんピンと伸びた、いかにも、な姿形のおじーさんで。


『突然じゃけど、ワシが気になっとる異世界が一つあってのぅ。修正するのに魔法少女の力を普及(ふきゅう)したかったんじゃが、こっちの女子に、理解してもらえんかってな。だからこう、ちょちょっと、お前さん、よろ』

「よろって気に入ってるでしょ……。気安く言えばホイホイ引き受けてもらえると思わないでよね! てかなんで私の頭の中に話しかけられるわけ? キショ!!」

『ひどい……ワシ、繊細(せんさい)なのに』

「繊細な人は、自分で繊細って言わないのよクソジジイ」


「誰か、いるのかい?」


 ぎゃひっ! という色気も何もない悲しい悲鳴は口の中で飲み込んだ。

 声のした方をこっそり覗くと、よく公園で見かける東屋(あずまや)? ってやつに似ている場所や、噴水、花壇なんかが見えた。その中に、いわゆる王子様のような格好をした男子がいた。


 どうしよう。


 声に返事する? 無視を決めこむ? 何が正解かわからない。

 すると、後からトン、と人の手のようなものが私の背中を押した。よろけた私は物の見事に茂みに突っ込み飛びころげ出てしまう。


『応援ぢゃ!』


(そんなのいらない!!)


 心の叫びもむなしく、私はその王子様の目の前に、みっともない格好をさらしている。どうしよう。何、すればいいの?!


「あ、やっぱりいましたね。……あれ、君変わった服を着ているね。それに泥だらけだ、こっちおいで」


 王子様は糸かってくらい細い、けれど綺麗な紫色の瞳で私を見た後、手をとって歩き始めた。自然、引きずられないように私も立ち上がって歩く。どこへ連れて行かれるんだろう。


 お城のような建物が見えてもずんずん相手は歩いていく。その目の前のお城(仮)の中に入り、きらびやかな壁や床や天井のシャンデリアとかに面食らいながらどんどん歩く。迷いのない足取りに、この家の子なんだろうと思いながらついていくと、とあるドアの前で足が止まり彼がそれを開けた。目的地に着いたみたいだ。


「カレン、いるかカレン」

「はいマルク様」

「この者を綺麗にしてくれないか、ついでに適当な服を見繕(みつくろ)ってやってくれ」

「はい、わかりました」


 手を離されて軽く前に背中を押され、「カレン」と呼ばれた女の人の方へとやられる。そして良いともやめてとも言えないまま、私は頭から足の爪の先までぴかぴかにされ、服までありがたくも貸してもらったのだった。


「……あり、がとう、ございました。あの、服」

「ああ、服は新品だろうから気にせずもらっておいてください」

「ありがとう、こざいます」

「いえ。それで、あなたは何故我が家の庭に?」


 当然のことをきかれ、私はなんと言うべきかわからなくて、結局正直に起こったことを話した。


「ふむ……それではその神のような存在の老人に無理矢理ここに連れてこられてしまったのですね。魔法少女……きいたことのないな、どのような人なんでしょう?」

『よくぞきいてくれたあああ! 百聞は一見にしかずぅ! とくと見よ!!』


 ボムっという音とともに虹色の煙幕(えんまく)が私を包んだ。視界が奪われる。私の服もなんか光り……なんなら()ぎ取られたような気持ちになった。

 霧が晴れるように煙幕がひくと、私の着ていたこちらの服は、ミニスカの露出(ろしゅつ)が多く白とピンクと濃い紫で、レースにリボンと魔法陣モチーフのこてこて魔法少女服になっていた。


「なっ……! 人権侵害!!」

『神は人ではないので適用外ぢゃ』

「いきなり……、服が変わった」


 マルク様とやらの言葉でハッとする。ここには彼もいたんだった。

 私は慌ててしゃがんだ。自分が目こそぱっちりだけど鼻もちょっと大きめなくせに唇は薄く、お世辞でも可愛い部類でないのは知っているのだ。似合わなく不恰好(ぶかっこう)に感じてはずかしくてたまらない。

 けれど気にしたのは私だけだった。特に、王子様は服が変わったというその事実の方に気がいってるようだ。


「これはどういう仕組みなんだい?」

「……さぁ、私にもよくわかりません」

「そうですか。けれどこれで、君がこの世界の人間ではないことは理解できました。結婚してくれないかい?」

「はい?!」




 ※




 彼――この国の王太子、すなわち第一王子にして国の後継者(こうけいしゃ)――であるマルク=アンデル、十四歳、が言うことには。

 この国、アンデル王国では今政治を国王と共に行なっている偉い人(身分を貴族と言うそう)の一部が、力を持ち出していて国王と成り代わろうと、王太子の奥さんの座をかけての争いを密かに行っているそうで(奥さんの父として政治に口を出したいとか)。長引けば、国が傾きかねないとずっと困っていたそうだ。現に貴族の女の子の中には、精神を病んでしまって家から出て来れなくなった子、自ら命を絶ってしまった子が二名ほど、出てしまっているらしい。


 こんな状態で、貴族の中からお嫁さん候補を出しても、例えば平民(貴族以外の国民の人)の中から選んだとしても、成り代わろうとする勢力に食い物にされてしまう。

 (うれ)いていたところに、ちょうど現れたのがこの世界となんの関わりもない私で。しかも嘘か(まこと)か神様を味方にしている。


 ちょうど良かったらしい。


 わかってますよ! 一目惚れされちゃった?! とか、ぬか喜びなんてしてないんだから! 絶対……

 結果的に、神様(仮)と、王子様と、私の利害は一致した。

 神様は異世界の危機を魔法少女でもって救いたい。

 王子様は自分の国を守りたい。

 私はとっとと帰りたいなら、国を守って異世界を救って帰してもらわないといけない。

 ならば、その世界での味方は、作っておいた方が助かるのだ。私はそれをサブカルで知っていた。もちろん、物語であることは知っている。けどその物語のようなことが起きているのだから、その中で有効だとなっていることはなんでもする。その気持ちがないと、もう二度と家族には会えないような気がした。




 結論からいうと、それはとても助かった。

 住むところも身分も王子が用意をしてくれて、困ることがない。住まわせてくれた貴族の大人達はとても親身になってくれるし、王子の幼馴染という貴族の()も、いきなりやってきた人間にとてもよくしてくれている。


「マリー、このお洋服なんてどうかしら?」


 私の名前はマリーになった。池田という苗字はこちらにはないらしく、イケタンという苗字に変わっている。今私に話しかけてきたのは、王子の幼馴染であるアンナ=クッケルン、同い歳だ。けれど私より大分発育良く背が高いからか、妹のように甲斐甲斐しくあれこれと気にかけてくれる。今日は足りない洋服を、着なくなったものからチョイスしてくれるらしい。


 食事も美味しく、ひと月も経つと私はこの生活に慣れ始めていた。


『ちょ、ワシのこと無視するのやめてくれんかのぅ』


 王子の敵を早いところ改心させて、早く元の世界に戻りたい。なんとしてでも特典付き新刊はゲットしたいのだ。(たとえもう無理でも努力はしときたい)


『まじ無視?!』

(うるさいなぁ、なんの用事?)

『塩対応! まぁよい、ワシ人格者じゃからの。さて、敵を改心と思うておるようじゃが、難しいぞぃ』

(じゃあぶっ倒していいわけ?)

『物騒ぢゃのぅ。殲滅(せんめつ)もやむなしの場合もあるが、基本は話し合いと萌えと魅了の魔法と、萌えかのぅ』

(魔法でそんなことできるんだ)

『ちょっと好意を持たせる、くらいならできるぞ。下僕は無理じゃが……お主のスペックならニッチな需要に供給過多くらいにはなるじゃろて』

(不穏?! ちょっと発言が怪しいんですけど)


「……マリー? どうかして」

「いえ、なんでも。このお洋服とか、布で作ったお花がついていて素敵です!」


 今私は、アンナ様の好意でドレスをあててもらいながら、じじいの相手もしていた。アンナ様との交流に邪魔なのですっこんでて欲しかったけど、これも介護なのかもしれない。

 という冗談はさておき、具体的な方法を知らされていなかったのできちんと知っておくのも大事だった。


「なら、これを少し手直ししてもらいましょう」

「何から何まで、ありがとうございます」

「マルク様のお願いですもの、幼馴染の頼み事は断らないことにしているのよ」


 花がほころぶ様に微笑む。彼女の王子への信頼が、見えた気がした。


「……彼は、アンナ様にとって素敵な人ですか?」

「あら、それは婚約者であるマリーの方が、よく知っているのではなくって? まぁ、幼馴染としてからなら、そうね。とても聡明で、楽しくて、優しい人よ」

「そうですか、答えてくださってありがとうございます」

「どういたしまして? じゃ、これとこれを、直しに出してくるわね」


 言うと、彼女は部屋を出て行く。残ったのは私とじじいだけだ。


「で。具体的に何をどうすれば良いわけ? 魔法少女って」

『単刀直入じゃのぅ。そうじゃな、お前さんがドボンと言いながら目を見た相手の魅了、眠れと言って見た範囲の人間の気絶。殲滅せよって言いながら名前を思い浮かべたやつの死、くらいが授けられる力かの』

「充分過ぎるし」

『ワシとしてはファンミするくらいの勢力にしたいのぅ』

「ファンミーティングはアイドルの仕事でしょじじい」

『外交も内政も、敵にせず味方や仲間と思わせたが勝ちぢゃよ。要はふぁんにすればよい。その点アイドルといえなくもないじゃろ?』

「なんか違う気がする」

『まぁ何はともあれ、行動あるのみじゃて』


 婚約者という立場、存分に使うと良いぞい。そう言った後、神様(仮)は沈黙した。アンナ様の足音を聞きつけたらしい。


(行動って言ったって、さぁ……)


 具体的なやる事を何も言われなかったものだから、私はちょっと困ってしまった。だって、この間まで小学生で、お姉さんのなりたてだ。何をすればいいのか想像すらつかなかった。




 ※




 戸惑ったまま、貴族のお屋敷の中で婚約者としての教育が始まった。この国の歴史、他国の歴史、近年の外交事情、貴族女子の振る舞いエトセトラエトセトラ。


「マリー、そこ間違っているよ。正しくは、」

「え、どこ。あ! わかるわかる、デムトラード皇国だよね。うっかりしてた」

「ふふ。うっかりに気付けたんだから、マリーはすごいよ」


 マルク様に褒められた。ちょっと得意げにすると、しょうがないなぁと彼が笑う。


 今私たちは王城で後継者としての勉強中だ。日本でとった杵柄とばかりに猛勉強して、王子の勉強範囲に追いついたので、たまに一緒にさせてもらっている。

 この半年、何くれと情報をもらったり、こうして一緒の時間を過ごしていく中で、マルク様とはちょっと仲良くなった。

 何より仮の婚約者だし、そうみせる必要もあったのでそれはもう積極的に仲良くなりにいったのも、ある。

 けど彼、勉強を一緒にする様になってから観察していたんだけど、本当に国のことを思っていて熱心だ。周りに仕える人にも優しく、不調なんて本人より早く気づいてお休みをあげていたり。けれど甘やかし過ぎない感じで、アンナ様がベタ褒めするのも理解できた。


「あれ、マリー。ちょっとじっとしていて」

「え」


 ふいに手が伸びてきて私の頬を擦る。


「とれた」


 微笑まれて見せられた彼の親指には、いつの間についていたのか、ペンのインクが掠れてついていて。


「……あり、がとう」

「どういたしまして」


 声がインクのように掠れていませんように。そう願いながら声を振り絞った。




 そう、私はこっちの世界でうっかりと――初めての恋を、していた。




『ぼでーたっちとは、青春じゃのぅ』


 勉強が終わりお屋敷へと帰る途中、じじいからのちゃちゃが入る。


(黙っててくれない?! 不毛だから)


『うぐ』


 ――以前一度、勉強にどん詰まりしたことがあった。

 誰にも言えなかった。弱音をはいたら立っていられなくなりそうで。


 気づいたのはマルク様だった。

 城下に連れ出してくれて、一緒に屋台のおやつを食べて。そうして、私を気遣う風でもなく。

 ただそばにいて、自分のことを話してくれた。


「私は小さい時、とてもダメな王太子だったんです。兄妹の中で一番お兄ちゃんなのに、いつか全てを背負うのだと聞かされてから、怖くて怖くて」

「今は立派な王子様に見えるよ?」

「気づいたんですよ。私には弟も妹もいて、教えを乞えば丁寧に説明してくれる父がいる。慌てず、見守ってくれる人の大切さ。その相手が大事と思い、私も知ったこの国を、今は本当に大事にしたいと思っているんです」

「大事にしたい……」

「はい。マリーにもきっと、大事があるんだろうなと、見てると思います。大丈夫ですよ」


 そう言って微笑むマルク様は、綺麗だけど、なんか、男の子というか男の人なんだなと感じたんだ。


 帰りたい、そばに居たい。

 この二つは、どうしたって叶わないのは幼稚園児にだってわかる。けど今は。頼まれごとを消化するまで考えたくなかった。




 魔法少女としては、魔法の実際の使い方を教わって実践へと移っていった。

 街ゆく人の困りごと解消、喧嘩の仲裁、歌って踊れる魔法少女になる為の練習(これが一番意味わかんない)、犯罪者の逮捕補助エトセトラエトセトラ。


 王子様と勉強する度、神様にレクチャーを受ける度、段々とイレギュラーが日常に溶け込んで、紅茶がミルクティーになるみたいに、混ざって当たり前になっていく。

 そうして半年があっという間に過ぎ、私は十三歳になっていた。ぅぅ……先生の新刊……。




 少しずつ少しずつ、終わりは近づく。

 この間は反国王派の割と上の方の人を味方につけることができた。街の中では、密かに魔法少女グッズが人気になってきている。その前は、頼まれて汚れ仕事をしている人に、お仕事を斡旋して足を洗える様にして。

 最近は、王子への足がかりになりそうな年齢の女の子(要は婚約者候補ね)へと、じわりじわり、関わりを増やしている。


 今日もその一環。お茶会(お茶とお菓子を用意してお喋りする、女子会みたいなものね)にお呼ばれされたのでやってきている。

 今日は天気がいいので、花の咲き誇る庭に、テーブルと椅子が用意されているようだ。ケーキにスコーン、サンドイッチ。ちょっとした果物が、品よく三段のお皿の上にちょこんと乗っている。

 紅茶は給仕の人がそろそろ持ってくる頃合いだろう。待ちながら、主催の女の子へと話しかけたり、その周りの子の話に相槌を打つ。


「そういえば、マリー様はアンナ様のお家にいらっしゃるって、本当ですの?」

「ええ、お世話になっております。どうかしました?」

「いえね、ねぇ?」

「え、ええ……」


 主催のルルラン様と、ご友人のサルネリア様が顔を見合わす。その場には他にも、私達とは初対面で、立場が中立の家の子であるミリア様もいたけれど、気まずそうにしている。


「良くしてもらっているんですよ。とても親切で」

「そりゃあ、マルク王太子の婚約者とあっては、親切にしなくては失礼にあたりますもの」


 ルルラン様が当たり前ですわ、と言った。

 それに続いて、サルネリア様がボソッと言葉を発する。


「……お可哀想だわ」

「え?」


 私はいきなり言われたその単語にびっくりして、サルネリア様の方を見た。


「ほぼ内定していたと聞いています。アンナ様が(とつ)ぐ、と」

「そのお話は、どこから……?」


 黙っていればよかったのに、私はつい尋ねてしまっていた。


「私の父が話していたのです。ルルラン様もご両親あたりからきかされたのでは?」

「……ええ、そうです」

「なのに、いきなりどこからともなくあなたが出てきてっ!」

「サルネリア様、落ち着いてらして?」


 ルルラン様も、彼女の取り乱し様には驚いたみたいで、一応場をとりなそうとしてくれる。それでも、サルネリア様は止まらない。


「私っ、アンナ様と仲良くてっ! 彼女の気持ちも知ってるから……!!」


 言って、しまったという顔をして、それきりサルネリア様は黙った。


 美味しそうなお菓子を前に、食べるような空気じゃなくなって。ルルラン様が気を利かせて、お茶会はお開きになった。ご飯の神様ごめんなさい。




 仲が良さそうだな、とは思っていた。私がよそ者なのも、分かりきっていることだ。なんてことはない。なんてことは――




(な訳、あるか)


 薄々、感じてはいた。アンナ様は、とても、それはとても心こもる話し方で、マルク様を語る。これまで一緒にどんな遊びをしたのか、どういった思い出があるか。純粋に、ただ楽しかった日々のことを、彼の人となりを、私に理解してもらおうと喋る。


 彼が、理解してもらえるように。




 今も。

 私がポンコツになってしまったので迎えにきてくれた馬車の中で、気分が悪くなったのかも、と扇であおいでくれている。優しい、女の子。

 本当なら彼女がきっと王子の婚約者だったんだろう。

 元々の幸せが壊れてしまう。こんな事とっとと終わらせて帰らなくては。


 自分の気持ちなんてなかった。


 私の気持ちは、行川先生への気持ちだけだ。

 気合を入れろ。


 ――余計なことを考えていたからか、異変に気づかなかった。


 いきなり馬車を引いていた馬がいななく声。馬を操っていた御者の悲鳴。それから私たちが乗っている部分が大きく揺れ。


「きゃっ!」


 やがて停止した様だった。


「アンナ様! お怪我はっ?!」


 横揺れで椅子から転げ落ちたアンナ様の上体に手をかけ起こし、声をかける。


「怪我はないみたい、ありがとうマリー」

「いえ。巻き込んだのは私の方かもしれませんから。いいですか、もし私への声がけがあれば、先に出ますから、貴族子女がはしたないと思われるかもしれませんが、アンナ様は全力で走ってください。少し戻ったところに民家があったはずです、助けを呼んでもらえたら嬉しいです」

「けどっ! マリーは?」

「私、実はこう見えても武道を習っていたので大丈夫です」


 嘘だけど、こうでも言わないと優しいアンナ様は動きそうになくて。


「マリー=イケタン! 出てきてもらおうか」


 案の定、外からは私を呼ぶ声が聞こえた。多分王太子の敵が用意した人間だろう。私は返事をした。


「今から出ますわ!」


 いいですね、と小声で伝えると、アンナ様は覚悟を決めたようでひとつ、(うなず)いてくれた。

 私はなるべく優雅(ゆうが)華奢(きゃしゃ)に見えるよう、心ぼそそうに両手を胸の前で合わせて馬車のドアから外へと出る。

 見渡すと、私に声をかけた以外に二人、中心に立つ声をかけた人物の両脇に余裕そうに立っている。そこで、アンナ様がかけてく方向に立っている人をじっと見ながら「ドボン」と言うことにし実行した。その間にアンナ様がドアから勢いよく出てもと来た道を走る。


「おいこらぁぁぁ!」

「ほっとけ。お嬢さんの足じゃ五分五分だろ。それよりこいつだ」

「それは俺が!!」


 魔法をかけた人が名乗りをあげた。二人はまだこの人――めんどくさいのであだ名をつける、「ソレオレ」と「オイコラ」と「ゴブ」だ――つまりはソレオレが魔法で魅入られているのには気づいてなさそうだ。

 私はろくな抵抗もせずとっつかまった。「っああ、いい匂いだぁ」と、変態に匂いを嗅がれながら。




 結果から言うと、魔法はどうやら失敗したようだ。魅了されてやすやすと逃してくれると思っていたのだけれど……どうやら変な方向へ強く効いたらしい。

 後ろ手を縄でキツく縛られ、目隠しされ、昏倒(こんとう)させられて何処かへと移送されてしまった。目が覚めて見た場所は薄暗く、窓が手の届かない高いところに一つあるだけの、四方が石でできていて、目の前には鉄格子のある部屋で。

 もちろん、開きそうな鉄格子のドアには体当たりしてみたけど、びくともしなかった。


『ピンチじゃのぅ』

(そう思うんなら、助けてよ!!)

『いや、ワシ直接の干渉はできんのよ。じゃからお前さんという回りくどい方法、とっとるじゃろ?』

(何縛りゲーなのそれ?!)

『さてなぁ、ワシにもわからんの。一応様子は王子に知らせてくるわい』

(なんかもう、ツッコむの疲れた……いってらっしゃーい)


 適当な送り出す言葉を発すると、神様(仮)の気配が消えた。ほんとに助けを呼んで来てはくれそうだ。それだけでもだいぶ気持ちが楽になって、私はしょうがないからこの環境でもリラックスすることにした。何か起きた時に、体がガチガチじゃ動けないのだ。

 見れば、ちゃんと一応トイレもあるし、ベッドもある。特にベッドはなぜかシーツが新品のようで……うん、考えないようにしよう。

 魅了もポンコツだなぁあのクソジジイめ、と、力の加減具合を教えてくれなかった相手を責めることにした。

 そして早々に、体力回復の意味も込めてトイレを済ませるとベッドに潜り込んで寝ることにしたのだった。




 ※




 何時間寝ていたんだろう。

 ふと、呼気が近くでして目を覚ます。

 と、私の顔の前には捕まる時みたソレオレの、ちょうど唇がドアップで迫ってきていた。


「ぎゃぁぁぁぁ!!」


 私は悲鳴をあげると、手が後ろで縛られているとは自分でも思えないくらい素早く、ベッドから転げ出て立ち上がった。なるべく遠くなるよう、部屋角に置いてあったベッドから対角になる場所へと後ずさる。


「ああ、マリー。気恥ずかしいんだね。わかるよ、君はまだまっさらだ。けど大丈夫だよ。俺と一緒に大人になろう?」


 言われ、ぞぞぞぞぞぉ、と背筋にひんやりと重々しい氷の様なものが通り過ぎた。

 無理。無理無理無理無理無ー理ー!! いやだ、助け……

 …………助けなんて来ない。いつも。

 だから笑って。笑って。なんとか自力でして。笑って。


 けど今は、一応の力を少し、もらってる。やれる。


「……オーロラの力、そのひとかけを、我が手に!!」


 ボムっという音とともに虹色の煙幕(えんまく)に私は包魔れる。私の服が光り輝き形状が変わっていく。煙幕がだんだんと薄くなると、ミニスカの露出(ろしゅつ)が多く白とピンクと濃い紫で、レースにリボンと魔法陣モチーフのこてこて魔法少女服になった私が、爆誕していた。縄も消えた。


「ファンタスティック☆まじかるマリー。あなたの心、満たしちゃうんだゾ」


 決めポーズもばっちりだ。


 ♪〜


 あなたに出会うため 私は生まれた

 そう ディステニーなの ドボン

 あなた 首ったけ

 私に フォーリンラブ


 〜♪


「きゅんしてドボン」を歌いながらソレオレの瞳を見て、ありったけの力を込めて歌越しに「ドボン」をかける。

 今度はきちんとかかったようで、私の「鍵開けてほしーなぁー」のお願いも、快く引き受けてくれた。まだ歌いながらソレオレを後ろに従え、牢の様な場所を後にする。


 どうやら半地下だったらしく、一階の牢へと続く階段の上にはオイコラがいたので、やっぱり歌ごしの「ドボン」をかけて無力化した。残るはリーダー格の「ゴブ」だけだ。

 二人を連れて、一階へと上がると、どこかの家しかも結構な資産家というかお金持ちというかだったらしく、飾っている絵とか、壺とかが豪華になった。もしかしたら、大本命が動いたのかもしれない。慎重に、歩き進めていった。

 少し歩いて。重厚そうで、家の中心っぽいところのドアが出てきたので、そっと開けてするりと入った。誰かの声が聞こえる。多分悪いやつというか、その中にゴブがいたからこれはやっぱり、依頼主も一緒にいるパターンだね☆とあたりがついた。


 話が早い。


 私の、歌を聞けぇぇぃぃぃい!!


 ♪〜


 私に出会うため あなたは生まれた

 そう フォーチュンなの ドボン

 あなた 沼ずぶん

 私に 胸キュンラブ


 〜♪


 突然の歌に、その場にいた全員がこちらを凝視する。ハマった。

 私は「ドボン」をありったけの力で全員にかける。少しとろんとした目になったのを確認してから、歌うのをやめた。


 バン!!


 と同時に勢いよくこの部屋のもう一つあったドアが開いた。マルク様だ。王子は私を見るなり後続を入れずにドアを閉める。「ちょ、王子?!」「すまない、少し時間をくれ。すぐ合図する」そんなやりとりの後、こちらへとずんずん歩いてきた。


 何事だろう――


 そう思ったのもちょっとだけで、すぐに抱きしめられた。

 なんで……


「全く、君って奴はっ……!」

「……アンナ様は、無事?」

「君が逃したからね」

「それならよかった」

「よくない。心配したんだ。しかもこの格好で、魅了も結構使ったでしょう?」

「使わないと、非力な女子は荒事(あらごと)できないんですぅー」


 まだ抱かれたままで、けどなんだか少し責められてる気がしたから、ぶーたれながら返事をする。すると、少し王子の雰囲気が柔らかくなった、ような、気がした。気のせいかもだけど。




「とにかく、無事でよかった。帰ろう」

「うん」

「で、早いとこその衣装、変えてくれないかな? 目に毒だ」

「毒って何よ?! 女子の柔肌見といて、目が(くさ)る的な発言はマナー違反だからね!」


 こっちだって恥ずかしいのに、と怒りながら「ひとかけありがと」と呟いて変身を解除する。


「……じゃないんだけれど、なぁ」

「何? 何か言った?」

「まぁ、おいおいかな」

「?」


 変な王子を差し置いて、助けられた側がいきなりドアを開けたからか、ついてきた護衛騎士の皆さんが少しギョッとしていた。はっとして、その場で王子を待つ。

 そんな感じで、王子の敵は最後の割にあっさりと捕まり。

 私の使命? 勝手に使命にされたお仕事は、終わりを告げた。


 んだけど。

 やっぱり国を揺るがす大事件だったから、めでたしめでたし、とはいかなくて。


 事後処理? とやらでいろいろ国王様に改めた場で聞かれる予定だったりとか、したんだけど。

 めんどくさいのととっとと帰ろうと思っていたのとで、帰ってすぐ、労ってくれようとした場で、正直に全部聞かれる前に暴露(ばくろ)した。

 神様(仮)のこと、魔法少女のこと、偽物の婚約者だったこと。


 国王様は鳩が豆鉄砲くらったみたいな顔になってた。

 大臣? みたいな人達は、目を白黒させてた。


 王子がそこに同席していたから、ふと見ると、何かを覚悟していたから。多分自分の本当にちゃんとしたお嫁さん候補の名前でも、言うのかなって。アンナ様と幸せになってほしいな泣いちゃうけど、とか思って静かに見ることにした。


 王子が一歩前に出て宣言する。


「マリーには、私も影ながら協力していました。お叱りは私にもいただければと思っています。また、彼女は自分を偽物である、と言いましたが……私は彼女をそばに、と考えています」


 その言葉をきいて。


 私は逃げた。


 王城の廊下を走る。けどドレスを着ているからか、足元がおぼつかなくて上手く走れない。アンナ様よく走ったなぁ。

 なんて思ってたら、息が切れてしまったので走るというより歩く、しかもよぼよぼ、って感じになった。

 するとにゅっと目の前に腕が伸びて耳よこでドン、という音がした。


「なんで、逃げるの」

「にっ、逃げてないし!」

「嘘だ逃げてる。私の気持ちが迷惑でしたか?」

「違っ……! だって、マルク様には婚約者に決まってた子がいるって……」

「それは、きちんとお断りしました。彼女の気持ちも、きちんと受け取った上で、です」

「え……?」

「親友のような女の子でした。隣にいるのも楽しいかも、とも思った時期もあります。けれど、巻き込みたくはなかった」

「それは、やっぱり、大事だからじゃない、の?」

「いえ、私たち上に立つものは、厳しい現実があることは小さい頃からわかっています。それでも……一緒にいてもらわないと嫌だ、というほどではなかったんです」

「……」

「私は、一緒に困難を歩むならあなたと……隣にいるのはあなたがいい。マリーが巻き込まれたくない、と思っていても。ごめんなさい。私はあなたじゃないと嫌なんです」


 祈るような、声だった。

 顔は見せたくないのか俯いていて、けど、髪の間からのぞく耳たぶが、赤く染まっていっていて。


「……帰りたくなるかも、しれないよ?」

「いいです、帰らないでと懇願(こんがん)します」

「突然、神様に帰されちゃったら?」

「その神様とやらの首根っこ引っつかんで、世界を越えてもらってマリーのこと追いかけます」


 なんで、そんなに……

 嬉しいよりも、戸惑う気持ちの方がまだ大きくて、上手く飲み込めない。


「私も、その…………すき…………だよ? けど、まだ、覚悟なんて。……ごめん。上手く言えない」

「いいです。というか、えーと、もう一回、気持ちを聞かせてもらっても?」

「え、なんで?! やだっ!」

「夢かもしれません。お願いします、もう一回だけ」

「……恥ずかしいから、だめ!」


 言うなり思わず逃げ出した。顔、見られたくない!

 そんな私をゆっくりと追いかけてくるマルク様をチラ見すると、口をおさえながらも顔が真っ赤だ。

 多分、私が自分の鏡を見ても()れたトマトの様になってるんだろう。


 一つ事件は解決したけど、神様(仮)はなんでか語りかけてこないし、王子は追いかけてくるし。

 私の冒険? は、まだ当分、終わりそうにない。


 けど。


 まー、いっか!


 お読みくださりありがとうございます。

 がっつり読み返して、重複表現などに穴があったら入りたくなりましたが、入ってもいられないのでばばんと飛び出しカタカタとキーボードを打ち、直しました!

 本編改稿しようと思ったのですが、出だしを個人的に気に入っておりまして、残しておきたくこの形にさせていただきました。

 ややこしくてすみません。


 こちらもよろしければお楽しみいただけたら幸いです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] とても楽しく読ませていただきました! 神様のノリが個人的にかなりハマりましたね!どんだけ魔法少女に思い入れあるんだ、と笑 終盤のマリーが魔法を実際に使う場面で崩れました笑 [一言] 3・4…
[良い点]  歌って魅了しているシーン。  やっと魔法少女っぽい活躍! 神様の作詞・作曲なんでしょうか……。  神様とマリーのかけあいが楽しいです。 [気になる点] >国王様は鳩が豆鉄砲くらったみ…
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