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セバスチャンとポンコツ娘

「まだ誰からも聞かれてないわ。

 それより泣いて感謝されたんだけど?」


「何をだよ? ナニか?」

「ナニがナニか分かって言ってるのよね!?」

 恥ずかしいらしく真っ赤な顔で怒るメラクル。


 あら意外にウブなのね?

 これでよく陵辱覚悟で暗殺に来たもんだ。


 ……実際、洗脳状態というか狂気に駆られると人は正常な判断が出来なくなる。

 こいつに限った話ではない。

 恐らくゲームのハバネロ公爵もこうして追い詰められていったのだろう。


 シナリオが進むにつれ、残虐性を表すシーンが増えていき、ある時は街一個を女子供関係なく殲滅し、それがハバネロ公爵討伐の直接的要因となった。


 皮肉な話だが、そのことが結果的に主人公チームに支援者が増え、世界最強部隊が完成し邪神討伐の体制が整っていくことになる。


 あくまでゲームに限った話で言えば、必要悪。

 それがハバネロ公爵だ。


 もちろん、ゲームではなく現実となればそんなことは許せるはずもない。

 だが、恐らくメラクルの件で大公国と不和を生じていれば、坂道を転がるが如く追い詰められてそうなっていくしかなかっただろう。


 まさか、このお間抜けなメラクルがハバネロ公爵のキーマンだったなんて、誰が気付こう?


「ああ、そうだ。もう一つ教えておこう」

 そう言って俺は執務机の隣に掛けてあったサンザリオン2を手に取り、深呼吸して魔導力を漂わせ広げるイメージ。


 元々、魔剣、神剣、聖剣どれにしても魔導力を伝える性質があり、必殺剣などはその魔導力を個々にあった形に変え発動する。

 意志により発動すると言い換えても良い。


 魔術師と呼ばれた主人公チーム最強の人物ガイアが考案した意志伝達方式は、ゲームにおいて主人公チームを最強部隊にのし上げた……というのがゲームの設定。


 つまりタクティカルというのかな、部隊全体をゲーム的に俯瞰ふかんして指示を出すことを可能とした。


 そのカラクリは、要するにテレパシーみたいなもの。

 もっとも意志を放つには頭で考えるというより物を話すという感覚に近く、慣れれば口に出して話すのと同じ感覚で伝え合うことができる。

 通信と言った方がイメージが近いかも知れない。


『とまあ、こんな感じに意志を伝え合うことが可能だ。分かったか?』

「え!? え!? 分かんないけど何やったの!?

 ナニされたの!?」

 お前の『ナニ』はなんなんだ?

「こ、これは、閣下……どのようにこんな……」


 メラクルも動転しているが、同様にサビナも冷静ではいられないようだ。

 そりゃそうだ。

 ゲーム設定上の裏技みたいなもんだからな。


 この設定はゲームよりもむしろアニメで生かされている。

 そう! 戦闘シーンで激しく動きながら会話が出来るのだ!

 なんて画期的!


 第30話、ユリーナとハバネロが激しく剣を交えながら会話するシーン、ユリーナの正義とハバネロの悪が分かり合えずたもとを分かつ。


『戻れはせんのだよ! ナニも知らなかったあの頃にはな!』

『貴方にナニがあったかは知り得ませんが、それでも私には貴方を止める義務が有ります!』

『そう思うなら、止めてみせろ!

 ユリーナ・クリストフ!!』


 そこでサンザリオンXが暴走。

 魔導力の嵐が吹き荒れる中、ユリーナは一筋の涙を流す。

 ああ、、、あの時のユリーナも美しかった。


 ところで俺の記憶の中で『何』が『ナニ』に変換されてるんだが、ナニがあった!?

 メラクルに想い出まで毒されてしまったか!?

 ゲーム内だし、討伐される想い出だけど。


 指に魔導力を纏わすのと同様、メラクルもサビナもすぐには出来ないらしい。

 まあ、練習しておけ、と部屋を追い出した。


 そうして数日後、ついにメラクルに例の敵と思わしき人物の接触があった。

 丁度、俺はサビナを伴い移動している際に、廊下の向こうでメラクルの泣き喚く声が聞こえて走った。


「何事だ」

「こ、これは閣下……」

 執事のクライツェルだったか。


 5年ほどになる中堅。

 紹介者はハーグナー侯爵の子飼いのレント伯爵の縁故採用。

 ちらっとうずくまるメラクルを見ると嘘泣きだろう。

 涙の跡がない、ということはビンゴだろう。


 遠巻きに他の執事、メイドが集まってきている。

 俺はおもむろにクライツェルに近付き、その首に向けて剣を振る。


 甲高い音と共にその剣が防がれる。

 防いだのは……メラクルだ。


 うずくまった状態から跳ね上がるように、咄嗟に間に飛び込み俺の剣を防いだのだ。

 俺が何をするか、警戒していたか。

 聖騎士の護り刀を構えこちらを睨みつけてくる。


 さあて、どういうつもりかなぁ?

 やはり、俺の『敵』かぁ?

 半目で冷たい目でメラクルを睨む。


 メラクルはおずおずと護り刀を床に置き、ひざまずき頭を下げる。

 赦しを請うように。


 そこに教えたばかりの通信が届く。

『い、いきなりなんで殺そうとするのよ!

 なんか斬りつけそうな雰囲気があったから、思わず動いちゃったじゃない!』


 その反応を聞いて、俺は何故か……安心した。

 俺はメラクルを睨んでるフリをしたまま通信を返す。

『しゃあねぇだろ、こういう機会でもなければ、排除する口実がねぇんだから』

『だからって、殺すの!? 間違いかも知れないじゃない!

 私の勘違いってこともあるんだから!

 嫌よ! 勘違いで無関係な人殺しましたって!

 夜にうなされそうじゃない!!』


 そんな訳がねぇ。

 そもそも……。


『馬鹿か。お前だけの判断で使用人を斬り殺す訳ねぇだろ。

 元々怪しい奴の選別は済んでるんだよ。

 その中で動いた奴が確定されるってだけだ。

 ああ、もういい。

 とりあえず、この状況始末つけるぞ』


 俺は恐怖でへたり込んだクライツェルに声を掛ける。


「俺のお気に入りを泣かせるような真似をするとは万死に値する……が、コイツ自身がお前を庇うならば、命だけは許してやろう。

 今よりお前は放逐する。

 何処へなりと行くがいい」


「ヒィー!!」

 そう叫ぶがままにクライツェルはそのまま走り去った。


 丁度、そのタイミングでいつもの衛兵アルクが姿を見せる。


「今、俺のお気に入りのメイドにクライツェルがチョッカイを掛けたから手討ちにするところだったが、お気に入りが許せと請うからな、放逐で許すことにしてやった。

 奴が余計なことを考えぬよう根回しをしておけ」


「はっ!」

 そう言ってアルクはすぐに駆け出す。


 ハバネロの記憶というか設定ではこの衛兵は、公爵家のエリート兵の1人で『おそらくは』敵ではない。


 まあ、もしも敵だとしても俺にはどうにも出来んか、今は。


 それよりも全力ではないとはいえ、メラクルは俺の一撃を防いだ。

 能力差があってもやり方次第と知れたのは大きいな。


 俺はニヤリとほくそ笑み、サビナを伴いその場を後にした。


 なお、その顔を遠巻きに見ていたメイドたちに見られ、さらに暴虐な公爵のイメージが付いてしまうことになる。

 そりゃそうなんだが世知辛い。


「長らくご迷惑をおかけしました」

 シャキッとした背筋、ロマンスグレーのナイス紳士。

 その名はセバスチャン。


 俺は立ち上がり、セバスチャンを出迎える。

「よく帰って来てくれた。いやマジで」


 これで公爵を訪ねてくる者への面会も可能となる。

 面会相手がどんな考えをしているかはゲーム設定で全て読み切ることは出来ないし、ゲームに一切登場しない者も多数いるからだ。


 それでも公爵となれば色んな人との関わりを持たねば、話にならない。

 今後も貴族の縁故採用も含めて、なによりも人同士の繋がりが要なのだから。

 そのアドバイスが出来るのはセバスチャンを置いて他に居ないだろう。


 そして、任せられるところは任せて、アイデアを実行させてやれば公爵領の未来は見えてくる。


 もちろん当然、そうなると何事も無秩序になり易い。

 故に公爵領における法の整備は必須だ。

 セバスチャンのアドバイスに従い最低限から始めよう。


 つまるところ、覚醒前のハバネロ公爵はそんなことも何一つせず、酒ばっかり飲んでろくすっぽ人に会わなかったようなのだ。


 だから、悪い噂ばかり流されるんだよ……。


「レッド様……。そのようにこの老骨を歓迎していただけるとは……身に余る光栄です」

 老骨というがまだ50代で、見た目もまだ若々しさがある。


「何を言う! これからも頼りにさせて貰うぞ! いやマジで」

「時に、坊っちゃま。

 このメイドもどきは一体誰でございますかな?」

「へ? え? 私?」


 ソファーに座り、いつも通り茶を飲んでいたメラクルはセバスチャンの睨みに動揺する。

 そういえば、コイツいっつも動揺してんな。

 うん、確かにメイドもどきだ。


「それはただの大公国産ポンコツ聖騎士だ」

「酷っ!?」

 うっせぇ!そのまんまだろうが。


「聖騎士? それは何故?」

「俺を暗殺に来た。

 ……失敗確実のな」

 セバスチャンはメラクルをジッと見る。


 そして察したのだろう。

 大きくため息を一つ。

「……仕掛けた相手はお分かりでしょうか?」

「残念だが、誰が味方で誰が敵か分からん。

 コイツに指示を出したのも、パールハーバー伯爵だろうが、そのパールハーバー伯爵を誘導した首謀者はまるで分からん」


 セバスチャンが息を飲む。


「……よくお分かりになられましたね? この娘が吐いたのですか?」

 俺は両手を広げ肩を竦める。


「そういう訳ではない。

 コイツには敢えて確認はしてない。

 態度から間違い無いだろうけどな」


 俺は執務机に肘を付き、セバスチャンを真っ直ぐ見つめる。

「……ところでセバスチャン。

 俺は常々、ハーグナー侯爵殿の軍門に降るべきと思っているが、如何思う?」


 今度はサビナ、メラクルが同時に息を飲むのが分かる。

 そちらには目を向けず、ただセバスチャンのみを見つめる。

 もしもセバスチャンがこれを同意するようならば、まあ、要するに詰みな訳で。

 その反応は如何に?


 セバスチャンはにっこりと笑みを浮かべた後……。


「喝ぁぁぁああああっっっつ!!!」

 激しい怒気と共に気勢を吐いた。

 俺はそれを無表情で見つめる。


「このセバスチャン! レッド様の幼い頃より、恐れ多くも世話役として見守ってまいりましたが、まさかこのような!

 私めは情けのう御座います!!

 何故! 何故! ハバネロ公爵であられるレッド様が侯爵如きの軍門に降ろうと申されますか!

 このセバスチャン! 腹を切って先代に謝る他ありませぬ!

 何があったのですか!

 このセバスチャンが居ない間に、この薄汚い牝狐めに誑かされましたか!」


「ちょっと! 牝狐って私!?」

「だまらっしゃい! この牝狐!!」

 メラクルが反論するが、即座にセバスチャンに一喝される。


「うう……、私の扱い酷い……。

 サビナァ〜なんかフォローしてよ〜」


 いやいや、お前、暗殺しに来てたんだから、信じられないぐらいの好待遇だぞ?

 それとサビナといつの間に仲良くなったんだ?

 コミュ力すげぇな、おい。


 内心そんなことを考えながらも、目線はセバスチャンを捉えたまま俺は皮肉げに笑みを浮かべる。


「ほう、侯爵如きか……。

 されどハーグナ卿は傑物だ。

 王国の貴族派は実質かの者が取り纏めていると言って過言では無い。


 それに比べて俺はどうだ?

 公爵とは名ばかり、領地も広大ではあれど未開の地が広がり、帝国とも大森林が間にあるとはいえ接しており余裕もない。


 悪名ばかりがとどろき、味方も殆どいない。

 どうだ? これでも軍門に降る必要はないか?」


 セバスチャン迷いなく頷く。


「レッド様は今、大義を見失っておられるだけ。正道に戻られたら必ずや応えてくれる者がおりましょう」


 俺は苦笑いを浮かべる。

 それが居ればいいんだけどねぇ〜。

 ……だが、1番知りたいことは知れた。


「セバスチャン。試すようなことを言ってすまなかった。

 俺は今回の俺への暗殺計画はハーグナ卿が仕掛けたものと考えている」


 そう言って、メラクルたちにも話したセバスチャンにも俺の推測を伝える。


「……可能性はないとは言えますまい。

 大公国と結びつき、レッド様の権勢がさらに大きくなることをハーグナ卿は望みますまい。


 もしくはユリーナ姫を退けて一族の者をレッド様の伴侶にし、完全なる傀儡にしたいと考えておかしくはないでしょう」


 帝国とも戦線が開かず邪神復活もなければ、その方向で推移したかも知れない。

 ゲームだから、そんな盛り上がりに欠ける結果にはならないが、ハバネロ公爵に訪れる未来はどちらにせよ悲惨だ。


 この暗殺計画が大きな切っ掛けで互いの不信感が高まり、ついには婚約者のユリーナの部隊に討ちとられるのだからな。


 机の上のユリーナの姿絵を見る。

 結局、ゲームのハバネロ公爵はそのことをどう思ってたのか。

 俺には知ることは出来ない。


「そういう訳でな、セバスチャン。

 病み上がりで悪いが、色々動いて貰いたいと思っている。

 頼って良いか?」


 セバスチャンは先程とは一転、感極まるように胸を張り、自らの胸を叩く。


「お任せ下さい! このセバスチャン。

 レッド様のためなら如何なる苦難も乗り越えてみせましょうぞ!!

 ……ところで、レッド様。

 この牝狐を手籠にしたのは本当ですかな?」


 それには俺はノータイムで答える。


「そんな訳ないだろ、こんなポンコツ娘」

「酷い!!」

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