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メイドに向いていないメイド

 メラクルは先程から、茶を片手に持ちながら指を横にピッと引く動作を繰り返している。


 ああ、そういうことか。


 俺は指に魔導力をまとわせ、メラクルの茶器とサビナの茶器のそばでスッと横に振る。


「大丈夫だ。毒は付着してないから安心して飲め」

「え!? 何したの!!!」


 壊れたメラクルの4回目の言葉でようやく合点がいった。

「何って、毒が付いていないか指に魔導力をまとわせてスキャンしたんだよ」


 主人公チームの最強キャラであるガイア・セレブレイトが、とあるイベントでやってたやり方だ。

 緑髪とサファイアの目をした中性的な美少年で確か10代後半。


 能力Aのハバネロ公爵なら可能だろうとやってみたら出来た。

 ヨシヨシ、毒は怖いからな。


「えー!! 何してんの!!!」

「うるせぇ、茶ぐらい落ち着いて飲め!」

「ねぇ、この人何してんの!? 何したの!?」


 俺を指差しながらサビナの方を向き訴え、自分でも何度かピッ、ピッと呟きながら指を横に振るっているが、指先に魔導力を集めていないから何も起こらない。


 ついにはメラクルだけではなく、サビナも指を横に振り出す始末。

「1、指に魔導力を溜める。

 2、それをセンサーの役割と同様のイメージでもって横に振る、だ。

 出来ねぇか?」


 それを聞いたメラクルは目だけ大きく見開き、表情を変えずこちらを見る。


 おずおずとサビナが横から。

「閣下……。魔導力にそのような応用力が有るなどと、寡聞かぶんにして知りませんが」


「聞いたことないか?」

「はい」

「ないわよ。魔法じゃないんだから」


 魔導力は魔法とは違うようだ。

 なお、魔法は想像上のものである。


 魔導力では、特殊な剣でも使用しない限り炎を出したり、大地を割ったり出来ない。

 そういった剣を使えば出来るということだけど。

 0か100か、それが魔導力の一般的な認識のようだ。


 ガイア・セレブレイト、能力Sの最強キャラはやはり異質だったようだ。


「……まあ、いいじゃねぇか」

 俺はそれ以上、説明する方法が分からなかった。


「一体、なんなのよ、あんた。聞いてたような残虐な感じでもないし……」

 メラクルが肩を落とし呟いた。


「……まあ、いいじゃねぇか」

 説明する方法分かんねぇって!

 聞くな。


「良か無いわよ!

 早速、私、メイド仲間に囲まれて、泣きながらごめんなさいを連呼されて優しくされて、このお茶持って行く時も泣き崩れてる人まで居たわよ!?

 私に何が起きたの!?

 そこまで同情される私の立場って何!?」


 何って、手籠にされたんだろ?


「お前も実際、俺の噂が本当だと聞いて暗殺に来たんだろ?

 なら、それ相応の行いをしているならば、恐れられていても当然だろ?」


 納得がいかないという風に、メラクルは立ち上がる。


「だけど、貴方はそんなこと本当にしたの?

 なんで!?

 噂通りの人ならなんで私を助けたりなんか……」


 俺はそれを聞きながら耳の穴をかっぽじる。

 ふざけている訳ではなく本当に痒かっただけだが、タイミングがなんとも。

 耳の痒さって我慢出来ないのよね。


「こっちにも事情があるからな。

 言って納得出来るようなものでもないしな」


 事実だ。

 ゲーム世界に突然放り込まれて、ハバネロ公爵の悪事なんか知りませんと言ったところでどうにもならない。

 ゲーム開始時点でこうなのだ。

 出来る範囲で抵抗するしかあるまい。


「それともうじき、お前に何があったか聞いてくる奴がいる。

 そいつに注意しろ。

 返事に困ったら泣き崩れろ。

 そんなこと聞くなんて、とソイツを責めろ。

 そいつはお前を犠牲にして、俺を罠に嵌めようとした奴の仲間だ」


 そう忠告をしてやると、メラクルはたじろぐ。

「なんでそんなことが分かるの?

 それに私を案内した人はもう逃げてしまったんじゃないの?」


 あの後、すぐに衛兵のアルクより報告があり、メラクルを誘導したのはハバネロと同じ王国貴族派のレンバート伯爵の知り合いの紹介によるメイドで、この屋敷では2年ほど働いて素行も悪くなかった、と。


 レンバート伯爵を追及しても、大元の仕掛け人には到達できないだろうな。

 真面目に働いていたメイドというカードを切ったということは、それなりに大きな一手を潰せたということだろうか。


 なお、衛兵アルクにも伝えた通りメラクルは大公国のバルリット騎士爵の三女で大公国の騎士団長パールハーバー伯爵による紹介としてある。


 メラクルを突撃させたのは、間違いなくコイツであり、暗殺困難とみたメラクルが咄嗟の判断で内部に入り込む作戦に切り替えたという筋書きだ。


 メラクルのフルネームはメラクル・バルリット。

 フルネームまで知っていたことでメラクルにまた怯えられた。


 それもそうだろうな、フルネームや立場まで言い当てられたんだから。

 ただのゲーム知識だけど。


 パールハーバー伯爵が今回の『大公国側の』仕掛け人であることはただの予測だけどな。

 まあ、ほぼ間違いないだろう。


 それはともかく、何故、敵がメラクルに何があったかを聞いてくるかといえばだが。


「俺がそいつらなら気になって仕方ないからだ。

 大公国のパールハーバー伯爵とそいつらが繋がりがあっても、即座に情報のやり取りは出来ん。

 ならば、情報を当人から得たいと思うのは心理だ。


 気取られるなよ?

 向こうからしたら、お前が真実に気付いたかどうかまでは分からないんだ。

 気付かれてなければ、お前はまだ奴らの仲間と思われるし、気付かれてしまえば無理をしてでも排除すべき敵になる」


 彼女は躊躇いながらも頷き、椅子に座り直し震える手で茶を口に運ぶ。

 もう少しぐらいは安心を与えてやりたいが、残念ながらハバネロ公爵の味方がどれだけいるかは不透明だ。


 周り全てを敵と見るぐらいが丁度良いだろう。


「しかしなんだな……。

 俺も大概詰んでるが、お前も同様に詰んでるよな」


 ウリュっと涙目になるメラクル。

 可愛らしいが御年22歳、貴族では行き遅れである。

 一般市民なら適齢期だけどな。


「……何よ。

 なんで公爵のあんたが詰んでるのよ。

 訳分かんない」


 俺は苦笑いを浮かべるしかない。

 まったくだ。

 自らの欲望で悪を為して贅沢三昧が出来るなら有り難いが、そういう奴は余裕があるから贅沢三昧している訳ではなく、贅沢三昧がしたいから悪の限りをしているだけなのだ。


 まともに生きようとする、それだけでなんと生き辛いことか。

 まあ、繰り返すがハバネロ公爵の自業自得なんだが。


「……さて、休憩したら行った行った。

 あ、何か分かったら教えに来いよ?

 情報って奴はとても重要だ。

 それにお前をこういう目に合わせた奴も当たりをつけて置かなければならないからな」


 手をフリフリ。

 それを見ながら、メラクルは少しは落ち着いたのか、ため息を一つ。


「どうせあんたに助けられた生命だもの。

 やれるだけやるわよ。

 ……でも期待しないでよね?」


「してないから、ボロだけは出すなよ?

 実質詰んでるんだから、これ以下にしないでくれ」


「努力だけはするわよ。んベー」

 赤い可愛い舌を出して、メラクルはお茶のカートを押して退出する。


 公爵に舌を出すとは、つくづくメイドに向いていない女である。

 本職は武闘派聖騎士なんだけど。


「サビナ、悪いがサポートしてやってくれ」

「ハッ!」

 静かに話を聞いていたサビナ・バンクール。

 クールな出来る女である。


 俺は今日も真面目に書類を前に仕事をしていた。


 ……それにしても酷い。

 帳簿を改竄かいざんするにしてもやり方というものがあるだろうに。


 A地点で物を作るのに、Bから輸送するがその輸送料としてAで物を作る数倍の金を申請してきている。


 アホか。


 ハバネロ公爵はこれにサインをしていたのだろうか?

「サビナ。これをどう思う?」


 サビナは俺に差し出された書類を見て、ヘニョっと眉を下げる。

 クール美女のサビナのちょっと困ったような表情。


「……致し方ないかと」

「何?」

 俺は眉を上げいぶかしげな表情をしてしまう。

 サビナはちょっと困ったような表情のまま答える。


「はい。このルート上に盗賊団が出るとのお話があります。

 よって、輸送に際し護衛の騎士団を同行致しますので、その分、金額は跳ね上がってしまうかと……」

 俺の頭にゲーム設定が浮かぶ。


 どうもこのゲーム設定の不便なところは、俺がそれに関連することを想像もしくは聞かねば、それに関することが思い浮かばないということだ。


 一度浮かびさえすれば後は色々と分かるのだが……。

 もちろん、ゲーム設定として俺が知ることとハバネロが元々知ってることのみなので、それに頼りきりではどうにもならないが。


 騎士団は魔導力の使える貴族どもの集まりで適度な仕事と報酬を与えねばならないが、今すぐにという必要もない。


 確かゲームシナリオでは、ハバネロ討伐時に騎士団はエリート兵として主人公チームに立ちはだかる。

 能力は隊長でもCなのだが、装備が良いのでほどほどに強く、ほどほどに金になる。


 今回は要するに騎士団の報酬と宿代などの移動費用が高くつくということか。

 ……この金欲しいな。


 それにこの盗賊団は恐らくゲームシナリオ最初のチュートリアルの盗賊団で、主人公とユリーナが合流して初の討伐任務だ。


 もっともルート選択が可能で、必ずしもこの盗賊団討伐シナリオがある訳ではない。

 ここで何が重要かというと、ゲームシナリオが分かる俺は敵の拠点と数と実力を知っているということだ。


 はっきり言って、俺とサビナだけで余裕で討伐可能だ。


「よし、騎士団の大多数には留守を任せ、その予算はこちらに回してもらおう。

 少し所用があるから俺の方で対処する。

 代わりと言ってはなんだが、日頃の忠節を労い、ここから酒代だけ出そう」


 はっきり言って、騎士団を動かす金額が莫大過ぎる。


 恐らく、公爵領にはこうした無駄遣いが数限りなくあり、それが領民の生活をとことんまで圧迫し、公爵の悪名へと繋がっている。


 そうかと言って、無闇矢鱈むやみやたらとそれを是正しようとすれば部下から叛逆されることだろう。

 金を節約させてもその不満を公爵の所為にされるだけであり、それはすぐに公爵への悪名へと繋がる。


 不正をする者は、全て公爵の所為にすれば良いという事態。

 まったくもって、どうしろと?


 だが、まあこの機会に俺の手元に僅かなり……個人が持つには僅かではないが、予算が手に入るのは大きい。


 しかもゲームシナリオとブッキングするから、盗賊団へのリスクもないも当然なので利用しない手はない。


「閣下自らですか?」

「騎士としての役目を果たさねばならんからな。

 それに盗賊団ぐらいなら丁度良い相手だ」


 王国は騎士の国であり、大きな戦争となれば貴族でも前線で騎士として戦う。

 名誉としての意味もあるが、貴族は魔導力を使える者が多く、魔導力のあるなしが強さの絶対的な差となっている。


 つまるところ一般兵の能力Eですら、一般人からすれば比べものにならないほど強いのである。

 能力Sが如何に化け物か分かるというものだ。


 そんな訳で、逆に貴族がこの手の荒事に全く動かないのもそれはそれでよろしくない。

 そのため何らかな理由を付けて、盗賊退治などを行い、『はく』を付けておかなければならないのだ。


 それは悪名高き公爵も同様、いいやむしろ悪名が高いからこそ、何処かで点数を稼がないと凋落ちょうらく待ったなしである。


「はっ! 承知いたしました。では、そのように手配致しましょう」

 このぐらいならば大きな問題にはならないため、サビナも返事をし処理を進めてくれた。


 丁度、そこにメラクルが部屋をノックして姿を見せる。


 メラクルは今日も茶のワゴンを押しながら、部屋に入り3人分の茶を用意して公爵の俺の許しも得ず、ソファーに座りそう言った。

 この女、つくづくメイドに向いてねぇ!


「ねえ……。

 今度は泣いてお礼言われたんだけど、あんた今まで屋敷の人にも何してたの?

 ナニしてたの?」


 してないというか、知らん!

 っていうかナニってなんだよ、ナニか!?


「さあな。それよりどうだ?

 誰か接触はあったか?」

 俺は書類を片付けながら、おざなりに尋ねる。


 メラクルは昨日見たやり方を真似ようと指をピッピッと言いながら横に振るが、一向に指先に魔導力は集まらない。


 俺はため息を吐きながら、メラクルの対面に座り脚を組む。

 それから指先に魔導力を集めスッと横に振る。

「今回も毒はねぇぞ。」


 メラクルは両手で茶器を持ち、ズズズと貴族にあるまじき音を出してその茶を飲む。

 こいつ本当に貴族か?

 思わず突っ込む。


「大公国みたいな小国の騎士爵の娘なんて平民と変わらないわよ?

 むしろ、それを許してるあんたが異常なんだからね?」


 指摘されて、成る程と納得してしまった。

 ここで設定が頭に浮かぶ。

 確かに貴族というものはそういうものだった。

 こいつに指摘される前に、他の貴族に出会っていれば危なかった。


 しかし、後付けで頭に浮かぶ設定知識、ほんと使えねぇ……。

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