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すべきただ一つのこと

「わ、私は、そのようなつもりは……」

「つもりがあろうがなかろうが、なんの関係もねぇよ。

 そういう立場だと自覚がなかったのが大問題なだけで。

 これは大公国、ひいては大公閣下が悪いと言って良い」


 サビナとメラクルが蒼白な顔。


「おい、なんでサビナまで動揺してるんだよ?」

「そこまで大公国の現状をご理解されているとは……。

 このことはハーグナー侯爵様にお伝えは……」


「はぁ? なんで容疑者筆頭のハーグナーに言わなきゃならん?」

「え!?」

 その表情を見てチッと思わず舌打ち。


 ミスった。

 この反応、サビナはハーグナー侯爵に対し警戒はしていない。

 むしろ、今の発言から推測すると相談者として信用出来ると思っているようだ。


 ハーグナー侯爵は髭がナイスないい歳した爺さんであり、王国の貴族派の筆頭だ。

一応、派閥としてはハバネロ公爵を擁している形こそ取っているが、実態はハバネロ公爵は傀儡だ。


 もっとも、それを気付いてか気付かずか、暴虐と言われるような行動を取っていたのはハバネロ公爵本人だったが。


 おそらく表向き、ハーグナーはハバネロ公爵を立てているのだろう。

 だからゲームでも、ハバネロは最期まで貴族派の代表……最終的には王国の最有力者として登場したのだろう。


その後、ハバネロ公爵討伐時には王国の貴族連中の大半は、裏で主人公チーム支持に回った訳だが。


 なお、ゲーム上ではハーグナーがどうなったかは不明だ。

 奴は騎士扱いではないので、主人公チームの『ゲーム上』の障害とはならなかったのだろう。


 最後まで討伐されることなく、残っていた可能性もある。

 ズルい。


 とにかく1番マズイのは、彼女が侯爵の密偵の可能性があることだ。

 サビナが俺よりも侯爵に忠誠を誓ってたらそれこそ詰みだ。


 その場合は即座に降伏するしかない。


 もっとも、それはシナリオ通り進み俺の死と大公国の滅びを意味するがな。

……綱渡りしようにも、すでに綱が切れている可能性すらあるとはやってられんよ、まったく。


「おい、正直に言え。場合により侯爵殿の軍門に降ることも良しとしてやる」

「侯爵閣下の軍門に? 何故公爵閣下が侯爵閣下に降らねばならないのですか?」

 戸惑いは演技には見えない。


「サビナ、お前は侯爵に忠誠を誓っているか?」

「い、いえ? 我が剣はずっと公爵閣下に捧げておりますが?」

 その動揺っぷりに嘘はないことを感じる。

 ため息を吐く。


「分かった。信用してやる」

 ソファーに深く身を沈め、もう一度深く深くため息を吐く。

 ……とりあえず、即座に致命傷は避けられた。

 詰んでいる、とは思うがな。


「これからだが、メラクルには暫く俺に手籠てごめにされた女として行動してもらう」

「な、なんで私が!?」


 なんでも何も。


「今、説明しただろうが。

 お前はそのまま大公国に帰って、なんて説明する気だったんだ?」

 メラクルは黙って下を向く。

 帰ることまで考えてなかったんだろうけどな。


「単純なヒロイズムに侵されて、突っ込んで死ぬのは好きにしたらいいが、俺を巻き込むな。

 ましてやお前をけしかけた側は、お前が俺の暗殺に成功するとは欠片も思っちゃ居ない訳だしな」

「え?」

 メラクルが目を丸くしてこちらを見る。


 猪突猛進、とにかく考えなしか、もしくはそれほど依頼主を信用していたか。

 おそらく後者だろう。

 思考停止はしていただろうがな。


 俺は呆れながら目を細める。


「お前は単純な強さでサビナに勝てると思っていたか?

 しかも見たことのないメイドが茶を持ってきて、サビナが油断するとでも思っていたか?」


「それは……」

 そこまで考えていなかったということか。

 本職ではない暗殺で、安っぽいヒロイズムにでも侵されていなければ、自爆とも言える行動を取れるはずもない、か。


 仮にこれがメラクルではなく、別の人物なら、俺は大公国との関係が亀裂が入っても殺しておくしかなかっただろう。


 そうしなかったのは、ゲームシナリオでコイツがユリーナと関係が深いことを知っていたからだ。


「なんでもいいけどよ、メラクル。

 ユリーナだけには迷惑掛けるなよ?」

「「えっ?」」

 その言葉にまたしてもメラクルとサビナが、同時に動揺する。


「おい、なんで2人して動揺してんだよ?」

「いえ、閣下はその……」

「ハバネロ公爵はユリーナ様のことをどうお思いなのですか?」

 メラクルが俺に問い掛ける。


 俺はフッと笑う。


「天上の女神が地上に舞い降りた姿と言えば良いか、儚くも芯は強く美しく、そして下郎に触れられようとも、その心は決してけがれることはない。

『例え身体を奪われようとも、心を奪うことは出来ません。』だって〜!

 きゃー! 素敵ー! かわいー! ユリーナ最高ー!!」


 俺は思わず興奮してテーブルをバンバンと叩く。

 思い出しただけで、最高だ。

 し、しかもですよ!

 罪深いこのハバネロ公爵は、あのユリーナ嬢の女神の唇に接吻を!

 その罪、万死に値する!

 値するけど、何故、後3秒早く俺は覚醒しなかったのか!?

 同じ万死に値するならば、その感触だけでも味わいたかった!

 味わった瞬間跪いて赦しを請うたことだろう。


「きゃー、ユリーナ最高〜!!」

 なお俺が興奮している間、2人は怯えた表情で身動き一つせずに俺を眺めていた。


 ……はて?


「で、では、全てはユリーナ様のため、と?」


 動揺して青い顔までしながら、メラクルはそう尋ねてきた。

 ひとしきり興奮して落ち着いたところで、俺は何食わぬ顔でソファーに身体を沈める。


「……ふむ。そう言いたいのは山々だが、残念ながら俺には敵が多い。

 その上に味方はさらに少ない。

 そうは出来ぬ事情があるのだよ」


 ゲーム的に言うなら、味方サビナのみ!

 シナリオ部隊出撃時、サビナと俺だけで敵と戦う無理ゲー状態、一般兵(能力E)でも良いから味方が欲しい……。


 フッと憂いを見せるが、メラクルは「はぁ、そうですか」と気の抜けた返事。

 聞いといてなんだよ、しょうがないじゃないか。

 元が嫌われ公爵。


 しかも俺自身、ハバネロ公爵がどこまでやっちまったのか、さっぱり……。

ゲーム知識以上のものは知らない。

 ゲーム知識だけでも、それなりのことやらかしているのが分かるけどね。


 街一つ焼いたり、領地に重い税をかけたり、他には……よく分からん。

 とにかく出来ることは対応しておかなければ、ゲームの討伐シナリオまで生き残ることすら難しいんじゃないか?


 さて、とりあえずメラクルを助けたものの、こいつの存在がヘタをすると俺の致命傷になる可能性もある。


 早急に対処しなければならないが、そもそもこいつは俺の生命を狙いに来た暗殺者だ。

 全面の信頼を置くわけにはいかない。


 ああ、ちくしょう、詰んでないか、これ。


「とにかく……、時間だ。

 話は落ち着いてからにしよう」

「時間?」

 何も分かっていないメラクルは可愛く小首を傾げる。

 実際は、つくづく謀略ごとに向いていない純粋な娘なのね……。


 これ以上ないほどに、3人で落ち着いて茶など飲んでいるが、実は余裕がない。


「……メラクル。

 信用しろとまでは言わない、少しだけ大人しくしてろよ?

 今この時は、俺たちは一蓮托生だからな」


 そう言いながら、俺はメラクルの隣に座り肩を抱く。

「何を!?」

「何もしねぇから黙ってろ。

 生きるか死ぬかの正念場だと弁えろ。

 サビナ。後ろに控えていてくれ」

「ハッ!」


 イイ返事だ。

 サビナは信用して良さそうだ。

 ただでさえ詰みなのに、最初からサビナが『敵』なら終わりだったわけだが。


「誰か! 誰か居るか!」

 俺は扉の向こうに向けて声を上げる。

「なっ!?」

 メラクルが俺から逃れようと身をよじる。


(いいから、動くな。死にたくなければジッとしてろ!)

 小さく声を掛けると、睨み付けながらも大人しくなる。


 そうだ、イイ娘だ。

 俺たちは一蓮托生。

 ここを乗り切らないと先はない。


 扉の向こうから激しい足音。

「失礼します!」

「うむ、入れ」


 扉が開いた先には先程の衛兵。

 近くに控えていたようだ。

 この忠誠が本物なら助かるが……。

 この僅かな会合では分かるものではない。


 衛兵は俺に肩に手を回されたメイドを見て一瞬だけ眉をひそめる。

 メラクルは俺を僅かに睨んだまま、手を振り払わず大人しくしている。

「このメイドは見たことがない。

 至急、このメイドの紹介者を当たれ。


 あー、だが、このメイドは気に入ったので、以後、俺の専属とする。


 本人からは大公国のバルリット騎士爵の三女であり、大公国の騎士団長でパールハーバー伯爵による紹介と聞いた。

 ……ベッドで確認したから間違い無いだろう。

 分かったな?

 分かったら行ってよし」


 俺は敢えて下品な笑みを浮かべ、回した手でメラクルの肩をポンポンと叩くとメラクルは分かりやすくビクッと反応した。


 衛兵は何も言わず敬礼し、部屋を出る。

 部屋を出る際、やはりメイド姿のメラクルを気の毒そうに見て立ち去った。

 職務に忠実で情も有るか。

 上出来だな。


 衛兵が誰かの密偵ならこの程度で感情は揺らすまい。

 であればハーグナー侯爵の密偵の可能性は低そうだ。

 屋敷全てが『敵』であればもうお終いなので、そんな事態は避けられそうだ。


 詰んでからが長く醜い。

 それこそが俺、レッド・ハバネロなのかもしれないと内心嗤わらう。


 メラクルの肩に回していた手を戻し、そのまま深くソファーに沈み込む。

「メラクル。お前がすべきことはただ一つだ。

 殺されるな。

 タイミングを見て、大公国に戻してやろう。

 もっとも、戻った大公国でどう立ち回るかについては自分で考えておけ。

 そこまでは責任は持てん」


 今も責任を持つ必要まではないがな。


「サビナ。メラクルのフォローを。

 殺されたら、俺たちは苦境に落とされるが仕方ない。

 これが乗り越えられねば、どの道詰みだ。

 あとメイド長のロレンヌにこいつの世話を頼め」


「ねえ、なんで私の出自を知ってるの?

 大公国の聖騎士ってことも知ってた、なんで?どこで知ったの?

 今のやり取りにはどんな意味があったの?」


 ふむ、と俺は自分の顎に手を当てる。

 気づけと言っても無理な話かもしれない。


 メラクルはサビナを見るが、サビナは困った顔で首を振る。

「私も男爵家なので、高位貴族の閣下が何にお気付きなのかまでは……」


 メラクルはばっとこちらを見る。

 動きがちょこまかしてるな。

 表情もコロコロ変わる。

 メラクルの性格がよく分かった。つくづく暗殺者に向いてない。


「高位貴族というか貴族に仕える者……メイドに限らず従者は、特定の紹介がない者を雇うことはない。

 そんな訳でメラクルが本来、メイドとしてこの場に居ることはまずあり得ない」


 貴族というのは縁故採用が基本だ。

 そんなことにもメラクルは今頃それに気付いたようだが、サビナは当然のように頷く。


 密偵が内部に入り込む際にも長い時間をかけるものだからな。

 当然、その紹介者はかなり危ない橋を渡る訳だ。

 よって、メイドや従者が暗殺を行うということはそう容易いことではない。


 成功率が高い状況、もしくは紹介者との繋がりを誤魔化せる、もしくはバレても問題がないなどの条件が必要だ。


 外部の者がメイドをたぶらかせて悪さを行う手などはよく聞く手では有るが、そういった方法でもない限り外部の者が手を下すには難しい。


 それでも上位貴族が屋敷の中で暗殺などが行われることがあるのは、要するに味方と思っても貴族内では何かのパワーバランスで敵にも味方にもなるからだ。


 外部ではなく、内部にも敵が多いのは上位貴族の定めかもしれないなので、裏切ることのない信用のおける部下は万金にも変えられぬという訳だ。


 領内の者や使用人たちから忠誠を得ている貴族はその時点で、勝ち組と言えるかもしれない。


 当然、ハバネロ公爵はそんないい環境ではありません……。


 話を戻すが俺がメラクルの出自を気付いてなお、メラクルを助けたと気付かれれば、今回の暗殺未遂を支援した者はどう動くと思う?


 大公国と俺とでなんらかな密約なりを交わしている可能性を考える。

 今回の仕掛け、最大の目的は俺と大公国との不和と見ていいだろう。


 そうなると、だ。

 自分たちの想定以上に、大公国と俺とが親密となれば、多少強引にでもその関係を破壊しにかかる可能性がある。

 そうなれば、味方の少ない俺はひとたまりもない。


 まったく公爵が聞いて呆れる。

 所詮は先代の余りの王族が臣籍降下しただけのお飾りに過ぎんという訳だ。

 領地も大貴族とは比べるべくもない。

 しかも、重税を課してやらかしているときたもんだ。


 まったく詰んでいる。


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