盗賊狩り
「おーい、お嬢。お茶お代わり」
「お嬢って何よ! 私、アンタより年上! 敬いなさい。あとお茶は自分で淹れなさいよ?」
メラクルに加え、黒騎士ロイドも執務室のソファーでゆっくり茶を飲んでいるのを尻目に、俺は仕事を片付けながらふと考える。
そろそろ、主人公とユリーナが出会う最初のシナリオの頃かな。
俺は執務机の上に飾ってあるユリーナの姿絵を眺める。
美しい……。
「ちょっと公爵。姫様の絵を見て変な妄想しないでよ? 姫様が汚れる」
「メラクル言い過ぎです。閣下に失礼ですよ?」
「そうだ、お前は少しは言葉をオブラートに包め」
俺はため息を吐きつつも覚醒してからはその手の礼儀などどうでも良く感じるので、それ以上はメラクルに注意することはない。
本当は不敬どころではないが、もう何度も似たようなやり取りをして俺が許しているので、サビナも強くは言わない。
そこに黒騎士が茶々を入れてメラクルを揶揄う。
「そうだそうだ。あんたも妄想してもらえる相手が出来たらいいな」
「ムキー! そういうアンタはどうなのよ!」
言い合う2人を放置して、俺は主人公とユリーナが出会うシナリオについて考える。
どうでもいい話かもしれないが、このユリーナとの出会いの場に俺が居たら、ハンカチを噛み締めてしまうことだろう。
嫌われてなくて羨ましい。
ムキーと。
……うん、やってしまいそうだ。
大体、あれだ。
あんな可愛いユリーナを前にして男が抱き締めずにいられようか、いや、いられない。
それはそうと、仕事の報告に来ていたセバスチャンに声を掛ける。
「セバスチャン。例の盗賊だが未だ被害は変わりなしか?」
「はい、まだ街道外れの帝国寄りの大森林に隠れていると思われます」
そうすると、ユリーナたち主人公チームはこちらのルートを選ばなかったということだろう。
もっともゲームシナリオがどれほど当てになるかは全くの不透明だが。
いずれにせよ、討伐されていないなら予定通り、こちらで討伐に向かうまでのこと。
「そう言う訳で、セバスチャン。
留守の間、頼んだ」
「お任せを」
公爵領はここ僅かな間で上向きの状況を見せている。
余程、公爵がやるべき仕事が滞り過ぎていたのだ。
……あるいは、すでにかつてのハバネロ公爵は絶望していたのかもしれない。
少しぐらいの上向きでなんとかなるような状況ではないのだから。
良くて傀儡、悪くて……ご存知の通り破滅だ。
「ちょっと! 公爵! コイツになんとか言ってやってよ!
年長者を敬う心ってモノがないのよ!」
「だったら、年増って言ってやった方がいいのか?」
「むきー!」
「ちょ、ちょっと、メラクル。落ち着きなさいよ」
メラクルと黒騎士ロイドが言い合うのをサビナが宥める。
……騒がしいな。
執務室の扉がノックされ返事をすると、背筋をビシッとした中年の女性、メイド長のロレンヌが入って来た。
ロレンヌは俺に一礼して、メラクルを見る。
睨んだ訳でもないのに、メラクルは直立不動で立ち上がる。
それはさながら、軍隊における上官に対する部下の態度。
あー、うん、コイツが騎士だってことが見る人が見れば分かるんだな。
結論から言えば、メラクルはメイドとして不適格、駄メイドであった。
「バルリットさん。
礼儀作法の教育の時間ですよ」
「あ、あの、メイドに礼儀作法の教育って何か変な気がするのですが……?」
駄メイド、メラクル・バルリットは一生懸命反論する。
礼儀作法までやらされていたのか……。
ロレンヌはこちらを見る。
俺は手を振り応じる。
「すまんな、メイド長。
手を煩わせてしまった。
コイツの教育に関しては徹底的にやってくれ」
ロレンヌは丁寧に一礼してメラクルの首根っこを掴み引っ張って行く。
『う、裏切ったわね! 公爵!』
『良いから、大人しく教育を受けて来い。
お前はちょっと淑女というものを学べ』
『厳しいのよ、この人! 鬼かって言うぐらい!
ウチの騎士団の教育係より鬼よ!』
言葉には出さず通信のみでのやり取り。
これの問題点は声が届かないぐらいに離れても通信出来てしまうことだ。
うるさいので、当然、通信は受信しないようにした。
……しかしようやく分かった。
なんで駄メイドのメラクルが公爵邸の中でメイドとしてやっていられるか。
メラクルは俺の妾候補だと思われてるんだな。
完全に誤解なんだがな。
執務室の扉がノックされ応じる。
今度は衛兵のアルクだ。
コイツはコイツで優秀なことが分かった。
今のところは裏切りをしている様子はなく、セバスチャンからも印象は良い。
貴重な人材だ。
どうやらこの街の裏街を牛耳る顔役との交渉が難航しているらしい。
「俺が行って話を付けて来てやるよ」
今度は黒騎士がソファーから立ち上がりそう言った。
なんだかんだ言いつつ、口も上手いし、人に取り入るのも異常に上手い。
機密を扱う公爵府の整備員に任命されるほどに。
その辺りの調整は適任だろう。
どうやっているのか分からないが、ゲームでも主人公チームの隠れ家などをいつの間にか手配していたりもしていた。
結構、謎な人物だ。
「頼んだ」
「あいよ」
片手を挙げて、黒騎士とアルクは執務室を出て行く。
何にしても、この街に限って言えば安定してきていると言っていい。
だが、未だにこの街でもハバネロ公爵は嫌われたままであるし、噂も酷いものだ。
それに何より……。
「帝国が動く気配がありそうだな」
セバスチャンが持って来た報告の書類を見ながら言う。
「はい、おそらくは。
帝国のバルド宰相などは王国への嫌悪をあからさまにしておりますゆえ……」
日々の仕事をこれだけ頑張っても、ハバネロ公爵は詰んでますやん、ということだ。
「さあて、どうしたものかな」
俺はユリーナの姿絵を見つめながらそう呟く。
あゝ、ユリーナに逢いたい。
……向こうは逢いたくないだろうけど。
切ない!!
件の盗賊のいる大森林のそばの町へ移動したのは、それからすぐのこと。
黒騎士、サビナ、メラクル、カリーとコウとエルウィンという男の兵士3人と俺。
セバスチャンは留守番。
元々、ハバネロ公爵は碌に仕事をしていなかったので、今更仕事を抜けたところで公爵府は十分に機能した。
むしろ、ここしばらくの介入が良い方向に作用して、少しはマシになった程だという。
皮肉なものである。
早速、町長のクレイ・バーンに町の周囲の状況を確認する。
盗賊のアジトはおおよそ目処がついているらしい。
単に規模がでかいものだから、手出しが出来ずにいた。それに対する騎士団派遣は真っ当なものではあったが、あまりに金が掛かり過ぎる。
まあ今回はその金を浮かすのではなく、俺個人に回してもらう訳だが。
大規模とはいえ、個々の戦闘能力はこちらが圧倒的であるし、まず問題はない。
あちらは頭目ですら能力C。
大半が能力E。
武器も何処で入手したか分からない安い魔剣。
こちらの戦力は能力S、A、B、Cとエリート兵能力Dが2人にEが1人。
本来なら数の差が敵の方が圧倒的だが、戦力差は能力Sがいる時点で覆ってしまう。
人が空を飛ぶぐらい無双してしまえることだろう。
それは言い過ぎではあるが、能力Sとはそれぐらい一騎当千ということだ。
ゲーム通りならば盗賊が襲撃を行い、こちらは防衛戦となる。
実はその際にザイードという能力Dの盗賊が説得可能になる。
このザイード、義賊的な考えであり町での掠奪を良しとしておらず、他の盗賊が町へ突っ込んでくる間もマップの端で動かない。
ユリーナもしくは主人公が接触すると説得コマンドが出て、仲間にすることが出来るのだ。
もちろん、エース揃いの主人公チームでは控えまっしぐらだが、貴族の手の入っていない味方。
我がハバネロチーム。
万年人手不足である。
是非欲しい。
とっても欲しい!
我が軍は〜能力のある人材を〜求めているー!!
そんでまあ、攻められる前に不意をついて盗賊アジトに奇襲をかけ見事にザイードも捕縛成功した訳だが……。
「なんで俺が悪虐非道の公爵の手下にならなければいけない!
真っ平ごめんだ、それなら死んだ方がマシだ!」
ザイードは当然の如く、そう反発する。
「な、なら俺なんてどうだ!?
公爵閣下の言うことならなんでもするぞ!
今から町を潰せというなら、すぐやってみせる!」
盗賊の頭目からは熱いお言葉、周りの盗賊手下どもも次から次へと同様に命乞いをする。
いや、いらんよ。
生粋の荒くれ者なんて。
世界覇権を狙うなら、そういう荒れくれ者を使って戦争したり略奪したりするんだが、俺が欲しいのは平和なの。
分かる?ラブ&ピースなのよ?
悪虐非道のハバネロ公爵の汚名返上なのよ?
盗賊団を抱えてどうする。
うるさい奴らはふん縛って、町からも手伝いを連れてこさせ盗賊のアジトの金目の物を回収。
明らかに恨みを買っている盗賊なんて抱える訳ねぇだろ。
人からの恨みなんてお腹いっぱいだ!
盗賊どもは処刑待った無し。
そんでもってザイードは、、、。
縛ったザイードの前でコンコンと説得を続ける俺。
「なあ? どう〜しても駄目か?」
「当たり前だ!」
「いやいや、そういうなよ〜、仲間になろうよ〜」
「公爵……あんた何か言い方気持ち悪いよ?」
「だまらっしゃいメラクル!
今、一生懸命説得してるんだから!」
あまり熱心に説得を続けると、連れて来た兵士たちに不満を抱かせる原因にもなるか……。
「……じゃあ、こうしよう。
俺ではなく、メラクルの下に着くというのはどうだ?」
まだバラせないが、要するに大公国の騎士の下につくのはどうだろう?
今の状態だとメイドの下につくから無茶苦茶だな……ダメか。
「え!? 私が? コイツを? 盗賊でしょ?」
「盗賊と一緒に居たが、コイツは信用出来るぞ?
村を襲撃した際も盗賊どもに気付かれないうちに、子供を逃したり、金持ちの商人から奪った金を貧しい人に分け与えたりしててな」
「相変わらず、何処からそんな情報仕入れてくるのよ……」
ゲーム設定から。
本当は俺の部下に欲しいが、靡かないなら仕方ない。
能力Dでもエリート兵並みの強さだ、数合わせでも主人公チームの戦力増加には違いない。
「アイツらと一緒に処刑で、本当にお前はそれでいいのか?」
連れて行かれる盗賊たちを指差して、最後にザイードに問い掛ける。
「……アンタを許すことは俺には出来ない。
アンタの……圧政で俺の街はボロボロになって、父も母もその状況を訴えようとして、反逆罪扱いで殺された。
妹も居たが街が焼かれた混乱の中で生きてるかも分からねぇ」
「……その街の名は?」
「ウバール。アンタが潰した街だ」
そうか、とだけ俺は呟く。
ハバネロ公爵の暴虐な行為の結果についに出会ってしまった瞬間だった。
「妹のことを教えてくれ。
出来るだけのことをしよう」
「だったら! なんであの時、アンタは街を焼いたんだ!!
なんでなんだ!!
なんでそんなことが出来たんだ!」
ザイードは縛られたまま俺に掴み掛かろうとして、兵士のカリーとコウに取り押さえられる。
「……返してくれよ。
俺の家族を……」
「……閣下。これ以上は」
「分かってる。
カリー、コウ。
そいつは路銀を持たせて解放してやってくれ。
後、妹のことが何か分かったら連絡する。
妹の名を教えてくれないか?」
解放されても項垂れたままのザイードはポツリと。
「レイア……レイア・ハートリー。
黒髪と黒目の……生きていれば20になる」
「分かった、調べよう。
……ザイード」
転がっていた盗賊の頭領が使っていたもっともマシな魔剣をザイードに投げる。
ザイードは咄嗟に受け取ったが、なんの意味か分からないという顔をする。
「持ってけ。
いつか護りたい奴をそれで護れ。
……盗賊なんてせずにな」
ザイードは、僅かにだけ頭を下げてアジトを出て行った。
それを俺は黙って見送った。
……アイツ、連絡先言わずに出て行きやがった。




